70.ぶれない男(アリッサ視点)
よろしくお願いいたします。
市長会議はサンダルキア市長の挨拶から始まった。
円形の会議机には市長が座り、それを囲むように配置された椅子にはアリッサたちのような事務官が付く。サンダルキア市長ジェラス・クローバは、フェーレン市を自身から一番遠く、しかも真正面は避ける位置に配置している。
彼は小柄な男でアリッサとそれほど変わらないように見える。茶色の髪をきっちりと撫でつけてはいるが、震えているのかせわしなく落ちてくる前髪を払う仕草が目につく。
おなじく茶色の瞳は決してこちらを見ようとはしない。
クロゥイン率いるフェーレン市を怒らせた自覚はあるようだ。
会議挨拶から始まり、今回の会議の趣旨について語る声もどこかたどたどしい。
ただ、会議の場は沈黙を保っている。他の市に情報が出回っているのか、それとも魔物による災害復興の最中であるため疲労がにじみ出ていると考えられているのか。
アリッサにはどちらの沈黙なのか、判断がつかない。
サンダルキア市にはクロゥインが転移魔法で連れてきてくれたが、市街から外れた場所だったため、被害状況を確認することができた。やや離れた位置に見える街を守る隔壁は半分以上が崩れ、残りもひびが入っており今にも崩れ落ちそうだ。
フェーレン市のほうに目を向ければ、抉れた地形や荒れた田畑が広がっている。
隔壁の中の被害はどれほどなのか、クローバの所業に思わず唸ってしまったほどだ。
実際、街中に入れば、都市がなんとか機能している状況だった。一か月前とは思えないほどの困惑ぶりだ。
フェーレン市が土トカゲに溢れかえった後、ひと月かけて復興に尽力してくれた生産者ギルドに心の底から感謝をした。爪痕などまったく見られない市内は以前にもまして整い、美しくなったのだから。やはり、フェーレン市は優秀だと実感した瞬間でもある。
「未曽有の災害から立ち直りつつあるこのサンダルキア市でこうして期日通りに開催できましたことを、復興に携わっていただいた関係者各位に感謝いたしまして、ご挨拶を締めさせていただきます」
「クローバ市長ありがとうございました。では、最初の議題にうつらせていただきます」
「ちょっと待ってくれ。サンダルキア市がデスマウスに襲われたと聞いたのだが、それは事実か」
手を上げて発言したのは、まだ若い男だった。20歳ほどの貴族らしい華美な服装をしている。やや長めの紅色の髪に、暗褐色の瞳が蠱惑的な、デミトリアスと同系統の美形だ。
質問に場がざわつく。
新参者が、と面白そうにささやく声から、やはり彼はまだ市長になって日が浅いのだろう。
市長が代替わりした情報など入ってこなかったが。
「は、はあ。事実ですが」
「デスマウスは深淵の大森林でしか生息が確認されていないはずだが、突然現れたのか。何か原因に心当たりはないのか?」
「あ、ありません…」
「ふぅん、そうなのか。他の市長はどうだ? 自分の管轄でデスマウスが現れたか?」
幾人かが首を横にふっていた。沈黙は同意だろうか。
「議題が多数ありますので、先に会議を進めさせていただきたいのですが…」
「ああ、聞きたいことはまだある。あとで改めさせてもらおう」
「では、最初の議題です。各市長のご紹介から始めさせていただきます。まずはリドル市長デイビット・サースン子爵。在任期間7年になります。お隣はガンダロフ市長---」
司会進行役の女性が王都に近い市から紹介を始める。
意外にあっさりと引いた男はゆっくりと場を見回して、アリッサの横に視線を止めた。
アスモデルを見ていたかと思えば、その後ろのデミトリアスに注目しているようだ。
首をかしげて銀色の仮面を見つめている。
「チェキカ市長プート・エキサイト男爵。在任期間ひと月になります。お隣はヴォイセオブ市長マック・アルト伯爵。在任期間19年になります。お隣は」
若い男はチェキカ市長だったようだ。在任期間一月とは代わったばかりでこちらにきたということだ。
チェキカ市はヴォイセオブ市の隣になりマインデッド地方に当たる。王都のちょうど西を占める地域だ。クロゥインの出身の村があり、ダグラスの父親が領主をしている地方だ。
レードル市長、タラス市長、ドルトミン市長、バグロード市長と北部6都市の紹介が続き、最後にクロゥインの名前が呼ばれる。
「(仮)フェーレン市長クロゥイン・キップさま、在任期間は10年になります」
「うむ」
だから、うむなんてクロゥインは言わない!
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