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撤回を繰り返す妻

桂子の風邪が俺に移った。今週に入り、微熱と体の怠さ、喉の痛みと咳が出てきた。ほぼ桂子と同じ症状だ。



つくづく人騒がせな妻である。食欲が湧かずほとんど何も口にしないでいたら、急にふらついて強い眩暈(めまい)に襲われた。糖尿病の薬だけ飲んで何も食べていなかったせいか、これが噂に聞く「低血糖」というやつなのだろうか。



桂子が心配そうに顔を覗き込んできた。


「昭夫さん、何か食べた方がいいわよ。何か作ってあげる?」


「気持ちだけいただくよ。お前にはもはや料理なんて無理だろ」



今さら桂子に食事の世話などしてほしいとは思っていない。それより、どうしてあんな良い条件の仕事を辞めたんだ。どうしていつもそうなんだよ。自分は病気だからいつ仕事を辞めてもいいとでも思っているのか。どうしてそう良い加減になれるんだ。お前の身勝手さに、俺は体も心もメタメタなんだぞ。



心の底にあった不満をそのまま桂子にぶつけると、彼女はしばらく固まっていたが、重い沈黙のあとでポツリと呟いた。


「昭夫さん、もう遅いとは思うけれど……一応、前の職場に電話してみましょうか?」


やった!と俺は心の中で叫んだ。桂子、そうか、やっとその気になってくれたか。嬉しいぞ。



「昭夫さん、試しに電話してみるだけよ。たぶん無駄に終わるわ。それであなたの気が済むならやるけれど……ただね、私もあれだけはっきりと退職を申し出ておいて、今さら撤回したいだなんて、ものすごく言い出しづらいのよ。私の気持ち、分かってもらえる?」



何が『分かってもらえる?』だ。それはこっちの台詞だろ。



結局、桂子は元職場におずおずと電話をかけた。すると――なんと見事に復帰させてもらえることになったのだ。なんとおめでたいことだろう!



桂子の話によると、先方は彼女の病状に合わせた対応をこれからも継続してくれると言ってくれたそうだ。何ともありがたい神対応ではないか。



「桂子、ものすごく良い会社じゃないか。そんな寛大な会社、そこらにはないぞ。感謝するんだぞ。もう二度と裏切るような真似はするなよ」



何かちょっとしたきっかけで相手をバッサリと切り捨て、その後「気が変わった」と平然と撤回を繰り返す妻。



そんなどうしようもない妻を受け入れ、救ってくださる居場所があるのだから、本当に申し訳ないくらい恵まれている。


世の中、捨てたものではないんだなぁ……。






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