037⚫️星河薫風(せいが-くんぷう)山紫水明(さんし-すいめい)
新三郎は支度を整える。
彼は新たな愛刀、‘星河薫風’を携えている。
九龍山で新三郎にあわせて鍛えられた業物である。
一見すると装飾もなく、鍔も簡素なものだ。が、実戦的である。
何度かの固辞を経て無幻斎から譲られた。
促された新三郎は、抜刀して驚愕した。
まるで神意が込められたかのような存在感、氷のような刃。
それでいて気品と優雅さを湛えていた。
満天の星々の下、皐月の風の中に身を置くような爽快さ。
新三郎は押し頂くように受け取った。
道中、無幻斎が語ったことを思い出す。
’この刀は斬ると思わねば、髪一本斬れぬ。しかし、斬ろうと思わば岩をも断つ。使い方にはご留意いただきたい。’
新三郎は試し斬りをしていない。
竹も藁束も、‘星河薫風’に不適切だという思いがあった。
とは言え、いきなり岩に向かうことも躊躇われた。
ましてや生あるものに、向けることは言語道断である。
こういう時、新三郎は無理をしない。
いずれ必要となれば、‘星河薫風’が自ずとその力を見せるだろうと考えている。
一方、マナは愛刀’山紫水明’を腰に佩いている。
黒漆の鞘は紫と青の螺鈿が散り、
山並みと水流を閉じ込めたような光を返していた。
柄は白鮫皮に紫糸を巻き、銀の縁金具には細やかな流水文様が刻まれている。
抜けば、刃文は水面に映る山影のように穏やかであり、
その鋭い切っ先が静かに守護の意志を宿していた。
旅は順調である。何事もない。
ふたりは時折、目を合わせ、理由もなく微笑み合った。




