14.5 洋服の調達
俺が朝ご飯を食べていると、マヤが食堂に入ってきた。どうやら彼女はぐっすり眠れたようで、表情は昨日より明るい。
「おはよう、マヤ」
声をかけると、マヤは目をしばたいて、驚いたように目を丸くした。
「どうしたんだ?」
「クロは眠った? 顔ひどいよ」
ひどいのはお前の言葉だ。しかも、マヤのせいで寝不足になっているのに、当の本人に自覚がない。本当にひどい。
「寝具に不都合がありましたか?」
なぜか、ベッドメイキングに心血注いでいるデミトリアスが、くわっと目を見開いて尋ねてくる。
牛乳が入ったピッチャーを持っている手がぷるぷる震えている。ドキドキするから、とりあえずそのピッチャー机に置いてくれないかな。
「いや、ベッドには問題ないから。それより、これはなんだ?」
「野菜です」
「何で朝からそんなもん食わなきゃいけないんだ」
「ああ、マイ・ロード! ちゃんと食べないと大きくなれませんよ」
「俺の身長はもう十分だと思うんだ」
「コックが悲しみます」
コックってあの牛の大男だろ?
あいつが悲しんだところで、俺の心はちっとも痛まない。
むしろ、ちょっと泣いているところを見てみたい。
「クロは野菜キライ?」
「肉があれば生きていけるからな」
マヤが席に着くと小柄なメイドが、ワンプレートに盛ったパンやサラダ、茹で卵、腸詰めといった朝食を運んできた。デミトリアスが、コップに牛乳を注ぐ。
「じゃあマヤが食べてあげる」
「ありがとう!」
残していたサラダをマヤに渡そうとすると、デミトリアスがあからさまなため息を吐く。
「いい大人なんですから、子供の前でくらい恰好つけてください」
「いい大人でも、嫌なものは嫌なんだ」
「全く。『トランスファ』」
「むぐっ」
俺の口の中に野菜が現れた。
デミトリアスは召喚術と幻術を得意とする。幻術は以前に暗示をかけられそうになったが、俺の魔力耐性が高すぎてかからなかった。そのため、物理的にねじ込むことにしたのだろう。
お前はどこの母親なんだ!
口に入れたものは出してはならないと母親に言い含められていた俺としては、仕方なく飲み込むしかない。
野菜の何が嫌かというと、味だ。とにかく、味。
飲み込んで、牛乳を流し込むと、傍らに立つデミトリアスを見上げる。
「デミトリアス、ちょっと話し合おうか」
「ええ、よろしいですとも。そもそも野菜がなぜ体に必要かと申しますと、人間の体を構築している成分に必要不可欠だからです。そもそも」
お前なんだってそんなに人間の体に詳しいんだ。
そして、何を目指しているんだ。
俺が望んでいたのは話し合いであったが、デミトリアスの無限講義が始まってしまったので、仕方なく沈黙の魔法を唱える。
「『シャット・アップ』」
呪術師の中級魔法だが、魔力耐性の高いデミトリアスにもかけられる。俺の方が魔力が高いためだ。
低級魔法くらいだとさすがに弾かれてしまうのだが。
自分の声が出なくなったのを確認したデミトリアスが感激したように俺を見下ろしている。
手にしていたピッチャーを思わず放り投げるほどの歓喜を浮かべている。
どうも、デミトリアスは魔力耐性が高いため自身に魔法がかかるという体験をあまりしたことがないらしい。たまに俺が魔法で攻撃すると高確率で喜ばれる。
ということを、今思い出した。
つい勢いで魔法を使ってしまって、後悔する。
そして、牛乳の入ったピッチャーは床にゴロンと転がった。
中身を盛大にマヤにかけながら。
だから、ピッチャーを机の上におけって思ったんだよ!
