54.特別任務(ジューク視点)
スパイのジューク視点です。
よろしくお願いします。
「マジかよ、すげェ世界だわ」
後方で起きている剣戟や魔法の発動音を聞きながら、ジュークは首を竦めた。
フェーレン市の冒険者ギルドに潜入して半年。レッド・カーニバルは初参加になるが、ランクAの冒険者でもあるためA3区画に割り当てられた。
実は希望もしていたので、自分の中では区画の配属先は計画通りだが、戦闘の相手および内容が全くの計画外だった。
上位ランクの冒険者を43人集めているにも関わらず、二交代で事に当たると聞いたときには甘い連中だと鼻で笑ったものだった。
実際に目の当たりにしてあまりの過酷さに怯んだ。むしろ、人数が少なすぎて驚くぐらいだ。
最初に現れたのはモンキーフェイク。それでも200匹はくだらない。さらにポイズンフロッグだ。こちらも300匹以上。ざっと確認しただけでそれほどの数がいる。それもぞくぞくと現れているのだから、最終的にはいったい何匹いるのか想像もつかない。
どちらも中級だが数が多いと被害は甚大だ。
だが、最後にタラスクが現れた。しかも3体だ。毒息を吐き散らす姿に思わず悪夢だと呻いてしまった。
A3区画の隊長は瞬時に状況を把握すると、最初の1~3班で隊を組んで突進する。残りの班は結界を張り、支援や救護に備えている。慣れた様子に呆れるほどだ。
こいつらは半年に一度のペースでこんなことをしているらしい。
ジュークはフェーレンの西隣にあるサンダルキア市の冒険者ギルドにいた。今も所属は違うが繋がっている。ギルドへの魔物の討伐依頼が激減し収入が減ったと怒る冒険者ギルドのギルド長および市長からスパイを命じられたのだ。
利益を独占しているフェーレンの冒険者ギルドに所属して魔物の素材を横流しするように言われた。
確かに深淵の大森林への出入りは記録される。持ち出す魔物や素材のみならず討伐した数も報告することになっている。
一見、利益の独占をしているようだが、それは魔物の数が急に増えるスタンピードがいつ起こるのか予測するためであり、素材の無駄な高騰を防ぐためでもある。
他国ではどうか知らないが、以前よりも高級素材の種類は減った。稀少種の素材は相変わらず高いが、市場に全く出回らないということがない。低価格を実現しているのは安定供給と安全な狩りシステムだ。
ガイドと呼ばれる上位ランクの冒険者の支援と深淵の大森林に住む魔物の弱点や効率のよい倒し方への講習会。下位ランクの冒険者には研修までつけてくれる。
冒険者ギルドの育成と後援のおかげで、フェーレン市の冒険者以外も生存率が上がった。そのため、素材が出回る率も上がる。
また格段に、深淵の大森林周辺地域への魔物による被害が減った。被害が出ないのだから生産性も向上し発展していく。人も死なず暮らしぶりが上向くからだ。
これには周辺地域の市民が感謝を捧げている。国王からも功績を認められて(仮)フェーレン市長兼(仮)冒険者ギルドのギルド長に報奨が贈られたほどだ。
仮ってなんだと思わなくはないが。
国王も認めているのに、周辺地域の市長や冒険者ギルドのギルド長が表立って文句を言えるはずがなく、こうしてスパイが跋扈しているわけだが。
自分を使って僅かばかりの素材を手に入れてもそれほどの利益にはつながらない。安全で安価に多量の素材が売り買いされているのだ。時間も人件費もかけてわずかに素材が手に入るだけ。スパイを送り出しているという微妙な優越感だけがギルド長の心を満たすのだろうか。
前任者が辞めた理由がよく分かる。虚しい仕事だ。どちらかと言えば、ジュークの行いのほうが悪役だ。ますます気乗りがしない。
冒険者は悪人も善人もないけれど、時には人助けもする。人間がやっているのだから、感謝されるのは嬉しいし、批難されるのは気分が悪い。
「これも十分、悪行だな」
思わず、ひとりごちる。
スパイが次々と辞めていくため、サンダルキアのギルド長と市長はやり方を変えたのだ。今回の狙いは結界の崩壊だ。
そのために補助職のジュークをスパイに選んだ。
