41話_魅了の瞳《チャームズアイ》
とある日、僕とソフィアは博士に呼ばれて天界第二層を訪れた。
ソフィアのサキュバス能力を抑える封魔の眼鏡の話をエデモアから聞いたらしく、
それを詳しく知りたいとのことだった。
「──ふーん、なるほどねぇ、これはよく出来てるよ」
ソフィアの眼鏡をまじまじと見つめる博士。ソフィアのことを見ているわけではないのだが、あまりに近くで見られるためソフィアはどうしたらいいか困ってしまう。
「そんなに凄いものなのか?」
「そうだねぇ、なんと説明したらいいだろうね。ソフィアくんの持つ魅了の能力は、他のサキュバスが持つ能力と比べると数百倍はあるだろうね。発動までは時間がかかるみたいだけど、この能力を本気で使おうと思えば範囲内にいる対象を全て虜にできるよ。なんだったらシオリくんが住んでいる街全てを覆うこともできる」
「そんなに!!?」
予想以上の範囲に大きな声が出る。
「今後はそれを悪用しようという輩も出てくるだろう。僕としてはこの能力を完全に封じ込めるか制御できるようになることをお薦めするね」
「制御なんて出来るのか?」
「それはソフィアくん自身の問題だね」
「………」
「ま、どちらにしろ、一朝一夕で出来ることじゃないしね。それは彼女が考えればいいことだ。僕の方では眼鏡以外のアイテムで魔力を封じることが出来ないか考えてみるよ」
「そんなことが出来るんですか?」
「あぁ、なんてったって天才だからね。寝るときも眼鏡をかけているのは大変だろう?」
博士に言われてハッとする。確かにソフィアが眼鏡を外した場面は、偶然取れた以外は見たことがなかった。
「とても助かります」
「時間はかかるかもしれないけど、期待しててよ。久しぶりに腕が鳴る代物だから僕としても楽しいしね」
「そうか、博士何から何までありがとう」
「いやいや、礼には及ばないよ。そういえばシオリ君」
「なにか?」
「…いや、なんでもない。機会が来たらまた話をするよ」
「??はい、わかりました」
途中で口をつぐむ博士。特に詮索することはせずに博士の家を出る。
「ソフィア、良かったね。眼鏡以外のアイテムが出来そうで」
「はい、この眼鏡があるだけでも助かっているのですが、他にもあれば色々と選択肢が持てそうです」
「博士がさっき言ってた能力の制御のことだけど」
「それも、考えないといけないですね…。元々は私が制御出来ていれば問題ない話なので…」
「僕でなにか手伝えることがあれば、手伝うよ」
「ありがとう、シオリ。向き合わないといけませんね…この能力とも」
「そう言えば、ソフィアは普段人間の姿をしているんだよね?」
「えぇ、そうですね。それが何か?」
「いや、」
ソフィアの本来の姿ってどんな姿なんだろう?ちょっと興味が湧いたが、過去に触れそうなことだったので自重しておいた。
「見た目で言えば、私も気になったことが」
「どうかした?」
「シオリの体が前よりがっしりしてきたというか。前がなかったというわけではないんですけど、こう筋肉が」
言われて自分の腕周りを見てみる。
たしかに、何か特別なことをしたわけではないが、以前に比べて筋肉量は増えている気がする。天界に行ったことが影響しているのだろうか。
「たしかにそうだね。天界に行って鍛えられたのかも」
「たくましくなったんですね、きっと」
「はは、そうだね」
2人で街を歩く。
なにか天帝がいた頃より騒がしくなっている気がする。抑圧がなくなった活発さと多少荒々しくなった気もする。
そこに、いかにも絵にかいたようなチンピラの天使集団が現れた。モヒカン聖〇士もびっくりの脳筋メンツだ。
「おい、にーちゃん。そこの可愛い子ちゃん置いてとっとと失せな」
翼生えてるけど、天使ではない。もはや悪魔。
シェイドだったらきっと「失せろ三下」と言っただろう。
もうシェイドはいないが、今の自分には確信があった。この程度、怖くもなんともない。