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「今日も良かったよ、また来るから」
「ええ、お待ちしております」
にこやかに帰っていく男を見送ってアンバーはふうと息を吐く。
これで、今日の最後の客を送りだした。
後は、店の入り口を締めて、会計をするだけだ。
できれば、その日の稼ぎはその日の内にやってしまいたい。
一日が終わった気がするからだ。
軽く伸びをして、朝日を見つめる。
徹夜にはつらいけれど、もう何十年もこんな生活をしていれば、慣れてくる。
小さくあくびをした途端、目の前に漆黒の男が現れた。
大きな男はひどく人相が悪く見えた。深い眉間の皺がさらに凶悪さを増している。
「服を売ってくれ!」
「は?」
「こいつに合う服を、今すぐに売ってくれ!」
ずいっと男が小脇に抱えていたものをアンバーに突きつける。
きょとんと見れば、大きな耳としっぽがついた獣人の可愛らしい女の子だった。
獣人の年齢はわかりづらいが、見た目だけなら10歳程度の子供に見える。
彼女も金色の目を丸くしてアンバーを見つめ返した。
「ええと、犯罪はお断りだよ?」
夢を売る店だが、犯罪を許可した覚えはない。
男はどう見ても30歳を超えているし、少女とは年が離れすぎている。
警邏にでも通報しなければいけない案件だろうか。
「犯罪じゃない! ちょっと行き違った結果だ」
どんな状況だと思わなくもないが、いきがかってしまったものは仕方がない。警邏を呼ぶにも少女を男から引き離して安全な場所にかくまう必要がある。
女の子を守りたくなってしまうのは、アンバーの店にもよく似た境遇の娘たちが多いからだろう。
「とにかく話を聞くから入りな。うちの店の服を気に入ってくれてるのは嬉しいけど、牛乳まみれの女の子を放置するなんてかわいそうだよ。まったく、何プレイだかしらないけど、あんたも嫌なら嫌ってちゃんといいな」
男をいつものドレスルームに案内して、服を選ぶように伝える。女の子はすぐ隣の部屋の風呂場へと連れていく。ベッドには仕事を終えた店の子が寝ているが、ぐっすりと寝ているのか入っても動く気配がない。
シャワーしかない小さな風呂に女の子の服をぬがせて立たせると、ゆっくり湯をかけていく。
「今ならあの男には聞こえないよ、警邏隊を呼んでほしいかぃ?」
警邏隊はフェーレン市の街を守っている市長直属の私兵だ。門番や巡回などを行っており、気のいい屈強な男たちが多い。助けを呼べば、いつだろうが、すぐに駆け付けてくれる。
だが、女の子は首を傾げる。フェーレン市の者ではないのだろうから、警邏隊の意味がわからないのかもしれない。
そもそもフェーレン市は深淵の大森林に近いが、獣人はあまり見ない。
他の国では獣人もそれなりに見かけるそうだが、なぜかフェーレン市やその周辺には現れない。10年以上前には時折見かけないこともなかったのだが、近年はすっかりいなくなってしまった。
石鹸を泡立てて髪や身体を洗うと、少しだけ身体を硬くした。
「逃げたいなら、人を呼んであげるよ?」
「ううん、マヤはクロと一緒がいい」
「悪さされてるわけじゃないんだね」
念を押すと、少女はしっかりと頷いた。
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「それが、気になるのかぃ?」
しげしげと服を眺めているとガウンを纏ったマヤと女が一緒に部屋にはいってきた。
風呂場での声はしっかり聞こえていたので、誤解が解けたようで、安心する。
俺が見ていたのは白色のブラウスに、赤いチェック柄のスカートがくっついているワンピースタイプの服だった。
「それはこの前下ろしたばかりの新品だよ。小さいサイズだからあんまり着れる子がいなくて。需要も少ないんだよ、確かにこの子によく似合うね」
俺から服を受け取ると、女はマヤを衝立の向こうに連れて行って着替えさせてくれた。
それを待つ間、俺は壁にかかっている洋服をざっと見つめながら、こんな早くからやっている店についてようやく疑問が浮かんだ。
マヤが牛乳をかぶって替えの服がないと泣きそうになっている姿を見て、『サーチ』で『服、即、着替え』で検索してヒットした場所に跳んできたのだが。
並んでいる洋服は極端に布面積の少ないものから、聖者、神官、冒険者と様々な恰好がある。
服屋だよな?
「ああ、やっぱり。可愛いよ。このまま店においておきたいくらいだ」
店に置く?
服の宣伝がわりにということだろうか。
衝立の向こうから現れたマヤが、もじもじしながら俺を見つめた。白のブラウスに黒のリボンを胸元で結んでいる。ミニスカートからのぞくのはすらりとした綺麗な足。
やや恥ずかしそうに立っている姿は可憐だ。ぺたんと銀色の耳が下がっていて、所在なさげにしているところもいい。
「これを貰おう。いくらになる?」
「はあ、うちは衣装の販売はしてないんだけどね。もう閉店時間だし、この服をこんなに似合う子は確かにいないから、今回ばかりは売ってあげるよ。小銀貨2枚、2万ジェニーだ」
俺は空間魔法の『ストレージ』で異空間から金を取り出すと、女に支払った。
「着ていた服はこっちに包んでるから。帰ったらイイコトしてないで、洗濯しなよ。だいたい、いい大人なんだからたまには健全に遊びな。うちにもいい子はたくさんいるからね。犯罪者じゃなければ、金払いのいい客は大歓迎だ」
女の言葉の端々から疑問が浮かぶが、俺は礼を述べると、布に包まれた服を受け取る。
「イメージ・クラブ『ももいろ天国』をこれからもごひいきに」
は?
女の言葉を理解したと同時に、俺は慌ててマヤを連れて転移魔法で市長館へと戻るのだった。




