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34.闇市の悪夢(ウェルシー視点)

いつもよりは長めです。

黒幕のウェルシー侯爵視点になっております。

よろしくお願いします。


バレン・ウェルシーは侯爵である。

侯爵という王国では上から数えたほうが早い貴族ではあるが、貴族だからといって金が無条件であるとは限らない。

領主でもないため城からの俸禄だけで生活していかなければならない。それだって貴族の上位に位置し、外務大臣という役職についているため他の貴族よりもかなり高額にはなっているのだが、それだけで暮らしていくとなるといささか金が足りない。


妻は美貌に磨きをかけるため服飾や化粧品に金をかける。娘は怪しげな呪術師を呼んではランチキ騒ぎを開く。誰が稼いだ金だと思っているのだと言いたくなる。

そもそも小さい国だ。経済で稼ぐためには、無理がある。


そこで思いついたのだ。

オークションという素晴らしい制度を。


大陸に住む顧客たちに商品を提供し、金を吊り上げる。

会場代や仲介手数料を稼ぐことができればそれなりの儲けになるのでないか、と。

貴族なのだ、大陸中の貴族や金持ちとの接点はそれなりにある。


外交官でもあったので、それなりに顔をつないでいる。

客へのパイプは十分だ。


だからといって簡単に開催することは難しかった。


まずは場所だ。付加価値の高い素材が手に入るのは深淵の大森林だ。だが、それは他領になる。結果的に自領のダンジョンからも素材を確保しつつ目玉商品は深淵の大森林で得られたものにすることにした。


しかし、魔物のレベルが高すぎて引き受けてくれる冒険者たちがいない。仕方なく、フェーレン市の冒険者ギルドに仕事を持ち掛けた。

冒険者ギルド長の男は金に汚く権力に弱い小物だったので、話は早かった。他領にも関わらず侯爵という地位だけで快く仕事を引き受けてくれた。自分の領主には内緒で、だ。

ついでに素材の加工も引き受けてくれた。素材だけでも貴重なものが、加工されることによりさらに値段が上がって自分の手元にくるのだ。

防具、武器、魔道具。時には素材そのものだったりもしたが、加工品はかなりの盛り上がりを見せた。


開催会場を毎回変え、痕跡を残さないように慎重にしたつもりだ。

初めはうまく回っていた。


紹介できる商品は少なかったが、希少性を売り文句にした。

目玉商品はどこにも出回っていない商品だ。

加工者の名前を聞いて専属にしたいとフェーレン市のギルド長に聞いたがあっさりと断られた。

なんでも、彼のいうことしか聞かない人物らしい。


そんな訳ないだろうとは思うが、決して人物名を明かさなかったのでつなぎをつけることはできなかったが。


客は会員制にしたため会費も入ってくる。

相場よりも良い状態のもの、珍しい商品が、安くに手に入るので顧客たちも満足していた。

だが、順調だったのは、最初の2、3年だけだった。


ここ10年は、深淵の大森林に近いフェーレン市の冒険者ギルド長が変わったせいで、楽ではなくなった。

まず冒険者ギルドに依頼しても内容を聞かれる。

侯爵だと言っても目もくれず、フェーレン市ではその少し前に貴族を追い出していたため、面倒事は御免だと門前払いを食らった。

新しい国王に訴えてもフェーレン市は特例だと言われるばかりで埒が明かない。仕方なく言われた通りに依頼するが、闇市でオークションをするつもりだと答えるわけにはいかないため、それなりの理由をでっちあげる。

だが、依頼金額も上がった。以前の設定金額よりも高くなったのだ。今までそんな金額ではなかったと告げれば、新しいギルド長が冒険者に正当な料金が支払えるために必要な料金設定を設けたのだと言われた。もちろん、加工もそれなりの料金を要求される。


