身分違いの恋?いいえ、外交問題でした〜獣人国、ようやく社会人一年目〜
獣人国と各国との関係は、まだ完全に修復された訳ではない。
それでも、半年前より確かに前へ進んでいた。
◇◇◇
王宮。
「ただいま戻りました。」
ベアトリスは公爵家の面々と共に、玉座の間へ足を踏み入れた。
その姿を見たウィリアムは、小さく息を吐く。
「……帰って来てくれたのだな。」
「はい。」
ベアトリスは静かに頭を下げた。
「ベアトリス。」
ウィリアムは一歩前へ出る。
「今まで苦労を掛けてすまなかった。」
その声には、以前には無かった誠実さがあった。
「これからは、君の婚約者として——」
「陛下。」
ベアトリスは穏やかに遮る。
「婚約は、既に解消されております。」
「……え?」
一枚の書類を差し出すと、ウィリアムは受け取り目を見開いた。
「こ、これは……。」
「婚約解消届でございます。」
「私の……署名?」
「はい。」
「いつ……。」
「『こちらへご署名をお願いいたします』と申し上げましたところ、そのまま。」
ウィリアムは遠い目をした。
「あの時か……。」
ベアトリスは小さく微笑む。
「ええ。」
ウィリアムはベアトリスを見つめる。
「でも、君は……。」
"私を愛していたんじゃないのか?"
そう言いたかったが、出てこない。
ベアトリスは、ふわりと笑う。
「ええ、お慕いしておりましたわ。心から……。」
「では、何故……。」
「此度の騒動で、私の中での優先順位が変わっただけです。」
ウィリアムは何も言えなかった。
そして、ベアトリスは静かに続けた。
「陛下。私は……この国を建て直すために戻って参りました。」
「……建て直す?」
「はい。」
その瞳に迷いはない。
「ですので、これからは一女官として、陛下をビシバシ鍛えて参ります。」
にっこりと笑う。
「お覚悟を。」
ウィリアムは乾いた笑みを浮かべる。
「……程々に頼む。」
「陛下次第ですわね。」
その返答に、公爵は思わず吹き出した。
「はっはっは!」
ランバードも肩を震わせる。
「これは……陛下も大変ですな。」
「笑い事ではないぞ……。」
王宮には、久しぶりに穏やかな笑い声が響いた。
◇◇◇
その後、王太后は自ら離宮での隠居生活を選んだ。
窓の外を眺めながら、小さく呟く。
「私は……何も間違えていなかった。」
それでも、長い沈黙の末に、静かに笑った。
「でも、私の正義が……世界では通用するものではなかったのね。」
ならば、残された人生は、この国の行く末を静かに見届けよう。そう思った。
◇◇◇
一方その頃、ドワーフの村では——。
「こらぁぁぁぁーーーっ!!」
元気な叫び声が村中へ響く。
「それ食べちゃ駄目って言ってるでしょぉぉぉーー!!」
畑の上を、一頭のドラゴンが楽しそうに飛び回る。
その後ろを、アリスが全力疾走していた。
「降りて来なさぁぁぁぁいっ!!」
ドラゴンは返事代わりに一声鳴くと、かぼちゃを咥えたまま空高く舞い上がる。
「あーーーっ!それ今日の晩ご飯んんんんんっっ!!」
子供たちは腹を抱えて笑い、ニックたちは酒を片手に眺める。
「今日も平和だな。」
「平和だ。」
誰も否定しなかった。
◇◇◇
その様子を少し離れた場所から、魔王と側近が眺めていた。
「これで、一件落着かしら?」
魔王は微笑むと、側近は苦笑しながら答えた。
「まだ先は長そうですが。」
「そうねぇ。」
魔王は、ドラゴンを追い回すアリスを見つめる。
「でも。」
口元を緩めた。
「あの子猫ちゃんも、ようやく卒業かしらね。」
「……子猫ちゃん?誰の事です?」
側近が首を傾げる。
「獣王よ。」
「ああ。」
納得したように頷く。
「で、何から卒業なんです?」
側近が首を傾げると、魔王は少し考えてから、にやりと笑った。
「うーん……恋愛から?」
春風が村を吹き抜ける。
恋から始まったはずの騒動は、いつしか国を動かし、多くの人の人生を変えた。
そして今日も誰かが働き、誰かが笑い、誰かが未来を選んでいる。
それはきっと——身分違いの恋ではなく、外交問題だった。
――完――
Q. 獣人国、何歳なんですか?
A. 建国から何百年経っていても、外交と組織運営は社会人一年目でした(笑)




