「だから白雪姫とはどこの藩の姫君なのですか!」
どうやら本当のようだ。
おれは杖を振りかぶっているルエルに「ストップ」と言う。
鏡を割ることはできない、と。ではどうすれば?
そもそもギーはどこにいるんだろう?
きっと鏡の中なんだろうけど、物理的に入っているわけではなさそうだ。おそらく魔法の力で二次元的な処理をしているように思える。
となると、なんらかの方法で鏡の中のギーを引っ張り出せばいいことになるが……。
鏡の中へ行くには……鏡の世界の扉を開くには……鏡の入口を見つけるには……。
「あ、そうだ」
と閃いた時だ。
「殿、お覚悟!」
お萌が短刀を手に襲いかかってきた。
「え、なに?」
ギーの反射神経はたいしたものだった。
彼女に動きをコントロールされているおれはお萌の一撃を脇差しで受け止めた。
キン! と鋭い音がする。
おれつまりは鏡は素早く体勢を立て直し、お萌に斬りかかる。
お萌は身体をそらしておれの攻撃をかわした。その勢いで体勢が乱れる。
あ、危ない! おれの目にも、その隙の大きさは明らかだった。
ギーが見逃すはずがない。さらに攻撃しようとして……ふいに動きを止める。
「?」
と思って足もとを確認すると、鏡の映る範囲ギリギリのところで踏みとどまっていた。
なるほど、ここから先は出られないシステムなんだな。
お萌も鏡に映らない場所までおれを誘導しようと攻撃を仕掛けてきたに違いない。
お萌との戦いが済んだところで、おれは先ほど閃いたアイディアを検討する。
これがうまくいけば、この場は逃れられるはずだ。でも一応、確認はしておこう。
「なあ、ギーよ」
「な、馴れ馴れしく呼ぶな」
「お前の秘術マン・イン・ザ・ミラーなんだけど」
「メイク・ザット・チェンジだ!」
「その秘術を使ってるお前って、鏡の中にいるんだよな?」
「それがどうした」
「どうやって入ったの?」
「ふん。教えるとでも思っているのか」
「ギーはきれいで優しい女の子だから教えてくれるはず」
「し、知らない!」
ま、この中にいるのは確かだ。となると……。
「お萌」
「はい」
「もう一回、おれを襲ってくれ」
「分かりました」
お萌が短剣を構える。
「ただし、目的はおれの持っているこの脇差しを奪い取ることね。できるかな?」
「頑張り、」
ます、とお萌が跳ねる。
鏡が脇差しを逆手に持ち替え、斬りつけようとした。
しかし、次の瞬間には縄が手首にかかっているのに気付く。
「くい」とねじられ、脇差しがぽろりと落ちた。
ルエルが素早く駈け寄り、それを拾う。
お萌は縄をたぐり寄せながら言った。
「これで殿を引っ張って、鏡の前から引き離せばいいんですね」
「いや、逆だな。おれに抱きついてくれ」
「まあ、それではいよいよ」
とお萌が顔を赤らめる。
「私も抱きつく!」
とルエルが言うが、おれは首を振る。
「ルエルには他のことをしてもらう」
「他のこと?」
縄で引っ張っても、おそらくお萌の力ではおれを動かすことはできない。ルエルと二人がかりでも無理だろう。
それよりもお萌には抱きつくことでギーの動きを封じてほしかった。
その隙にルエルには……。
「手鏡、持ってただろ?」
「あるぞ。じゃーん!」
とルエルは手鏡を取り出す。
「その鏡を使って、この真実の鏡に通路を作るんだ。合わせ鏡にして」
「悪魔の通り道だな! 任せろ!」
さすが魔道士、おれの意図をすぐに察してくれた。
素早く鏡に駈け寄り、手鏡を近づけ、角度を調整する。
おれの身体が動いてルエルをつかもうとするが、そこにどすんと抱きついてきたのがお萌だ。凄い力でぐいぐいと手足を絡めてくる。
「う、離せ」
ギーが言い、お萌が首を振る。
「いやです。抱きつけと言ったのは殿です」
「そうだ、離さなくていいぞ」
おれも言う。
「開いたぞ!」
とルエルが鏡をのぞき込んで言った。
悪魔の通り道が開いたということだ。ルエルはそこに杖を突っ込んで叫んだ。
「召喚! ケルベロス!」
あやがて鏡の中から「きゃあ!」という悲鳴とともに赤毛の美少女が飛び出してきた。
そして、その後ろから尻尾を振りながらケルベロスも姿を現した。
鏡と鏡を平行になるように並べると、無限の連なりができる。いわゆる合わせ鏡だ。
昔から「深夜に合わせ鏡をすると悪魔がやって来る」という話が伝わっている。
鏡の通路を渡ってくるというわけだ。
他にも霊の姿が見えるとか自分の死んだ顔が見えるといった都市伝説もある。
おれはそれを試してみたのだった。
悪魔も魔法使いも「魔」がつくし、共通点はあると考えたわけだが、それが的中したようだ。
ルエルも魔道士だけあって説明不要で理解してくれたのはありがたかった。
もしこれがお萌なら一から説明しなければ……って、お萌? もう離れていいよ?
「あ、そうですか」
お萌はしぶしぶといった感じで身を離す。
互いの手足がいろんな風に絡み合っているので、離れるまで時間がかかった。
ギーはと見ると、どうやら犬が苦手なようで、木の上にしがみついていた。
その根元でケルベロスが尻尾を振りながら吠えていた。
お萌が素早く近づき、そのままギーを木に縛り付けた。
「まだまだ話したかったけど、他の仲間が来ると面倒だから、これでお別れだ。楽しかったよ、ギー」
「く……」
ギーは唇を噛んでおれを睨みつける。
おれはその顔をまじまじと見つめ、ニッコリ笑いかける。
赤い髪にハチミツのような透明感のある肌。目が大きくてまつげが長い。
「な、なんだ!」
「本当に白雪姫よりきれいかもね」
そう言うとギーは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「殿。だから白雪姫とはどこの藩の姫君なのですか!」
お萌がキレ気味に騒ぎ出す。
おれはお萌をなだめながら先を急ぐことにした。