そんな料金を払えば、こちらのうまみが無くなる。

結果、近隣の冒険者ギルドに権力をたてに無理強いすることになった。しかし、管轄の領主にも話を通せと言われ便宜を諮るための料金を要求される。

侯爵の地位など少しも役にはたたない。


しかも、彼らは素材の持ち出しは了承しても、加工に関しては一切引き受けなかった。


これまでの商品の例を挙げれば、そんな夢物語な代物が作れるのはフェーレン市の冒険者ギルドだけだと言われたのだ。


さらに、深淵の大森林から素材や魔獣を持ち出すにも申請が必要になり、管理されるようになった。

素材の流通を管理することで、適正価格を維持するためだとフェーレン市の市長が言い出したのだ。


そんなもの無視すればいいと、各市のギルド長に命令すれば彼らはこぞって首を横に振る。

なんでもフェーレン市の冒険者ギルド長と市長は同一人物で、その筋では伝説の男であるとのこと。

見た目は別としてまだ20歳にもならない少年だが、ランクSの冒険者で魔王を斃した凄腕らしい。


彼を敵に回した時点で命が無くなると信じ込んでいるようだった。

バカバカしい。

たかが、平民の冒険者にいったい何ができるというのか。


ウェルシー侯爵は心からやつらを軽蔑するが、商品を調達する術を他にもたないため、渋々引き下がるしかない。


客からは開催の催促がくる。だが、手元にくる素材は少ない。

しかもかなり高額になっている。


仕方なく毎年の開催が、どんどんと間隔が大きくなる。


なので、久しぶりの開催となる今回のテーマは幻獣にした。

珍しい幻獣や魔獣を召喚士に呼び出させて、それを売るのだ。


客たちも興奮しているようで、招待状への返事は上々だった。


それなりの商品も集まった。一番の目玉の銀色の人狼は輸送中であるとのことだし、バグロード市の伯爵の屋敷にはカーバンクルまでいるのだ。


歓喜に落ち着かない体を抑えて、ゆっくりと階下を睥睨する。


階下は階段状になった客席になっている。一番前の舞台で商品を見せ、番号札を上げて金額を表明するシステムだ。舞台は強烈な光に包まれている。商品がよく見えるように四方からライトで照らしているのだ。


札も光っているので、上げるだけで司会者にはわかるようになっている。たが、客席は薄暗くなっているので客の顔までははっきりとわからない。

光る白い札が、あちらとこちらであがり、下ろされる。


いつも、この金が釣りあがっていく瞬間がたまらなく興奮する。


堪えた甲斐があるというものだ。

今日という日を迎えるのに、本当に長かった。


司会者が、ハンマーを叩く。

歓声がわずかにあがる。

檻に入ったハルピュイアが落札された。瑠璃色の翼をもつ幼い少女の姿をした魔獣だ。

思ったよりも値が上がらなかった。


今日の客は皆、目玉商品に金をかけるつもりなのだろうか。

商品が届き次第、自分に連絡が入るはずだが、商品を見せないままに交渉するのは思った値が上がらないかもしれない。


目玉商品は銀の人狼だ。なんでも最古の血統と呼ばれる魔族の中では尊ばれる存在らしい。

らしいというのはそれを教えてくれたのが、とある新興貴族だったのでヴェルシー侯爵にとっては胡散臭いと感じてしまう。だが、彼は得意げに、その銀の人狼の血肉を食らえば不老不死になれると続けた。


