58.貸し一つ
よろしくお願いいたします。
「え、ええ? ギルマス?!」
飛び上がった茶色の髪の青年はハシバミ色の瞳を瞬いて、がばりと起き上った。
俺が転移させたのは、主犯の冒険者とメイド、デミトリアスと自分を入れた4人だ。残りの冒険者たちはデスマウスとぞんぶんにやりあってもらいたい。
「魔力や体力は回復しといたぞ、A3区画はそろそろ交代時間だが、少し話せるか?」
「はい」
事情は分からなくても、取り囲まれている状況は察したのだろう。青年は居住まいを正して、俺を見上げた。線の細い、どちらかといえば優しげな印象を与える男だ。
自分とは対極だな、と思いながら、もしかして傍から見れば俺が締め上げているように見えなくもない?
気づきたくないことに、気が付いてしまい、俺は若干顔をしかめる。
「すみませんでした。俺なんかの力で無理だと思ったんですけど、結界を壊してしまいました! 俺の命一つで贖えるとは思いませんが、どうか周辺に溢れた魔物は討伐依頼を出してくれませんかっ」
「大丈夫だ、結界はすぐに修復したし、サーチで調べてみたが魔物が結界外に出たのは一部を除いてなかった」
「一部?」
不安げに首をかしげた青年に、安心させるように笑みかける。残念ながらびくりとされただけだったが。
「まあ、それは望んだやつらへのプレゼントだからな。そちらのほうで対処すればいい」
「はあ…?」
「で、どこから依頼された?」
「俺はサンダルキア市の冒険者ギルドから依頼されました」
「だろうとは思ったが、結界がなくなれば自分の市も壊滅的になると想像ができなかったのか?」
「それよりも利益を追求したのではないかと。あと、フェーレン市の冒険者ギルドだけで対処しているので、自分のところのギルドでも十分に討伐できると思われたのかもしれませんね」
「なるほど」
フェーレン市で冒険者ギルドだけで対処できるようになったのは、日ごろの訓練の賜物だ。長い年月をかけて築きあげたシステムのおかげでもある。だが、一番大きな要因は俺がいるからだともいえる。
救援要請があれば現場に駆けつけ、敵を一掃し隊列を整えられる時間を提供し、またやり直させることができるのだから。
だが、よそから見ていれば内情をうかがい知ることは難しいのだろう。結果的には利益を独り占めして、うまい汁を吸っているように見えるのかもしれない。
「本当に、舐められたものだ」
俺の言葉に含まれた怒りに、デミトリアスが険しい表情で問いかける。主を侮辱されて許せないのか。先ほどまでは、結界を張った魔力量に歓喜の表情を浮かべていたのだが。一瞬で、青年に報復しようとしている。
「いかがいたしますか、マイ・ロード」
「この落とし前はきっちりと冒険者ギルド長の集まりでつけさせてもらうさ。そろそろ北部地域のギルド長会議があるだろう?」
王国を南部と北部に分けた北部だけの市の冒険者ギルド長だけが集まる会議だ。
1年に一回、冒険者ギルド長の話し合いの場として6市で開催される。フェーレン市、サンダルキア市、先日騒動を持ち込んだバグロード市も参加するはずだ。
デミトリアスがそんなものを覚えているはずもないのだが。
「さようでございますか。では、私は主の行いを拝見させていただきますので」
「ついてくる気か?」
一見して悪魔だとわかるデミトリアスを連れ歩く趣味はない。ただでさえ、現魔王と違法な取引を行っていると囁かれている俺だ。これ以上、厄介ごとの種をまく気はないのだが。
「おお、マイ・ロード! まさか、これほどに惨い仕打ちに耐えている私を連れて行かないとは…おっしゃいませんよね?」
お前が一体、何をされたんだ。被害にあっているのも、喧嘩を売られているのも俺なのだが。
盛大に嘆くふりをする悪魔を見つめれば、紅玉の瞳がきらりと光る。
いやに楽しそうだな、お前。
「わかった、わかった。とにかくいったん戻るぞ。準備もいるし、ダグラスが心配している」
先ほどからメッセージが飛んできて、点滅を繰り返している。開けという無言の合図だ。
「というわけで、二人はこのまま戻って貰うがいいか?」
「ギルマス、俺への罰はーーー」
「一番被害を受けた者にあがなって貰うのもな…まぁ、貸し一つってことで、何かの時には返してくれればいい」
「ええ、いやそれじゃあ何の罰にもならないのでは?」
ギルドの掟に違反すればそれなりの対価を支払わなければならない。例えば、ギルドを辞めるときには退会金を払わなければならないように。
払わなければ、対処の仕方は各ギルドの采配に任されているが、フェーレンでは呪いがふりかかる。金を得れば自動的にギルドへと入金されるように。基本的に体罰などは行わない。
他のギルドは命をとったり呪いをかけたりするらしい。なのでフェーレンが甘いと言われれば確かに甘いのだ。
「フェーレン市の冒険者ギルドに登録してる時点で俺の庇護下にあるってことだ。それが、他所から手出しされたんだ。お前のせいじゃない。俺が話をつけるのが筋だが、納得できない感情は今回の祭りにぶつければいい」
「そんなに甘いから舐められるんじゃないですか?」
「お前が言うな。それに俺は優しくもないからな、勝手に勘違いしてる連中が多いだけさ。いいか、二度目はないぞ」
青年は勢いよく頭を下げると駆け出していく。
メイドもその背に続く。
二人を見送って、俺はデミトリアスを伴って転移した。
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