僕はソフィアの手を取り、チンピラを無視してそのまま歩いていく。
「おい!!聞こえなかったのか!!」
無視されたことに腹を立てたチンピラが僕目掛けて殴りかかってくる。
僕は体をかわし、チンピラの顔に蹴りを叩きこむ。シェイドが得意としていたカウンターの形だ。すっかり、身体に染み込んでいたのだろう、特に意識することなく体が動く。
「ぐおっ!!」
吹っ飛ぶチンピラ、後ろにいた2人も蹴られて飛んできたチンピラを支えきれず地面に倒れこむ。
「シオリ、凄い!!」
「天界での闘いも無駄じゃなかったみたいだね」
ニッと笑ってソフィアの方を見る。
「くそっ!!動くな!!」
起き上がったチンピラが拳銃のようなものを取り出し起きあがる。
飛び道具は予想していなかったので、咄嗟にソフィアを隠す。
「力で勝てないと思ったら次は飛び道具か。随分と卑怯だな」
「うるせえ!!おとなしくその女をよこせ!!」
「くそっ…!!」
流石に銃弾を跳ね返すほどの力はない。僕はソフィアをかばうようにじりじりと下がる。
「なんや第二層も随分ガラが悪うなったんやなぁ」
そこに現れた長身の女。肩が出た着物のようなふくを纏い、カラカラと笑いながらチンピラの方に近付いてくる。その姿は、以前見たことがあった。天帝の直属だったネツキだ。
「な、なんだてめぇは!!?」
「すんまへんなぁ、悪党に名乗る名前は持ち合わせてのうて」
「このっ!!馬鹿にしやがって!!」
「危ない!!」
激昂したチンピラ放たれる銃弾。ネツキは薄めた目を開くことなく、その銃弾を手で弾く。
「なっ…!!」
「街中でそんなん振り回したら危なくてかなわんなぁ」
スッと音もなくチンピラの後ろに回り込むと手刀ひとつで気絶させる。
「まだやるかえ?」
「ヒッ……ヒィィィ!!!」
チンピラは一目散に逃げていった。
「なんや、トラブルに巻き込まれるのが好きみたいやねぇ」
「好きでなったわけではないよ。危ないところをありがとう」
ネツキと軽く握手をする。
「どうしてまたこんなところに?」
「あんさんが天帝倒してしまったやろ。ウチ、働き口なくしてしもうて」
ネツキは、さも私困っています、というようなジェスチャーをとる。
「そうか、それは申し訳ない……」
「ま、天帝にもお灸が必要やったってことやな。ウチも反省したわ」
カラカラ笑うネツキ。
「お仕事なら、チャミュに聞いてみてはどうでしょうか?」
僕の後ろにいたソフィアが提案する。
「そうか、それはいい考えかも」
「??」
◆◆◆◆◆
「──というわけでさ、何かこの人に仕事が紹介できないかって」
「なるほどね、それで私のところに」
ソフィアのアドバイスで地上に戻りチャミュと連絡をとった僕。
営業の仕事の途中だったらしく、立ち話もなんなので喫茶らーぷらすへと入る。
予想外の客に驚くミュウ。しかし、状況を察して普通に注文をとってくれる。
「何かないですか?チャミュ」
「そうだね、ないことはないんだけど」
「なんでもかまへんよ。一通りはできるさかい」
「そうか、そしたら私に付いて色々覚えてもらおうかな」
「あんさんと一緒やったら面白そうやな。よろしゅう」
あっさりと決まりホッとする僕。
「にしても、なんやえらい親切やね。ちょっと前までは敵同士やったっていうのに」
「僕にとっての敵は天帝だけだったさ。それに、もうそれも終わったことだ」
「天帝が負けはったのも、わかるような気がするわ」
「?」
「シオリくんはこういう人だ」
「なんや羨ましいなぁ。なぁ、ウチの主人にならへんか?」
僕の近くにすっと近付いてくるネツキ。銃弾を弾いたとは思えないしなやかな身体とソフィア達とはまた違う色気が漂ってくる。
「お断りよ、私と姉さまで十分なんだから」
いつの間にか近くに来ていたミュウ。ネツキと僕の間にお盆を挟み込む。
「残念。そっちに飽きたらいつでも呼んでや」
ミュウをからかうのが楽しそうにカラカラと笑うネツキ。