自分はあまり興味はないが、宣伝文句としては重畳だ。

会場の異様な熱気を見れば、目当てはそちらなのかもしれない。

到着が遅れているが、確認したほうがいいだろうか。

最後に向けて、不安が脳裏をかすめる。


檻が片づけられ、次の商品が待つ舞台に、突如として男が現れたのはそんなときだった。


男は漆黒だった。

短い髪もその双眸も、まとう服も、ついでに背中に流したマントまで。

眉間に深い皺を刻み、凶悪な人相の男は、顔を歪めた。

彼なりの笑みかもしれない。だが、その場にいた者たちは一様に恐怖した。


その先に起こる現実を思って。


もちろん、ウェルシー侯爵は激怒した。

関係ない一般人が舞台に勝手に上がってきたのだから。


警備員たちは何をしていたのだ。それに彼はどうやって入り込んだのだ。

舞台の袖からではなく、忽然と現れたように見えたが。

いや、それも気のせいだろう。


転移魔法は空間魔法士の上級魔法だ。

1回使えば魔力消費量が大きすぎて眩暈を起こすと聞いたことがある。

だが、男は平気な顔をして立っているではないか。


自分の怒りなど無視して、朗々と男の低い声が場に響く。


「この場に集う皆には申し訳ないが、ここの商品は条例違反がいくつかあってな。俺の権限で返品してもらうことになった」

「どういうことだ?! 俺たちは正当な権利を得てここにきているんだ」

「そうよ。条例違反だなんて、いったいどういうこと?」


男の言葉を受け、客が騒ぎ出す。

無理もない。しかし、条例とはどういうことだ。

一体だれが決めた法律のことを言っているのだろう。


「その件に関しては主催者に問い合わせてもらおう。すでに心当たりはあるはずだからな。ああ、一つ忠告しておくが、歯向かうなんて考えない方が身のためだぞ」


男の言葉が終わるかどうかのタイミングで彼に向かって青い電撃が走った。

誰かが魔法を使ったのだ。


ウェルシー侯爵は魔法には詳しくない。いくつかの生活魔法を使えるくらいだ。自分の職業は探求者でレベルもそれほど高くない。

だが、生まれつき審美眼だけは優れていた。


それでも今のが魔法士の攻撃魔法であることくらいはわかったが、男に向かった瞬間、一瞬で跳ね返されたことも理解した。

そのまま、客席に悲鳴と轟音がこだまする。


「なに、『アナクラシス』だと?!」

「あいつは聖者職もあるのか!」


別の方向からあがった言葉で、聖者が使える反射魔法だとわかったが、魔法職でない自分には詳しくはわからない。


あの男はあの面構えで、聖者だなんて慈愛に満ちた職業についているのか?


職業の適性について、ウェルシー侯爵は愕然とする。


「まったく人の忠告は聞くものだが、俺の配慮が徒労に終わってしまったじゃないか」

「マイ・ロード、申し訳ありません。辛抱することができませんでした」


男の横にすっと現れたのは、長身の悪魔だ。


さすがに禍禍しいオーラに背筋が冷える。以前、悪魔を競売にかけたことがあったため気配で種族がわかる。人間と似たような形をしているが全く異質だ。違和感に気分が悪くなるほどだった。

だが、この場にいる悪魔は自分が知っている者とは桁違いだ。存在感もプレッシャーも言葉では語れない。


以前に捕らえた悪魔は小悪魔と呼ばれる存在だった。姿形が醜悪で人の言葉も満足に話せない。


一方で彼は驚くほど整った容姿をしている。人外の美しさとは彼のことを言うのだろう。藍色の髪をオールバックになでつけており、紅玉に光る双眸を細め、隣に立つ男に向かって恭しく一礼する。


「おお、素晴らしい…金貨500枚だ!」

「わしは金貨1000枚を出すぞ」


客が趣向の一種だと思ったのか、口々に叫ぶ。商品であれば、自分だって金を出していたほどだ。


「デミトリアス、どうする。お前、人気のようだが」

「ご冗談を、マイ・ロード。虫唾が走りますね」


にこりと微笑んだ姿にうっとり見惚れてしまうが、言われた内容は辛らつだ。


「我が主にたてついた愚か者の始末は私にお任せください」

「仕方ない。穏便に行きたかったが。では、俺は先に戻っているからな。まさかこんなに始まるのが遅いとは思わなかった。もうすっかり寝る時間だ」

「おやすみなさいませ、マイ・ロード」


悪魔に見送られて男はあっさりと姿を消した。

そうして、正面を向いた悪魔の姿を、ウェルシー侯爵は見なければよかったと思った。


もしも恐怖や残虐を体現したら、彼になるに違いない。




お読みいただき本当にありがとうございました。

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