57.眠りのクロゥ(カルロス視点)
ご苦労さまな冒険者カルロス視点です。
よろしくお願いします。
「さてと、茶番はこれくらいにして本題に入ろうか。ここはまだフェーレン市の管轄だが、何用だろうか?」
目の前に立つ漆黒をまとう男は、口の端を吊り上げ、凶悪なツラで笑う。ほとんどあざ笑うような表情だが、本人の心境はいかばかりか。
伺い知ることはできず、悪魔のような男の後ろには実際に悪魔がいる。いつの間に魔族と取引したのか。噂では前魔王を斃した後に新しい魔王と話をつけたらしいが。
全身がガタガタと震えるのをなんとか、叱咤する。感情だけでは体の制御ができない。いや、感情が暴走して体の制御ができないのだろうか。
カルロス・ホーンテッドは、冒険者になって30年のベテランだ。ランクSの冒険者で、二つ名は『毒サソリのカルロ』だ。ランクSの冒険者の中でもわりと知られた部類に入ると自負しているが、目の前に立つ男ほどではないことも知っている。
彼は『眠りのクロゥ』だ。
カルロスの二つ名は、自分が呪剣士であるためついた二つ名だ。呪術師と剣士をレベル50以上にすれば得られる職業で、細身のレイピアに呪術をまとわせ素早さを活かした突きを得意とする。
正確さもさることながら、呪術の威力もあるため、かすり傷一つで相手を殺すこともできる。
恐ろしげな二つ名は、自分を表すのに最もだと自覚しているが、クロゥインの二つ名が恐ろしくないのは、彼自身がとてつもなく恐ろしい存在だからに他ならない。
寝た子を起こすな、という格言があるように、優しげに注意するように見せかけて、禁忌を犯せばその後のことなど知らないぞ、という警告が潜んでいる。
彼の攻撃は眠っている者が無意識に使う生活魔法のようだ。眠る前に音楽を流すように、ライトを消失させるように。少ない魔力、小さな魔法。誰もが使えるような簡単な魔法で、ありえないほどの威力を生み出す。
そもそも彼は魔法のみで戦うことが少ない。魔法剣士という上級職のため普段は剣を使うからだ。力を眠らせて、さほどの労力を割かずに戦う。だからこそ、彼を起こしてはならないという意味で、二つ名がついている。
その彼が、魔法を使った。
呪術師と剣士の職業を持つカルロスには何が起こったのかわからない。だが、後ろにいた魔法士が呻くように化け物だと口にしていたから、よほどのことをやったのだろう。
そんな大それた魔法を使っても魔力切れを起こすどころか顔色一つ変えず立っている事実が、彼が彼たるゆえんなのだろう。
そもそも現れたのは空間転移の魔法だ。一人といえども、何度も使える魔法ではない。その上、先ほど結界を張りなおした魔法。
彼の魔力量は底が知れない。
そもそも彼の職業はいくつあるのだろう。考えたくもない。
職業をトリプル持つだけでも珍しいと言われる実情に、空想ですらあり得ない話だ。
かつて深淵の大森林がいわゆる結界に覆われる以前、レッド・カーニバルのための討伐依頼が近隣の市のみならず、王国中で呼びかけられていた際に、カルロスはクロゥインと同じく討伐隊にいたこともある。仲間であったあの時ですら、彼は慕われていたと同時に恐れられていた。
まだ、13歳ほどの少年、がだ。
10歳で故郷を飛び出して3年間大陸を周り、13歳でフェーレン市にたどり着いた彼は、パーティとそこで冒険者を始めたと聞いた。登録当時から、酒の席でよく耳する大ぼらのような話を、当たり前のようにこなしていく彼は、期待の新星というよりは、凶星のような扱いになるのに時間はかからなかった。
隣の市で冒険者をしていれば、共同で事に当たることも珍しくなく、13歳にしては大人びたように見える老け顔の少年の薄いがしっかりとした背中を眺めていた記憶はまだ鮮明だ。
それが対峙するだけで、これほど恐ろしい存在になるとは。
カルロスは知らず、奥歯を噛みしめる。
ここ10年のサンダルキア市の冒険者ギルドの落陽は確かにひどい。深淵の大森林の魔物を狩るために、フェーレン市の中心部にまで行かなければならなくなった。レッド・カーニバルの参加も望めばかなうが、とりまとめがフェーレン市なのでいくつかの手続きが必要になる。
初めから、深淵の大森林を取り囲むようにフェーレン市が存在しているため、本来は深淵の大森林にかかわるためにはフェーレン市への申請が必要だったはずだが、フェーレン市自体にそれほどの行政力がなかった。魔物が現れてもフェーレン市だけでは対処することも難しく、結果的に緊急のためという名目で魔物退治が行われていただけなのだが、できていたことを禁止されわずらわしい手続きが増えると、人は愚痴りたくなるものだ。
サンダルキア市もその一つで、それまで魔物を自由に狩って素材などを売買していた冒険者たちが、フェーレン市唯一と定められた門まで行かなければ狩ることができなくなった状況に不満を覚えた。また、若い連中はクロゥインの恐ろしさや、昔のレッド・カーニバルを知らない者も多い。
上級種が束になって突然現れるという恐ろしい状況を知らないため、平和なサンダルキアでレッド・カーニバルで荒稼ぎしたいと息巻く。
何度か、最近のレッド・カーニバルに参加したことがあるカルロスは、昔の差に愕然とした。隊列を組んで、圧倒的火力差で事に当たる。すぐに交代でき、疲れれば回復職が癒してくれる。あれほど恵まれた環境で上級種が斃せれば、楽だといわれても当然だ。
レッド・カーニバルの恐ろしさはあんなものではないと、いくらカルロスが声を大きくしたところで年寄は引っ込んでいろと言われる。
結果、冒険者ギルドに登録している冒険者の質は落ち、時折周辺に現れる魔物を狩るだけの仕事しか舞い込まない。
ギルド長も市長も焦っているのはわかっていたが、こんな損な役回りが自分に回ってくるのだから、何か前世にでもよくない所業をしたか、これまで魔物を呪い殺してきた自分の性か。
「ひとまず、話を聞いてくれるか?」
なんとか、声をかければ、クロゥインは笑顔を引っ込めた。眉間の皺を深め、三白眼を向ける。笑顔も怖いが、無表情も怖い。
「どうせ、レッド・カーニバルの分け前をよこせとかそんなところだろう。わざわざこうして準備万端できてくれたんだから、ぜひ手伝ってもらいたい」
いうが早いか、クロゥは召喚魔法を使った。
続々と現われる巨体に後ろで備えていた冒険者が慄く。
「な、デスマウス?!」
灰色の毛に覆われた大きさ4メートルほどのネズミだが、毛が鋼のようにとがっており突進されるだけで死は免れない。
問題はその巨体を活かした物理攻撃だけではない。
デスマウスは二足で立ちあがり空を仰ぐように顔を上へ向ける。
青い空の下に突如、雷鳴が轟く。
「お望みの展開だろう。しっかりと討伐してくれ、毛皮は高く売れるしな」
それは斃せた場合の話だ、と叫ばなかった自分の忍耐はすごいと思う。
カルロスは絶望的な気持ちで、姿を消したクロゥインがいた空間を見つめるのだった。
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