55.B4区画の戦闘(ラミラス視点)
冒険者ラミラス視点です。
よろしくお願いいたします。
「アスモデル、お前、黙って立ってるから不気味なんだよ、間違えるだろ!」
雄牛の被り物をしている筋肉質の男に、ラミラスが吠える。
「うむ」
「うむじゃねーし、こんな時しか戦わないからってふざけてる場合じゃねぇだろ!」
知り合ってかれこれ10年になるだろうか。馴染みの男だが、無口だし、被り物の下の素顔を見たことはない。皮鎧に身を包んだ体は筋肉質で引き締まっている。身長は2メートル以上はある巨躯だ。
普段はどこかの館で料理人をしていると聞いた。レッド・カーニバルの時期にだけふらりとギルドに現れて、討伐に加わる謎の男ではある。まさか料理中はこんな格好をしている訳ではないだろうが、特殊な趣味の男を雇う館の主の度量は大きいのだろう。
今手にしているのは木こりが持つような手斧だ。それを力の限り振り回しているのだが、包丁なんて繊細なものが持てるのだろうか。
常々抱いている疑問を、幸いラミラスは口にしたことはない。
アスモデルの周りは潰された肉塊しか転がっていない。返り血を浴びて、凄まじい光景になっているが、彼は一顧だにしない。
「だーもう、鬱陶しい」
ぞくぞくとわいて出てくるファースパイダーを真っ二つに切りながらラミラスは前方を見やる。
B4区画の隊長メルディアナを筆頭に、数人がかりだ。大きさは6メートルほど。蛇の姿をしたグローツラングという化け物だ。森の薄暗い中でも瞳のダイヤモンドがきらりと光る姿は神秘的でさえある。斃せれば一財産築けるが、体は呪いを纏い、出会うだけで災害をまき散らす。災厄の代名詞とも言える。
メルディアナが聖句を唱え幾ばくかの呪いを解呪するが、すぐに黒い霧が周囲に立ち込める。
一定の距離を保っているのは呪いを受けないためだが、魔法も威力が弱いのか効果があるようには見えない。精霊のような存在には一般的な魔法士の攻撃は効かないのだろうか。
手助けしたいが、しがない剣士には蜘蛛と戦うのが精一杯だ。ファースパイダーは顔部分のすぐ下に首巻きのように毛が巻いている。胴体は鋼のように硬く、鋼の剣では刃が通らない。しみじみ、ギルドから貸し出されるミスリルやオリハルコンの剣が有難い。ファースパイダーの外皮や手足は素材は武器や防具になるので、回収できればそれなりの金額にはなるが、一匹倒すのに時間がかかる。
ラミラスは後方に視線を向ける。
一班10人ほどの8班で三交代制で挑める戦力になっているはずだが、一周するのが早かったせいか下位ランクは使い物にならない。結果、80人以上いるはずだが、半数は下位ランクなので交代もままならない。
まだ体力はあるが、この状況が続くのは辛い。
ギルマスへの救難信号は隊長格に与えられている。そもそもメルディアナがつけている銀のイヤーリングは通信ができるため、救難信号用の魔道具は持っていないようだが。
だが、呼んでいるようには見えない。
まだ行けるという判断なのか、状況が見えていないのか。
「なんだ、呼ばれてないから余裕かと思えばそうでもないんだな」
突然、真横から声が聞こえてラミラスはぎょっとした。
「ギルマス! 人の横に転移するのは止めてくださいよ。思わず切っちまう」
「切れるものならな」
不敵に笑う漆黒の男に反論するのは難しい。ぐぬぬと呻くしかない。
「あれは、素材が欲しいから手をこまねいているのか?」
「え、マジですか? 単に攻撃が効いてないだけでしょうが」
真面目に尋ねてくる男に、真剣に聞き返す。上級種相手に余裕を見せられるほど、冒険者は甘くはない。
クロゥインは、ふうんと空気が漏れたような軽い頷きをひとつすると、半信半疑のような顔を向ける。
「えーと浄化はヤバイから、『ブレイクスペル』」
神官の魔法だが、聖句も祈祷の祈りもすっ飛ばした短すぎる言葉に愕然とする。だが、ブワッと涌き出た光の洪水に凄まじい威力を感じる。
ヘビの巨体をまるっとのみこむと、その場にはコロンとダイヤモンドだけが転がった。茫然としたメルディアナが、我に返ってラミラスの横に立つクロゥインを睨み付けた。
「ぎゃーって、クロゥイン! あたしたちの苦労を何だと…」
「俺の呪われた盾も無くなったんだが…」
「ギルマス、ちょっとは手加減してくださいよ!」
呪いを付与された武具や武器はリスクはあるが威力が強い。呪われた存在には有効な攻撃手段にもなるし防ぐこともできる。だが、強力な呪いを根こそぎ解呪してしまう彼の力はただ事ではない。
「お前らはホント文句しか言わないな…」
疲れたようにため息ついて、クロゥインは回復魔法を唱える。
「少し離れたところに、バッガーラビットがいるぞ。体制整えておけよ」
「ええ? ちょっと待って…」
メルディアナの制止声を待たずにさっさとクロゥインは姿を消してしまう。
「全くあの非常識め! 状況報告して!」
「1班、問題なし」
「2班も状態異常も回復、体力、魔力共に回復してます!」
「そりゃあクロゥインが全回復魔法かけたからでしょ、次!」
「3班、ええとレベルが10くらい上がって倒れたやつが2人ほどいます」
職業によってはレベルが上がると体力、魔力、知力が一気に増えるため頭痛や吐き気、倦怠感等を引き起こす。酷いときには気を失うほどだ。
下位ランクほど急激なレベルアップを起こしやすく、体に馴染むのに時間がかかる。
「さっさと起こして。4班は?」
「同じく急激なレベルアップについていけないやつらが倒れてます」
「5班も同じく」
「6班、叩き起こしました!」
「7班、馴染むまでにもう少し時間が必要です」
「8班ももう少し時間ください」
各班の報告を聞き終えて、メルディアナは小さくうなずく。
「よし、じゃあ1、2班6班で最初に行くわよ。バッガーラビットはひたすら攻撃すればいいけど、素早さと跳躍力には注意が必要だから。毛皮は高く売れるから、できれば首をはねるようにしなさいね。補助職は個々の素早さと攻撃力上げて、魔法職は火以外を使うようにね」
「了解!」
ラミラスは2班所属だから、このまま続行だ。アスモデルは3班だから後方に待機だ。
「お前、このまま休憩だってよ…あれ? アスモデル?」
近くにいたはずの彼は、ラミラスから5メートル以上離れた場所にいた。先程まですぐそばで戦っていたはずだが…
「なんだよ、休憩すんならあっちだぞ」
ラミラスが後方を指し示せば、雄牛の首がかくんと頷いた。わかってはいるらしい。
「危うく浄化されるところだった…」
遠くでぼそりとつぶやいたアスモデルの一言は幸いラミラスには届かないのだった。
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