「ネツキ、天帝はどうなったのかわからないのか?」
「さぁ、あれからさっぱり。けど、秘書もおらんかったみたいやし、どこかにはおるやろ。あれはあれでしぶといお方やからな」
「ネツキは天帝のことが好きだったのですか?」
「好き?好きとはちゃうなぁ。ウチ、天使の中でもかなり特異やったんよ。唯一自由にしてくれたんが天帝やったから、その義理くらいは果たしたかったっちゅうことやな。せやから、あんさんみたいに尊敬できる男と好きな男が一緒っちゅうのは幸せに思うんやわ」
ネツキに言われて顔を真っ赤にするソフィア。
「あまりソフィアをからかわないでやってくれ」
横から口を挟むチャミュ。
「可愛ゆうて、ついな」
「天帝の部下ってのも色々あったみたいだな」
もしかしたら、それ以外の天使にもそれぞれ理由があったのかもしれない。
「とにかく、この件は私が預かろう」
「よろしゅう頼みます」
話がまとまり、喫茶店を出る。
「にしても、ロウの旦那はなんであそこにおんねやろ?」
喫茶店を出た後、
不思議そうに首をかしげるネツキ。
「??」
「気付いてなかったんならええわ。大したことことやない」
「そうか。なんかあったら呼んでくれよな。僕に出来ることがあったら力になるからさ」
「あんさん、ほんまに優しいなぁ。やっぱりウチの主人に、」
「ダ、ダメです」
僕の腕を掴んで必死に抵抗するソフィア。
「ハハッ、シオリはん。こんな可愛いらしい子手放したらあかんで」
ネツキはその光景があまりにおかしくて、カラカラと笑った。
◆◆◆◆◆
「不思議な人だったね、ネツキ」
「そうですね。人をからかうのが好きそうな人でしたけど」
「そうみたいだね、まぁチャミュもいることだし上手くやってくれるだろう」
「そうですね」
僕とソフィアはソファに座りながらお茶を飲む。すっかり、2人でいる時の定番になりつつある。フーマルは脇で寝息を立てている。
「シオリ、私決めました」
「決めたって、何を?」
「サキュバスの能力を抑えられるように特訓します」
「…そっか」
ソフィアなりの葛藤があったんだろう。ゆっくりと発せられたその言葉からはソフィアの決意が感じられた。
「いつこの能力が狙われるかわからない、そうなる前に私自身が解決しないと…」
ソフィアの震える手を優しく包む。
「僕も手伝うよ」
「シオリ…」
互いを見つめ合う。一瞬の沈黙。
「これから、もしかしたらシオリは私のことを軽蔑するかもしれない…」
「そんなことはないよ。なんだって受け止めて見せる」
「…本当に?」
僕の手を握るソフィアの手がギュッと強くなる。
上目遣いでこちらを見られるとドキドキが止まらない。
「私の中に抑えきれない何かがあるんです…それが、怖くて」
「大丈夫、一緒なら越えていけるさ」
「…シオリ」
いいムードが漂い、互いに唇を重ね合わせようとしたその時、
ピンポーン!!
勢いよくチャイムが鳴り、慌てて距離をとる僕とソフィア。
ちょっとしてミュウがリビングに入ってくる。
「…お邪魔だったかしら?お土産を持ってきたのだけれど」
目の前が見えないくらい両手いっぱいにお菓子を持っている。
「い、いやそんなことはないよ!」
「い、いらっしゃいミュウ」
じとーっとした目をこちらに向けるミュウ。
「…まぁいいわ。姉さまに角を治してもらおうかと思って」
「そうね。そしたら丁度いいわ。夕飯を食べて今日は泊まっていきなさい。その時にゆっくり治すから」
「そうさせてもらうわ。はい、シオリ」
「お、おお、ありがとう」
ボスンと様々な箱を受け取る。
「…姉さまとキスしようとしてたでしょ」
「な、なにを急に」
「隠そうとしてもムダ。私にはすぐわかるんだから」
「ミュウ、シオリ。支度を手伝ってください」
「はーい。行くわよ、シオリ」
「あ、あぁ」
ミュウの勘の鋭さは恐ろしい。
僕はなかなか簡単にはソフィアとの仲を進められないことを再認識するのであった。




