81.素材採集
「ダグラス、ちょっと相談があるんだが」
朝の爽やかな風が入ってくる冒険者ギルド長室で、重々しい空気を醸し出しつつ、俺は執務机に肘をついて組んだ腕の間からダグラスを見やった。
「盛大に嫌な予感しかしないが、なんだよ?」
彼は手にした書類の束を、とりあえず机の上に置くと、表情を曇らせて俺を見つめてくる。
ゆっくりと要件を伝えれば、一つ息を吐いて、提案してきた。
「それは、俺たちだけで行ってもむなしいんじゃないか。せっかくだから、有効活用しよう」
「まあ、なあ? じゃあ、誰を連れていく?」
ダグラスが挙げた名前を『サーチ』で検索すれば、フェーレン市内にいるようだ。
俺はダグラスを連れて、転移魔法を発動させた。
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「これは立派な誘拐だ! なんだって俺がこんなところに連れて来られなきゃいけないんだ!」
「ギ、ギルマス? ここ真っ暗で何も見えないんですが、そもそもどこに来たんですか?」
騒がしく喚きたてるガルダ・バッフに、俺はため息をついた。
「おい、ガルダ。この前のレッド・カーニバルでもランクSに上がらなかったんだってな。だからこそ、こうして親切心で連れてきてやったんだろうが」
「はあ?! いやいや、もう少しでレベル90なんで、結構です。余計なお世話ですよ。今すぐ家に帰してください!! 大体、俺は朝ごはんの途中だったんだ!」
時間はもう朝の十時過ぎだ。
やや遅い朝ご飯だったが、今日は依頼を行こともないのだろう。冒険者の休日など不規則なものだ。
「腹が減ったなら、俺が朝食持ってきてやるよ。何が食べたいんだ?」
「え? じゃ、じゃあ、ラミネの肉パンを一つ」
「お前、それさっき食べてた朝食じゃないだろうが!」
フェーレン市で人気のパン屋だ。時々、市長館や冒険者ギルドの職員にも昼時に売りに来てくれる。マヤがそこの夫婦と知り合いで可愛がってもらっているらしい。売れ残ったパンを分けてくれるらしいので、おやつがわりに持ち帰ってくることもある。
ガルダを迎えに行った時に、ちょうど座っていたからテーブルを覗き込んだが、パンを切ったものと焼いた肉が置いてあっただけだ。
「てっきり、ギルマスならなんでも持ってる気がしたんで言ってみただけでしょうが」
「いや、持ってるけど。しょうがないな『ストレージ』ラミネの肉パン」
ストレージの魔法で空間から目当ての物を取り出すと、やや冷えたモレットの肉を揚げたものにコッペパンを挟んだパンが現れた。それに『コピー』の魔法をかける。
「相変わらず、非常識な魔法だな。本当に食べられるんですか?」
「疑うくらいならやらないぞ」
「嘘です、いりますよ!」
ガルダは慌てて俺が放った肉パンにかじりついた。
「あの、えらく落ち着いてますけど、ここ真っ暗ですよね? 大丈夫なんですか?」
ぼそぼそと不安げに話すのはジューク・オルガノだ。聖者職のため、闇夜にも目を聞く能力や魔道具などを持っていないのだろう。ちなみに、ガルダは装備に透視の付与効果がかかっているため、視界はクリアなはずだ。
「俺は大丈夫だが、あんた見たところ非戦闘職だろ? なんで、こいつまで連れてきたんですか?」
すっかり肉パンを平らげたガルダは、不思議そうに首をひねった。
「ジュークは俺に貸しがあるからな、返してもらおうと思って。それに、こいつもランクAだからな。さっさと上のランクに行ってもらいたい」
「うへぇ。だからってこんなところに連れてこられたのか? お前、ギルマスに貸しつくるってなんて無謀なことを…」
「あ、いえ。それは、だいぶ軽い罰だと思ってたんですけど、違うんですかね…?」
次第に弱弱しくなっていくジュークの言葉に、ダグラスが優しげに声をかける。