レッド・カーニバル中に結界を破壊し、魔物の一部をサンダルキアの冒険者たちに討伐させる。
すでにA3区画の外側には冒険者100人ほどが待機しているはずだ。
そちらにも魔物が現れるように、大量に魔物が湧く仕掛けも施した。
同じ班にいた冒険者が今回のレッド・カーニバルは異常だと言っていたので、上手く作動したのだろう。
結界のところまで辿り着いて、手で触れる。強固な結界だ。びくともしない。ジュークごときの魔力では手も足も出ない。
それは半年前から分かっている。攻撃は弾くようになっており、物質は通過できない。
だが、術者が認めた者なら通過できるようだった。ガイドの冒険者が許可証のような魔道具を首から下げながら、説明していた。魔物に囲まれて逃げ場がなくなったらそれで結界の外側に逃げられるらしい。
厳重に管理されていたが、それを一個盗んで、サンダルキアの冒険者ギルドで解析してもらった。回収の魔法がかかっていたようで、すぐに現物は無くなってしまったが。なんとか結界を通り抜けるような代物ができたと渡された魔道具を結界に張り付ける。
一枚の木札だが、物凄い魔力を帯びていた。
そこに自分の魔力を流す。
結界を解除するのと同じ感覚で魔法を使う。
「な、止まらない?」
ジュークから吸い上げられた魔力を使って結界に干渉しているようだが、起動するまで魔力を吸い上げるようだ。だが、このままでは魔力切れを起こし最後は死に至る。
そうならないために、自分の魔力を糧にして魔物を大量に呼び寄せたが、彼らがまだ粘っているからか、こちらに魔物が来る気配がない。
仕掛けだけ作って後は離れていいと言われていたが、どうやら魔力を吸いつくすまで自分はここから離れられないらしい。
さすが、悪者がやることだ。
くそったれと毒づいた時、声をかけられた。
「何をしてるんですか?」
場違いな女性の艶やかな声がして、ジュークは思わず振り返る。
マルキダと呼ばれていた。同じくランクAの冒険者だ。ヤギに似た立派な角を生やした兜を被り、同じく毛皮のファーやコートで身を包んでいる。普段はどこかの屋敷でメイドをしているらしく、手が足りなくなるレッド・カーニバルの時期にだけ戻ってくるのだと誰かが説明していた。
白皙の美貌に、琥珀色の瞳が麗しい美女だ。白に近いサンドブロンドのロングストレートが清楚で逆に色っぽい。すらりとした女性にはやや高い身長は、しっかりと曲線を強調している。
5班に配属されていたが、隊の全員が見蕩れるほどの女ぶりだ。
そんな男の夢が詰まったような存在が自分に近付いて来るのだから、ジュークは慌てた。
「魔力が暴走してるんだ、近づいたら巻き添えを食うぞ!」
「その様子だと、結界を壊したいということでよろしい?」
のんびりと首を傾げる様も、華があって艶やかだ。だが、場違いな質問に、ジュークは怒鳴りつける。
自分が撒いた種だ。ギルドに脅された愚か者が身を滅ぼすだけだ。他人を巻き込んでいいはずがない。
そもそもジュークは、始めから結界を壊すつもりはなかった。仕掛けだけ作って、傍で魔物が近づかないように見張るつもりだったのだ。
レッド・カーニバルを初めて見て、あれが周辺地域に及ばなくて良かったと心底安堵した。
利益の独占でも、自己顕示欲でも何でもない。結界は張った本人の良心だ。あれだけの数が押し寄せれば街どころか国ですら滅ぶだろう。
守られているだけの愚かで無知な人間が、馬鹿な権利を主張しただけのことだ。
妹のセリアの姿だけが心残りだが、何百万の命と引き換えにするわけには行かない。
「近づけば死ぬって言ってるんだ!」
「さて、プレート持ちの冒険者に傷をつけてはならないと主人より申しつかっておりますので。この状況を見過ごせばお叱りを受けてしまいます」
「は?」
マルキダが手をかざすとそこから膨大な魔力が流れる。
ばりんとガラスが壊れるような硬質な音がしたのを最後に、ジュークは気を失った。
「人間の願いを叶えるのは難しいわね」
最後に聞こえた女の声は意識の奥に沈んで消えた。
お読みいただきありがとうございました。




