第15話:2002年4月8日
美菜は、雅典にメールをした。
〔クラスみんなでご飯を食べに行くことになったので、今日はご飯作れません。
ごめんね!またあとで電話するね。〕
送信完了を確認すると、今日からクラスメイトとなった仲間達の元へ駆け寄った。
「おまたせ。ごめんね。」
「全然いいよー。じゃあ行こっか。」
37人の大所帯で、予約した居酒屋に向かって歩き出した。
いまいち窮屈なスーツを着て、期待9割不安1割で臨んだ入学式。
その入学式終了後に、クラス毎のホームルームが行われた。
経済学部の2組が美菜のクラス。男子26人、女子11人が所属している。
持ち前の明るさで、早速ほとんどの子と打ち解けた美菜。
もともと1割しかなかった不安を、あっという間にゼロにした。
大学のクラスというのは、あってないようなものだ。
しかし折角なので、全員で夕食を食べに行くことになった。
大学近くの居酒屋に入ると、宴会用のお座敷に通される。
自然と、男女別に分かれて着席し乾杯後、席ごとの交流が始まった。
「ミナちゃんって、実家なの?」
入学式で一番初めに仲良くなった、麻衣子が聞いた。
「下宿だよ。さっき言ったよね?地方から出てきたって。」
「聞いたけどさ。じゃあ、さっき誰にメールしたの?」
「あ、そっか。
知り合いが近くに住んでてさ。だからいつもその人の家で一緒にご飯食べることにしてるんだ。
一人分の食事って、逆に作るの大変だからね。」
「へぇ。知り合いって、地元で一緒だった子?」
「ううん。前から東京にいた人。」
「それって、もしかして…彼氏、とか?」
麻衣子の隣に座っている、朱美が遠慮がちに割り込んできた。
「うん、まあ。」
「やっぱり、彼氏いるんだ!?」
質問したのは朱美だが、麻衣子が大声で反応した。
そのため、他の女の子たちが急に参加してきた。
「えっ、誰だれ?誰が彼氏いるって?」
「ミナちゃん!彼氏いるんだってさ!」
「やっぱりー?」「絶対いると思ったー。」「いるんだー。」
周りの女の子たちも騒ぎ出した。
隣のテーブルで固まっていた男子も、何があったのかとこっちを見ている。
その流れで、他の子も誰が彼氏持ちで誰がフリーかの確認が始まった。
女の子が大勢で集まれば、当然の話題。
一通り確認も終わり、ようやく元の落ち着きが戻ると、みんな近くの子とそれぞれに話しだした。
美菜は自然と、麻衣子と朱美と3人で会話することになった。
麻衣子は東京出身の裕福な家庭の子といった感じで、外見も派手なら性格も自由奔放。
今は「珍しく」、彼氏がいないらしい。
逆に朱美は、田舎から出てきたごく普通の18歳で、ぽっちゃりとしたかわいらしい女の子だった。
こちらも彼氏はいない。中学の時に、同じクラスの子とお付き合いしたのが最初で最後だそうだ。
正統派美人の美菜と3人でいれば、誰もが首をかしげる組み合わせであった。
しかしうまくバランスが取れているようで、美菜には心地よかった。
もともと美菜は、整いすぎたせいで冷たそうに見られる外見とは対照的な、明るい性格の持ち主だ。
朱美もずいぶん控え目であるが、それは人見知りしているせいで、本来は元気な子のようだった。
「で、彼氏とどうやって知り合ったの?てか、ミナって呼んでいい!?」
話題はやはり、ただ一人の彼氏持ちである美菜に集中した。
麻衣子が興味津々に、身を乗り出して聞いた。
早速敬称を取ろうとするところも、麻衣子らしい。
「いいよ。じゃあ私もマイコって呼んでいいの?」
「もち!マイコでもいいし、マイでもいいよ。
てかアケミちゃんも、アケミでいい?いつもなんて呼ばれる?」
「うーん。いつもは、アケちゃんかアケミンとかかなー。」
「じゃ、アケミンでよくない?どう?」
「うん、いいよ?私はマイちゃんって呼んでいい?」
「おっけー!よっし、ミナにアケミンね。で、ミナの彼氏の話!」
美菜が口を挟む間も無く、あだ名が決定した。
さらに強引に、話を進められた。
いつも初対面では引っ張る役割の美菜も、麻衣子の前では聞き役だ。
「彼氏と知り合ったきっかけだよね?知り合いの紹介。