「安心しろよ、死ぬことはないから」
「死ななくても十分怖いから。本当になんだって俺がこんなこと…」
「ええと、もしかして、ここ、何かいるんですか?」
ジュークの問いに、ダグラスは笑みを深め、ガルダが盛大に息を吐く。
「見えてないってのは幸せだな…で、何が目的なんです?」
「俺さ、ペットにビスチェを送ろうと思って」
「はあ?」
「へえ、ギルマスってペット飼ってるんですか? いいですね。俺も実家でバルン飼ってるんですよ」
バルンは犬型の獣だ。小さな角が生えていて、毛長種でふわふわしている。気性も穏やかで種類も多いため人気のペットである。
草食系でエサ代もあまりかからないところも魅力だ。
「おお、お前も飼い主か。いいよなーペット。毎日の生活に潤いが出るし、部屋に戻ればしっぽ振って迎えてくれるし」
「そうなんですよ。あー実家にしばらく帰ってないから会いたいなぁ。もういい年だから、眠ってばっかりなんですけどね。もうその姿見てるだけでもほっこりするんですよね」
「丸くなって眠ってるとこは可愛いよなあ、わかるわかる。思わず撫でまわして起こしちまった時には毛を逆立てて怒ってくるんだけどな。それはそれで可愛くていじめたくなるっていうか」
「そうなんですねぇ。俺のところはもうおじいちゃんだから、うるさそうに顔を顰めるだけですけどね」
「へえ。それはそれでアリだな。いやあ、こんなところに仲間がいるなんて知らなかったわ。それでな、この前はオヤツもわけてくれてな」
俺とジュークが盛り上がっている横で、ダグラスとガルダがこそこそと話し出す。
ばっちり聞こえているが、あえての無視だ。
「あの、ダグラスさん、あいつ、ギルマスの飼ってるペットが何か知らないんじゃないですか? つーか、ビスチェ送るって言ってる時点でなんでおかしいと思わないんだ…」
「ううん? まあ、あの会話なら知らないみたいだな、女の経験もないんじゃないか?」
「あんなちびっこにビスチェ送りたいって十分変態ですよ。これ以上『残念ギルマス』の名を広めてどうするんですか。止めないんですか?」
「いや、それがクロゥインはまったくソッチ方面で言ってるわけじゃなくて、防具的な話なんだよな」
「はあ? 女の下着送りたいって言ってるくせにエロくないってどういうこと?!」
「な、俺もイマイチ理解できないんだけど、純粋に強化の話なんだよ。あの子、どうやら悪魔に狙われてるらしくて。魔除けの防具を追加したいってことになったんだ」
「ああ、それでここにきたんですね…」
ビスチェは女性の下着の一つで、肩ひもがなく胸と胴で絞めて体を支える。長いレースがついた形状で、夜のお楽しみに大活躍する代物だ。
たしかに背中や胸の下の紐を解いていくのは楽しい。
じりじりするけれど、プレゼントのリボンを解くのに似ている。
だが、断じてマヤに着せて楽しむためのものではない。
あんなちびっこの下着を脱がせて何が楽しいのか、という話だ。
「じゃあ、ビスチェじゃなくてワンピースとかにしたらいいじゃないですか…」
「そこは、ビスチェなんだよな」
「意味わかんねぇ…」
少しは男のロマンを感じてもいいだろうが。
俺は、ジュークとのペット談義をひとまず終えて、手を叩く。
「無駄口叩いてないで、用意しろよ。ジュークのために灯りをつけてやる。よく見とけよ」
「は? え? ぎゃああああ!!」
俺が『ライト』を唱えると真っ暗な洞窟の中に真昼のような明るさがともる。
ジュークの間抜けな叫び声とともに、ギギギっと悲鳴のような音がさざ波のように起こった。
やつらは明るいところを苦手とする。
突然明るくなったことに不快そうに体を寄せる。
