47.呑みたい夜は(アリッサ視点)
アリッサ視点です。
よろしくお願いします。
「お待たせ、アリッサ」
ほどよい賑わいを見せている薄暗い店内に、明るい声が響く。
薄い桃色のショートカットは彼女の小顔によく似合っている。深緑色の神官服に身を包んだ小柄な女性を見上げて、アリッサは飲んでいたカップをダンっと机に叩きつけた。
フェーレン市の唯一の神殿に神官長補佐付の仕事をしているメルディアナは、仕事を終わらせてすぐに駆け付けてきてくれたのだろう。
飲む約束は前からしていたのだが、お互いになかなか体があかず、アリッサは今日の分の仕事を定時で終わらせて神殿へと乗り込んでしまった。
仕事に追われていた彼女は先にアリッサを店に行くように勧めて後を追いかけて来てくれたのだ。
「なかなか時間とれなくてゴメンねって、ありゃ、すっかり出来上がってる?」
「メルううぅ」
身長の低い彼女の胸は非常に慎ましやかだ。薄い体に抱きついてアリッサはほっと息つく。
「余計なものがないのが嬉しい!」
「ちょっと、ケンカ売ってるわけ?!」
27歳のメルディアナは胸が小さいことを気にしている。それは知っているけれど、あの銀の人狼を思い出さない存在は正直有り難いのだ。
彼女は小柄だけれど、柔らかな膨らみはある。成長すれば、きっちりと大きくなるのは簡単に想像できる。実際、ダグラスが大きくなったマヤを見ているが、しっかりと大きな胸があったそうだ。
クロゥインが巨乳趣味とは知らなかったとダグラスはつぶやいていたが。
「いらっしゃい、メルちゃん。とりあえず、エールかい?」
「うん、それとフライ。サラダとピクルスね」
「あいよ」
パブ『ボルティモア』は旨い酒と肴を出してくれる。ホールを回しているのはティモアという恰幅のいい女性だ。夫のボルが厨房で料理を作る。二人の間には三人の子供がおり、娘のニナが店を手伝っている。
常連客であるアリッサもメルディアナもティモアにすっかり顔を覚えられてはいる。
いつもの、で注文が通るくらいには通っている。
アリッサの向かいの席についたメルディアナが、顔を覗き込んできた。
「なになに、ついにクロゥインに告白でもしたの」
「そんなこと、出来るわけない!」
クロゥインとは上司、部下の間柄だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「じゃあどうしたの。ほら、お姉さんに話してご覧なさいな」
ちびっこのくせにいつもメルディアナは年上ぶってくる。身長では負けているから、年齢ぐらいは年上ぶりたいのだろうとはクロゥインの言葉だ。
彼女はクロゥインと同じパーティにいた。彼女の左耳に光る銀色のイヤーリングがその証拠だ。
彼と繋がっていられる証に、いつも羨望の眼差しを向けてしまう。
自分も冒険者をしていれば彼と一緒にもっと長くいられたのに。
魔法も剣の腕も戦闘系の職業は一つも持っていないけれど。補助的なことはすべて事務に特化している。
だが、時間など関係なかったことを知ってしまった。
「市長に妻ができちゃった」
「はあ?! ち、ちょっと、待ってまて。誰情報よ、あの朴念仁のクロゥインだよね?」
朴念仁。
まさにその通りだ。
クロゥインはよくダグラスを鈍感だとバカにしているけれど、アリッサに言わせればどっちもどっちである。
10年も一緒にいるのに、アリッサの気持ちに気づいてもくれない。
「妻になった子から聞いたの、一緒に寝たんだって…昼も夜も一緒に寝て離してくれないんだって! ダグラスさんも事後を目撃したみたい」
「ええー、あのダグラスが目撃? また間の悪いところに突撃したのね。どんな状況よ、それ。でもクロゥインの相手が想像できない、どんな子?」
「最古の血統の銀の人狼」
「あー人間じゃないとこはクロゥインっぽいわ、しかもあの最古の血統? 実在すら怪しいってのにさすが非常識だわ。でもあのクロゥインだよ? 正直、信じられない。ああ、でも、この前の式典の時にすごい騒ぎになってたみたいだけど、あの噂になってる子?」
アリッサが頷くと、メルディアナはふうと息を吐いた。
「でも、やっぱりわかんないな。そんな小さな子が、クロゥイン?」
女子供は、まず泣いて逃げ出す強面だ。魔物だって彼の雰囲気に気圧されると聞いている。魔力量が桁外れの彼は、感知できる者は近寄れなくなるらしい。
でも一緒にいれば、彼が不器用なだけで、とても優しい人だと分かる。仲間思いで、頼りになる。
だが、それは傍にいて感じられることであって、初見ではほぼ無理だ。
実際、アリッサも彼が市長に就任して初めての顔合わせで泣き出してしまった。クロゥインは必死で慰めてくれた。その姿に惚れたのだ。
アリッサ自身も信じられない。
だが、マヤの様子からは彼に怯えている節は見受けられない。
どちらかと言えば、なついているように見える。
「男にばっかりモテてもしょうがないってぼやくけど、パーティの女の子ほとんどが自分に惚れてるって全く気がつかない鈍いあのクロゥインに…ってことはレミアルも荒れてるわけか…マーサは知ってるのかな? カルはどうだろう??」
彼のパーティは初期はダグラス、レミアルの幼馴染の三人だが、最後には10人ほどだったと記憶している。女性は4人いて、メルディアナはアーベインに惚れているので、彼女以外全員がクロゥインに好意を寄せているらしい。
メルディアナ情報なので、実際にアリッサが目撃したわけではないのだが。
ちなみにメルディアナのスタンスは中立だ。応援したりはしないが愚痴を聞いてくれたり励ましてはくれる。ただし、彼女の惚気に付き合わなければならないが。
アリッサはアーベインのほうが怖い。
アーベインはフェーレン市の神殿の神官長だ。実力も当然あるが、年齢不詳の容姿はクロゥインとは別の意味で近寄りがたい。
ヘビのように感情の見えない冷徹な男だ。
眼鏡の奥のアイスブルーの瞳は温度を感じさせない。冷ややかで凍てついている。本人は博愛主義を嘯いているが、ブラフとしか思えない。
「はい、お待ち! ベッピンが集まって暗い顔してないで、飲んで食べてってよ」
「おばちゃん、いいこと言う! とりあえず、アリッサ。今日はとことん飲もう。クロゥインのことだから、実際にはなにもないかもしれないでしょ」
テーブルに並んだ酒と料理にメルディアナが目を輝かす。アリッサも吝かではない。
すでに三杯目だ。
ひとまず、追加の酒でも頼もう。
「おばちゃん、蜂蜜酒追加で」
「あいよ!」
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