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2.5 うるさい独白


別の場所に転移するつもりだったが、俺の体は今、上空にあった。


「え、わわ、空?!」


小脇に抱えた少女が驚きで目を白黒させている間に、俺は素早く浮遊魔法を唱える。

そうして、目の前にいる不審者に声をかけた。


「失敗したか、ってどういうことだ?」


上空の青を背景に、上下白の貴族が着るような恰好をした悪魔が漆黒の羽を広げて、空中に浮かんでいる。

短く刈り込んだ白金の髪の色をした身長160センチほどの小柄な悪魔だ。


俺は、その背後に転移した形になった。


数分前に悪魔がつぶやいた言葉まで拾ってしまう俺の耳もたいがいだとは思うが、フェーレン市内が豆粒のように小さく見える位置で、監視しているこいつの視力も驚嘆に値する。

人間と悪魔という種族の違いだろうか。


「は? あ? 人間?! どうやって、ここまで…」


振り返って距離をとった悪魔は、錆色の瞳を真ん丸にして驚いている。美少年は驚いていても様になる。羨ましい話だ。

俺が驚いた表情をしても、悪だくみをしているようにしか見えないらしい。

困惑しても同様だ。


「転移魔法だが。お前らだって使うだろう? なんで、そこまで驚く?」

「現れて浮かんだままでいられるっていうのは初めて見たよ」

「これはまあ、あんまり使えるやつはいないな」


時空魔法士がレベル30で獲得できる『フローティング』という魔法だが、そもそも時空魔法士は時間魔法士と空間魔法士をレベル50以上にしなければ得られない上級職業だからだ。

空間魔法士の職業を持つ人は多いが、時間魔法士の職業が珍しい職業になるのでその希少性は言わずもがな、だ。


「はあ、ついてない。なんで、こんなヤツにみつかっちゃったんだ? というか、お前が抱えてるのを僕にくれれば問題は解決なんだけど」

「条例違反を見逃すほど不真面目でもないんでな。人の俺の頭の上で偉そうに独り言なんかいうからだろ。うるさいんだよ」

「僕、そんな大きな声では言ってないんだけど…っ」


少年悪魔は、研ぎ澄まされた爪で飛びかかってきた。

俺はそれを空間から出現させた剣で受け止め、弾き返した。


びりびりとした衝撃が腕に伝わる。抱えた少女の顔のすぐ近くに爪がかする。

何かを抱えて戦うには少々不利ではある。


「きゃあ、わっ」

「黙ってないと舌を噛むぞ!」


慌てて口を閉じて小さくなろうとする少女をかばいながら、俺は鋭い爪の攻撃を剣裁きでなんとか耐えた。


「俺の睡眠時間を削っているんだ。きっちりと説明してもらうからな」


剣に魔力を流して水を纏わせる。


「水、に見えるけど単なる水なわけないよな…」

「正解、聖水だ」

「っ聖水?! 空間から出したようには見えなかったけど、まさか悪魔払い?」

「残念だが、別に俺は悪魔退治に特化してるわけじゃないんだ」


聖水は神官が祈祷して作る聖なる水だ。魔除けの力があり、悪魔退治や呪いの解除に使われる。

悪魔祓いは悪魔を100匹以上斃した時に得られる特殊職業だ。

もちろん持っているが、俺はそれだけに特化しているわけではない。


「そっちのほうがよっぽど悪魔みたいな凶悪な顔しているくせに、えげつないな!」

「うるさい、俺だって好きでこんな凶悪ヅラに生まれたわけじゃない!」


どいつもこいつも人を見かけで判断しやがる。

悪魔にまで凶悪と言わしめる自分の顔にへこみつつも、俺は空中を飛んで一気に間合いを詰める。


「今は準備不足だが、覚えていろ! お前の魂は僕が食らってやる。『コール』サンド・バット」


少年が召喚魔法を唱えると、空中に無数の茶色の塊が現れた。砂のように蜉蝣うコウモリの大群だ。ざっと見ただけでも数十匹はいる。一度の召喚で低級とはいえモンスターを群で喚べるのだからあの悪魔はなかなか力がある部類なのだろう。

サンド・バットは剣で斬り捨てても細かい粒の集合体なのですぐに元に戻ってしまう。厄介な相手だ。

代わりに捨て台詞を吐いて、少年の姿は消えてしまったようだった。


「あーしまった。空間切り取っておくの忘れてた…」


悪魔は転移魔法が使える。逃げられる前に、空間を切り取って魔法が使えないように対策を立てておく必要があるのだが、寝ぼけている頭ではそこまで気が回らなかった。

そもそも少女を抱えている時点で、あまりやる気もないのだが。


残ったコウモリの群れに、はあああっと盛大なため息を吐いて剣をしまう。


「剣はしまっちゃうの?」

「あんな小さなものをちまちま切るつもりはないな」


目を丸くしている少女に、俺はふんと鼻を鳴らすと魔法を使う。


「『インタイア』『サブスタンス・コンバージョン』」


明らかに砂の塊のようなコウモリたちが一瞬にしてドロドロの液体のコウモリへと変わる。

錬金術師という職業の最上級魔法である『物質変換』だ。思い通りの物質へと変換させることができる。


「なんか、色が違うよ?」

「砂じゃなくなったからな、ちゃんと口閉じてろよ。『ファイア』」


小さな火を投げ込むと、コウモリにあっさりと火がつく。そのまま連鎖的な大爆発を起こす。

熱いと文句をいう少女を抱えなおして、俺はやれやれと息を吐く。


敵がいなくなったのだから、やることは一つだけだ。


俺は未だ燃え続けるコウモリを残して転移した。



・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・☆・・・・・


次に俺が転移した場所は市長室だ。執務机と補佐官の机だけが置いてある殺風景な部屋だが、俺はほとんどここにいないので、特に困ることはない。続きの間には応接セットが置かれているので、急な来客にも対応可能な使用になっている。まあ、そちらも使うことはないが。


俺が掴んでいた手を放すとごろんと少女が床に転がった。同時にがたんと椅子を倒して女が立ち上がった。


「市長、こんな時間にどうしたんです?」


市長付き事務補佐官のアリッサだ。茶色の髪を高い位置で一つに結わえた彼女は空色の瞳を見開いて駆け寄ってきた。

優しげな印象の彼女になら、この少女も口をきくに違いない。


もしこの獣人の少女が突然アリッサを襲ったとしても問題はない。

彼女には保護として様々な魔道具を与えてある。魔力の低い彼女がぎりぎり使える範囲ではあるので、必要最低限だが。

獣人程度の力では到底敵わないほどには強力だ。


「彼女は?」

「密輸犯に捕まってたようだ、風呂にでも入れてやってくれ。俺はこれから寝るから邪魔しないように」

「かしこまりました」


細かいことに気が付く彼女に任せておけば、安心だ。

これまでも、保護された魔物や魔獣は彼女の采配で、適切に対応されていた。


この場所は、複数の強い魔力持ちがいるため、むやみに暴れるバカも少ない。


俺はあくびを噛み殺すと、今度こそ寝室に向かって空間転移した。

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