大きな濃い紫色の肢体をもつ蜘蛛だ。だいたい3メートルほどで大きいものだと倍ほどになる。デンバースという蜘蛛で、吐く糸は耐魔に優れ、鋼よりも硬い。獲物をぐるぐるにして、ゆっくり溶かして食べる肉食獣でもある。もちろん、体も硬く魔法も効きにくい。
魔物の中でも上級種になり、なおかつ洞窟などの暗い場所にひしめくように生息している。洞窟に侵入した獲物だけでなく、死んだ仲間の体も食べるほどの貪欲さだ。
今は、俺の魔力を警戒して近寄ってこないが、本来ならばゆっくりと会話することもできない。
だが、こいつの吐く糸は上質の生糸なのだ。鋼よりも丈夫だが、魔価も強度も高い防具が作れる。また、魔を払う特殊な高価が付与できるのだ。
残念ながら、俺一人では攻撃されず近寄ってもこない。ダグラスを連れて行こうとしたら、彼からはガルダとジュークを連れていくように提案されたのだ。
「ジューク、結界をダグラスとガルダに展開。『フィジカル・ストレングスン』」
「うへ、いくら身体強化されて結界はられても、嫌だって!」
「口動かす前に手を動かせ! もしもの時は火炎魔法でも唱えてやるから」
「それ、確実に俺も焼け死ぬレベルですよね…?」
ジュークの結界により体も守られているというのに、文句ばかりだな。
「そもそも、ダグラスさんいれば、俺いらないでしょ?」
「俺、レベルが頭打ちだから。これ以上DPいらないんだよ。どうせならDP入るほうがいいだろ?」
「だから、それ余計なお世話だって! なんで、こいつら相手に決死の戦闘せにゃならんのよ?! しかも、ギルマスのペットのためとか、ふざけんな!!」
「だから命の保証はクロゥインがしてくれるから安心して剣を振れ!」
「いい笑顔で言われても騙されないからな! あんた、前から思ってたけど、実は鬼畜だろう?!!」
「バカなこといってないで、きれいな素材を取って来いよ。なんせ服になるんだからな」
「ああああ、もうどいつもこいつもふざけた上司で頭痛くなるわ!」
ガルダは腹をくくったのか、盛大な文句を言いつつ蜘蛛の群れに突っ込んだ。
ダグラスもそれに続くのを確認して、俺は横でぽかんとしているジュークを見つめる。
「この前のレッド・カーニバルでは随分と活躍したそうだな」
「は、あ、いえ。できることをしただけで…なんつうか、あまりに非現実的で今でも感覚がないというか…」
「お前が魔物寄せなんて使うからだぞ。本当ならもう少し楽だったんだ」
「それは申し訳なく…でも、みんないつもより少し多いくらいかななんて打ち上げで言ってましたけど?」
「うわ、もう本当に脳筋ばっかりだな…いつもの1.5倍だぞ。毎回、討伐された魔物の数を集計とってるんだから間違いない」
「はははは…絶対フェーレン市の冒険者ギルドにはケンカ売りません」
「そういっとけ」
「まあ、俺の報告どころじゃないんですけどね。市が半壊してるから、どこもかしこも忙しいみたいで」
「逃げてくるなら今のうちだぞ? なんなら、うちのギルドで雇ってやる」
「どこまで見透かされてるんですかね? ありがたいですけど、もう少しあがいてみます。うちは昔からあそこで店やってたんで、両親も動きたがらないんですよね」
ジュークがサンダルキア市の冒険者ギルドに縛られているのは妹の件だけではなく、両親も関係しているのか。
「ん、あれ? ガルダ食われてる? おーい、ダグラス! 大丈夫か?」
「思ったよりガルダがが囲まれるのが早かったな」
「ああ、もう。ジューク、回復だ」
「あ、はい!」
「だから、俺はやだって言ったんだ!!」
蜘蛛に囲まれていたガルダは、おもむろに足を掴まれ、ずぼんとダグラスに引き抜かれる。
放り投げられたガルダは糸でぐるぐる巻きにされながら、喚いている。
「いやいや、よくやったよ。お前にも素材分けてやるから」
「そんなんじゃ、俺は騙されませんよおおおおお!!!」
ガルダの雄たけびが洞窟内にこだますのだった。