地元の知り合いが、仕事でよくこっちに出張に来てて、そこで世話になってる人が今の彼氏だったの。」
「え、彼氏何歳なの?」
「にじゅうはっさい。」
「はっ?28歳っておっさんじゃん。」
麻衣子が聞き捨てならない台詞を吐き出した。
声には出さないが、朱美も驚いているようだった。
「あのさ、ミナちゃんって、何歳なの?」
またしても遠慮がちに、朱美が尋ねた。
「え、私?現役だから18歳だよ。」
「まじ?浪人だと思ったし。てか、まるまる10歳違うじゃん。」
こちらも再び、質問者より早く麻衣子がリアクションした。
「そうだけど。
でも、彼氏かなり若く見える人だから、そんなに違和感ないと思うよ?」
「ミナちゃんも大人っぽいもんね。」
今度こそ、朱美が答えた。
しかしよく言われるその指摘に、美菜は微妙な顔をした。
「老けてるの、気にしてるんだけどなー。」
「え?でも褒め言葉だよ?キレイなお姉さんで、うらやましいな。」
「そうそう!全然いいじゃん。」
「でも、そう言うけど。私より、マイコのほうが老けてない?老けてるよね?」
美菜は必死の形相で、朱美に尋ねた。
「えー、どうだろう。ふたりとも大人っぽいからわからない。
私だけこんなんで恥ずかしいよ。」
「アケミンもかわいいじゃんか!ねえミナ?」
「うん。アケミンはかわいいっていう言葉が似合ってうらやましいなー。」
実際は、朱美の容姿は中の上といったところ。
かわいいのに違いはないが、飛びぬけているわけではない。
しかし女の子というものは、誰にでもこう言うのだ。
「ミナ、彼氏の写真持ってないの?超見たいんだけど!」
「持ってないよ。持ってても見せませーん!もう違う話にしようよー。」
美菜の言葉を聞いた朱美が、はじめて積極的に会話を切り出した。
「ねえねえ、2人は、サークルとかってもう決めてるの?」
「あたしはまだ。でも、どっかのイベサー入るつもりー。」
「私はもう決めてるよ。」
実はこの国立H大学は、雅典の母校であった。
美菜は、雅典が学生時代に所属していたサークルへの入会を、すすめられていた。
なんでも雅典はOBとして、今でも参加しているらしいのだ。
ジム通いといい、サークルといい、知らないところで仕事以外にも色々とやっていた雅典。
それを聞いたとき、美菜は密かに驚いたのだった
「ミナちゃん早いね!なんのサークルなの?」
美菜の答えに朱美が感心していた。
「インターンの紹介みたいなことをやってるサークルみたい。彼氏がそこのOBなんだって。」
「真面目そうなとこだね?ミナ似合わなさそー。」
「そうかなあ?私、割と真面目なんだけどな。」
「見えねー!」
麻衣子がケラケラ笑い出した。
「インターンか。なんか難しそうなところだね。」
麻衣子の反応は特に気にせず、朱美が話を進めた。
「どうなんだろうね。私も実はまだ、あんまりわかってないんだ。」
「そっか。でも、ちょっとおもしろそう。」
「じゃあ、一緒に行ってみる?この時期なんていろんなところに顔出しても許されるんだし。」
「ほんと?
じゃあ、行ってみようかな。」
「金曜日にミーティングしてるらしいから、今週の金曜日の4限後で大丈夫?
ついでに、その日に新歓飲み会やるみたい。新入生は無料だから食費浮くよ!」
「うん、金曜日なら大丈夫。ミナちゃんは飲み会行くの?」
「うん。飲み会のスポンサーはOBがやってるんだって。彼氏が行くから、私も来いって言われてるの。」
「あ、じゃあ飲み会に行けばミナちゃんの彼氏が見れるね。」
「見なくていいけどね。」
美菜と朱美は金曜日に、見学をしに行くことにした。
一応、麻衣子も誘ってみたが、全く興味なし、と言われただけだった。
その後も、クラスの誰がかっこいいだとか、どの授業を取るかなどの話で盛り上がった。
そしてあっという間に時間が経過した。
店側から決められていた制限時間2時間を過ぎると、ぞろぞろと店から出る。
「じゃあ、明日からみなさんよろしくってことで、解散―!」
今日のホームルームで、議長という役割についたばかりの男が、そう宣言した。
明日も朝からガイダンスが続くということで、2次会などに流れることなく、帰宅の途についた。