61.マヤの日常(マヤ視点)
本日3話アップです。
話が飛んだと思われる方は2つ前からどうぞ。
よろしくお願いします。
「マヤちゃん、これ持って行きな」
市長館から冒険者ギルドに向かって歩いていると、道端にいた箱を抱えた大柄な女が手招きしている。マヤの低い鼻は、焼きたてのパンの香りをかぎ取った。市長館などにお昼のごはんを届けているパン屋の奥さんだ。恰幅のよい体格はいかにも人間のお母さんといった貫禄がある。
女が差し出している紙袋には甘い匂いがしている。
クランベリーにチーズの匂い。
甘じょっぱい味が、口に広がる。
もちろん、マヤの想像だけれど。
にこやかに淡い水色のスカートを翻しながら近づいて、元気に挨拶を口にする。
今日のマヤの恰好はアリッサのおさがりのワンピースだ。
髪はマルキダが二つの大きなおさげを編んでくれた。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。今日もお使いだろ、えらいね。ほら、これ持ってお行き」
挨拶を教えてくれたのはデミトリアスだ。外の人間には朝なら『おはよう』、昼なら『こんにちは』と挨拶するのがよいと告げられた。それがなぜか、クロゥインの評判につながるらしい。
よくわからないけれど、マヤがにこにこしているとクロゥインが褒められる。人のつながりはそういうものだと教わったので、実践している。
女はマヤの頭を空いたほうの手で優しく撫でて、紙袋を渡してくれる。
今日のマヤのおやつが手に入った。
「ありがとう」
「市長にはくれぐれもよろしく言っておいてくれよ」
「うん? わかった」
実はよくわからないのだが、マヤにお菓子や果物や食べ物をくれる人たちは、いつもクロゥインによろしく言うように言い聞かせてくる。
初めの頃は意味がわからず聞き返していたマヤだが、何度聞いてもよくわからなかった。聞かれた人たちが皆、苦しそうな困ったような顔をするので、マヤはとりあえず頷くことにする。そうすると、皆ほっとしたような心配げな複雑な表情のまま引き下がってはくれるからだ。
「おやつに大事に食べるね。お昼寝の後だから、お腹へってたの」
「そうかい、そうかいっ。まったく、こんな小さな子に、昼間までだなんて…! 条例撤廃の嘆願書でも募ろうかね」
「お昼寝、気持ちいいよ?」
「っ、マヤちゃんっ!! 本当に不憫な子だね…っ」
がばっと抱きしめられ、女のふくよかな腹に顔を埋めてしまう。
息苦しくなってぷはっと息をすると、マヤの保護の魔道具が働いたようだ。
女が慌てて、身を放す。
「ああ、ごめん、ごめん。市長の魔道具にピリッとしちまったよ。苦しかったかい?」
「ううん、マヤは大丈夫だよ」
マヤの困り加減に合わせて、魔道具の罰の威力も弱まるらしい。
どういう原理かはわからないけれど、さすがクロゥインが作るものだと納得はできる。
「あ、三つの鐘が鳴るまでに行かなきゃいけないんだった」
アリッサから頼まれたのは冒険者ギルドの受付に行って、渡されたものをアリッサのところにまで届けることだった。
時間が限られているので、急がなければいけない。
「気を付けていっておいで」
「うん、ありがとう!」
マヤはそのまま駆け出したので、パン屋の女がとても不本意そうな表情で見送っていることには気が付かなかった。
「はあ、まさか市長が『変態』だとは思わなかったんだよ…ごめんねぇ」
クロゥインが変態だと思われている日常…




