68話_涙と憎悪
リアから解放された僕は家に帰って来た。
「ごめんなさい、天寿様…」
「いや、アイシャは悪くないよ。リアが強すぎたんだ…」
泣きながら謝るアイシャをなだめる。
リアの能力に圧され、力を発揮することはおろか表に出ることもできなかった自分を恥じるアイシャだったが、それも仕方のないことだった。リアの能力は強大だった。
家までたどり着くと、玄関でシェイドが迎えてくれた。
「シオリ!!無事だったか!?ミュウから聞いたが、シオリの反応が街のどこにもなかったので心配した」
「シェイド、すまない…」
「もうひとりのソフィアが発現したと聞いたが…」
「あぁ、詳しく説明するよ……」
僕はリビングに行き、シェイドにこれまでのことを話した。
ソフィアの中にいるリアの能力が完全に目覚めたこと。リアに従属することで、ソフィアを返してもらえるかもしれないということ。街の全員がリアの魅了で人質にとられていることを───。
「シェイドは無事なのか?」
「あぁ、私は問題ない。だが、他の者はそうはいかないようだな。特に、シオリと近しい者は強い暗示がかけられているようだ」
「暗示?」
「あぁ、“自分自身が苦しむように”暗示をかけられている。言葉だけでここまでの威力はとは……」
「そんなにひどい状況なのか…」
「特にミュウの状況がひどい…。彼女を見てやってくれないか」
「ミュウが?」
「あぁ、今ソフィアの部屋に寝かせている」
シェイドに連れられて2階のソフィアの部屋に行く。
そこには、ベッドで寝ているミュウの姿があった。呼吸が荒く、ひどくやつれているように見える。
「ミュウは特に衰弱の仕方がひどい。他もここまでひどくないにしろ皆体調を崩しているようだ」
苦しんでいるミュウのそばに近寄る。
「ミュウ、大丈夫か?」
「…ハァ…シオリ…戻ったのね……」
「無理して喋らなくていい。すまない、巻き込んでしまって」
「…ハァ…あなたの…せいでは…ないわ……姉様の……力が…強いのよ…」
苦しそうに喋るミュウの手を握る。握り返す手も弱々しい。
これがリアの言葉の影響でなっているとは信じられないくらいミュウは弱っていた。
街全体がこんな状態なら猶予はない…。
「手…握ってて…。少し…楽に…なるから…」
ミュウが微笑む。
「シオリ、創造主が後で来て欲しいと言っていた。試したいことがあるらしい」
「試したいこと?」
「リアに対抗できる唯一の手段だ。それに繋がることだが、ミュウに口づけをしてやってほしい」
「え!?どうして?」
唐突なシェイドの提案に声が裏返る。
「真面目な提案だ。シオリにサキュバスの能力が効かないことはわかっているだろう?シオリの体液が、免疫となる可能性がある」
「…なるほど、だからキスなのか」
「そういうことだ」
ミュウの顔を見つめる。苦しそうに呼吸を続けるミュウをこのまま放っておくことはできない…。
僕は意を決してミュウに口づけをする。
「…んっ…」
微かに声をあげるミュウ。徐々に呼吸が落ち着いてくる。
「……もう1回してくれてもいいのよ?」
「冗談を言えるようにはなったみたいだな」
「冗談ではないわよ。けれど…助かったわ。ありがとう、シオリ」
ミュウは上半身を起こしてこちらを見る。落ち着いた表情にこちらも安堵する。
「姉様は?」
「リアになったままだ。このままだとソフィアには戻らないらしい…」
「当然、戻しに行くわよね?」
「あぁ、だがどうしたら戻せるか……」
今度はミュウが僕の唇を奪う。舌がゆっくりと口の中を動く。
「そんな顔は似合わないわ。私の好きな人は、どんな時も諦めないのよ」
ミュウがニッと笑う。
「やはり、シオリにはリアの能力を消す可能性があるようだな」
「そういえばシェイド、博士が僕のことを呼んでるって言ってたな」
「ああ、エデモアの骨董屋にいるそうだ」
◆◆◆◆◆
僕とシェイド、ミュウはエデモアの骨董屋に足を運んだ。ミュウは病み上がりだったのだがどうしても着いていくと聞かなかったので、連れて行くことにした。
「おっ、シオリくん無事だったかい?さぁ、入って入って」
骨董屋から出てきた博士は僕たちを家の中に入れてくれた。
「良かった、街全体が紫の光で覆われた時はどうなるかと思ったよ。私とエデモアは天界の方に逃げたから良かったけど、他は皆影響を受けてしまったみたいだね」
「博士達は無事だったのか、それは良かった」
「そう猶予があるわけでもないよ。あの光の浸食の速さは凄まじいものだ。全て支配されるまで、あと1日もないだろう」
「そんなに短いのか!?」
予想以上のスピードに驚きを隠せない。
「これを止められるのは、君しかいない。ソフィアくんを目覚めさせてこの街の支配を解くんだ」
そう言って博士は僕に白い彫刻の入ったカチューシャを渡してくる。
「博士、これは?」
「以前言っていただろう。眼鏡以外にソフィアくんのサキュバスとしての能力を抑えるアイテムだよ。これをソフィアくんに付けてあげることで、一時的に能力を抑えられるはずだ」
「そうか、ありがとう博士」
「私とミュウで動きを止める。その隙にシオリはリアの中に入ってソフィアを起こしてくれ
」
「中に入るって、どうしたらいい?」
「私が誘導してあげるわ」
「うん、頼むよ」
「それでは、ソフィア救出作戦を始めよう。タイムリミットまであと12時間だ」
◆◆◆◆◆
空は赤い雲で覆われ、異様な色彩を放っていた。
山から、一直線に赤い光が上がっている。それは、リアが上げたものだった。
これだけわかりやすければ、彼も気が付くだろう。そう思っての事だ。
「ルキ、早く来ないかな。考えても無駄だってこと、流石にわかったよね」
リアはシオリに似たぬいぐるみを抱きかかえながら、椅子に座って脚をばたつかせる。
魅了の力で支配した街の住民を使って、わざわざ山に自分の部屋をつくらせていた。
そこに黒い翼を持った屈強な男達が現れる。
筋骨隆々な上半身が服の上からでもわかる。男達はゆっくりリアの元へと歩いて行く。手には両刃の剣を持って。
「お前が傾国の悪魔だな?」
「私にはリアって名前があるの。ディモンはどうしたの?」
男は傲岸不遜な態度でリアをにらみつける。
「ディモン様自ら来るまでもない。お前を連れて行く」
「へぇ、下っ端を寄越したんだ…」
むかつくと言わんばかりにリアは立ち上がり、3人の悪魔を見る。
「あまり舐めた口を聞くと、無事ではすまさんぞ」
「それは私の台詞よ」
カッと目を見開かれたリアの目が紫色に光る。
「3人で殺し合って」
リアの言葉に反応して、悪魔たちがそれぞれ剣を構え出す。
「な、何をした…や、やめろ!!」
ザシュッ!!ザシュッ!!ザシュッ!!
振り下ろされる剣。剣が悪魔たちを貫く。三角形を形取り、そのまま崩れ落ちる。
「弱過ぎ……ねぇ、片付けておいて」
近くにいた住民に指図する。リアは爪を噛むと、椅子を派手に蹴り飛ばした。




