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82.国王陛下の愉悦(アンガット視点)


「全く、あれほどの愚か者とは…信じられませんな」


苦々しくつぶやいた将軍の言葉に、アンガットは苦笑する。


「そう毒づくな。あれはあれで、面白いじゃないか」

「は、はあ?」


アンガットは第58代ガンダル王国国王だ。正式な名前はアンガット・エレファンスト・ガンダルという。18歳の時に、父である国王が殺されたため、王太子であった自分がつくことになった。兄弟姉妹たちは20人以上おり、誰が誰やらといった状態だが、認可された子の一番の長子が自分だったのが王位を継いだ大きな理由だろう。


父にも兄弟がいるが、王位継承権は低く、成人していたアンガットが王位に就くのに大きな問題はなかった。というか、異常事態に、王座の人気が物凄く下がったのだ。

無理やりおしつけられたというのが正しい。


なんせ、一国の国王が惨殺に近い形で処刑され犯人もわかっているのに、その犯人を処罰することが誰もできないのだから。すぐに変わった国王が彼から殺されないという保証もない。


そのうえ、国王就任の一番最初の仕事が、犯人の処罰という最難問だ。もちろん、アンガットだってやりたくない。


あんな人間をやめているような化け物の処罰など、人の身でできるわけがない。

しかも、彼は国王だけでは飽き足らず、フェーレン市の冒険者ギルド長も殺している。これ幸いと騒ぎ出した市長すらどこかへ片づけた。失踪扱いになっているが、死んでいるのは間違いないだろう。

軒並み、ポストが空いたが、就ける人物がいるはずもない。


結果的に、彼への処罰は、彼がフェーレン市の市長になることを認可できないという情けないことになった。

だが、誰もアンガットの采配に文句をつけることはない。声をあげれば、ではどうするのだやってみろと言われるのがわかっているからだ。おかげで、フェーレン市は一部独立国家のような様相を呈している。

治外法権だ。


それで、あの魔王のような男がおとなしくしているのならば、安いものだろう。


父を殺された恨みはないが、厄介なことをしでかしてくれた苦々しさはある。

結果として、部下が騒いで彼に迷惑をかけるのは、とても愉快に思えるくらいには。


アンガットの横に控えているのは、ガンダル王国最強と言われる騎兵隊を率いるラングレット・シュミット将軍だ。50代の精悍な男で、大柄で全戦全勝の戦神とも崇められている。

だが、彼は国王が殺された場に居合わせていた。

そのため、漆黒の魔王のような彼に対する恐怖心はすさまじく、払拭することはない。


「では、彼を放っておくのですか」


先ほどまで謁見の間にいた男の奏上を思いだしながら、アンガットは唇の端を持ち上げた。


「俺は関与しないといったからな、後は彼次第だろ」

「まったく、王国が半壊しても知りませんよ」

「ああ、それもいいかもな」

「あなたに破滅願望があるとは知りませんでした」

「そもそも、俺は国王なんて柄じゃないんだ。愛着もない。あの父が子供に王位を譲るつもりがないのは知っていたからな、せいぜい長生きするだろうとも思っていた。絶対はないが、あと三十年は遊んで暮らすつもりだったのに、若いうちにこんな窮屈な思いをさせられるだなんて想像もしてなかった。あの馬鹿が、俺に押し付けなければな」

「本人の前で、そんなこと言えないくせに」

「あれは、悪意ある言葉には敏感だが、愛ある言葉には鈍感だぞ」

「あなたの言葉に愛があると?」


熱い思いならあるが、愛かと言われればビミョウなラインではある。


「馬鹿に馬鹿といって何が悪い。きっと、この失踪事件だってアイツのせいだろう? こんなに一夜でごっそりと人が消えて、どこにも騒ぎがないなどおかしいだろうが」

「それでも調査は命じられるのですね」

「万が一があるかもしれんし、まあ、動いていると見せておかねばあちこちうるさいからな。まったく、どこのどいつかは知らんが、余計なことをしてくれたもんだ。寝た子を起こすなとは昔から言い伝えられているのに。俺の仕事が無駄に増える」


嘆息すれば、シュミットが大きく頷いた。


「いっそずっと眠っていてほしいものですな」

「それはほとんどの人類の願いだろうな。人類だけではないかもしれないが。それより、最近のアイツは面白い噂があるようじゃないか」

「ああ、そんな話は聞いたことはありませんでしたが。確かに浮いた話一つなかったので、珍しいことではあります。どちらにせよ、興味はありませんがあなたは違うようですね」

「そりゃあ、少しは愉快にはなる。あの非常識の想い人だぞ? なんとか手に入れられないものか」

「まったく悪趣味なことで」

「そんな嫌がらせくらい可愛いものだろうが。これまでの苦労を思えばな」

「命をかけた嫌がらせですか、ご苦労なことです」

「お前は武官のくせに、言葉遊びが好きだな」

「あなたの近くにいれば、嫌でも覚えますよ。それに単純な言葉遊びにはとどまりませんからね」


シュミットが心底嫌そうに顔を歪める。

思わずアンガットは吹き出した。

だからこそ、彼は腹心たる自分の部下だと思える。


「その点だけは感謝しているんだがな」


暗愚の父を殺されたことは別にして、シュミットという部下を残してくれたクロゥインには素直に感謝できる。父と同じく愚鈍な貴族である大臣たちを残してくれたことには文句しかないが。

彼に言わせれば、それはアンガットの仕事だと断言するだけだろうが。


「俺は命が惜しいので、遠目で眺めているだけにしておくさ」

「賢明なご判断ですな」


賢い部下の相槌に、アンガットは苦笑するにとどめるのだった。

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