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間違えた未来


 それを手に入れたのは本当にたまたまだった。


 知り合いの古物店に遊びに行った時に、埃をかぶった箱の中にあった。気になって箱を引っ張り出し、蓋を開ける。


「これ、宝石?」


 中に入っていたのは一組のピアスだ。庶民が使うには丁度いいぐらいの赤い小さな宝石がついている。店主の娘である友人がわたしの呟きを聞いてそばまでやってきた。


「ああ、それ。どこかの落ちぶれた貴族様の持ち物だって聞いているわ」

「貴族の持ち物?」

「嘘かもしれないけど。貴族の持ち物でこれほど小さい宝石、あり得ないでしょう? わたしの付き合っている彼だってもう少しいいものを買ってくれるわよ」


 そう言われてしまえば確かにその通りだ。最近は隣国から安い屑宝石を使った宝飾品が出回っている。傷がついたり、形が悪いような宝石ではあるが、宝石は宝石だ。庶民でも十分に手の届くもので、しかも意匠が色々ある。少しくすんだ赤い宝石しかついていないピアスは貴族様の持ち物と言われても欲しいと思えなかった。


 そう思うのにどうしても気になって、手に取ってしまう。ティナがあまりにも見入っていたからなのか、友人は部屋の片隅を指し示しながら聞いてくる。


「気にいったのなら上げるわよ。そこにあった物でしょう?」

「あの花瓶の後ろにあったわ」

「売れないからそこに置いてあったの。ごみとして捨てるしかないのよ」

「本当に貰ってもいいの?」

「ええ。その代わり、返品はなしよ」


 悪戯っぽく笑う友人に、ありがとうと満面の笑みを向けた。


******


 夕食を食べてから、自分の部屋に戻ると早速貰った箱を開けた。


 中にあるのは一対のピアス。


 鏡を見ながら今付けているピアスを外し、それを付けてみる。くすんだ赤だったけど、つけた途端に奇麗に光を反射する。


「意外にいいじゃない」


 鏡を見て色々な角度で確認した。やはり貴族の持ち物だというだけあって、見た目だけではないのかなと思う。貴族の物というのなら、名前が刻んであるかもしれないと好奇心で箱をひっくり返した。ひっくり返したときに、カラカラと何かの音がした。

 不思議に思って何度か強く振ったところで、ピアスの収納部分が取れた。中から一枚の紙が出てくる。時間の経過により黄ばんでしまった紙はとても古そうだ。


「何だろう?」


 紙を広げれば、少し掠れたインクで小さな文字がびっしりと書きつけられていた。


 ――運命の人と思わせる道具


 そんな言葉で始まった手紙。


 驚いて読み進めてみれば、これを手に入れた令嬢の思いが綴られていた。


 大好きだった人が王族であったこと。

 運命の人を探しているが、自分ではなかったこと。

 嘆いていた時に、これを手に入れたこと。


 そして、使ったこと。


 運命の人と勘違いした愛しい彼と結婚し、子供を産んだことまでが淡々とつづられていた。


「本当なのかな」


 ティナは呟いた。運命の人の話は庶民にも広く知れ渡っていた。運命の人だけは身分に関係なく、王族と結婚できる。今の王太子はすでに結婚して子供が二人いるが――もし運命の人だと勘違いさせられればティナは王太子と結婚出来て、さらには王妃になれるかもしれない。


 別に王妃になりたいわけではないが憧れはある。


 ティナの世代は丁度王太子の運命の人探しからずれてしまい、王族や貴族が参加する舞踏会に呼ばれなかった。年頃の合う女性たちは皆、城からの招待状を持って綺麗なドレスを着て参加していた。


 たとえ王太子の運命の人でなくとも、もしかしたら貴族の人に見初められてということもある。

 大半の人は少しでも条件のいい相手を捕まえようと色々と情報交換していたと聞いた。近所のお姉さんたちの楽しそうな思い出話を聞いて、どうして自分はその時期に年頃ではなかったのだろうと羨んだものだ。


 じっと鏡の中の自分を見る。


 決して不細工ではない。看板娘としてちやほやされるぐらいには奇麗だという自信がある。もちろん手入れの行き届いた貴族令嬢達にはかなわないかもしれないが、同じだけの手入れをすればきっと遜色もないはずだ。


 ティナはぐっと拳を握りしめた。


 一度だけ王太子の側に行ってみよう。今月はたまたま王太子夫妻が視察にやってくる。平民に対する距離の近さは有名な話で、側に行くのはそれほど難しいことではない。


 ティナは指折り数えて、その日を待った。



******


 お気に入りの淡いオレンジのワンピースを着て、王太子を見つめた。


 胸がドキリと弾んだ。苦しいぐらいに締め付けられる。頭も熱に浮かれたようになり、縋るように王太子を見つめた。


 彼も同じだったのか、強い力で抱きしめられ、濃厚なキスを贈られた。貪られたという表現がぴったりなキスだった。


 その後のことはあまり覚えていない。ただただ熱に浮かされたように交わった。



 気がついた時には彼が部屋から出て行くところで。


「殿下?」


 もう少し一緒にいてほしくて手を伸ばしたけどその手は届かなかった。初めての情事で体が辛くて、一緒にいてほしいのに、ティナに向けられたのは冷ややかでそっけない声だった。


「仕事がある。侍女を呼んでおくから、それまで休んでいればいい」


 仕事だと言われてしまえば、仕方がない。彼は王太子なのだから。


 無理やり納得して、ぼんやりと天井を眺めた。一人きりの寝台の上で、自分の身に起こったことを反芻する。


「本当に運命の人になったんだ」


 そっとピアスに触れた。これのおかげだ。


 ティナはこれから先の人生が自分にとって幸せな毎日だと信じて疑わなかった。


 でも、現実はそんなに甘くなくて。


 王太子妃とその子供たちは離縁して国を出て行った。そのことで、ティナは非常に非難の目を向けられていた。正妃候補としての勉強というのも難しい。


 平民だったティナには何を言われているのかさっぱりだ。それでも最初は頑張ろうと思っていた。

 簡単な挨拶もなかなか合格点がもらえないし、ダンスだってどんなに練習しても途中のステップを間違える。その他にも最低限でも2か国語、さらには貴族の名前やその経歴、王族の歴史など、学ぶことは山ほどあった。


 王太子妃というのは綺麗なドレスを着て、美味しいお茶とお菓子を食べながらおしゃべりをしていればいいものだと思っていた。


 ところが王太子妃になるためと言って与えられた勉強はとても難しかった。ティナには何一つ、身に付きそうになかった。


 頑張っても頑張ってもまったくできない状況で、徐々に教師や侍女たちから冷ややかな視線で見られるようになった。言葉にしなくても、この程度もできないのかと責めるような蔑むような目を向けられる。


 今日はマナーの実践で、何度も何度もお茶の飲み方、茶葉の産地など教えられたが頭の中に入ってこない。集中力のなさは自分でも感じていたが、今日は特にひどかった。最後にはお茶をソーサーに戻すときに縁をぶつけて、こぼしてしまった。


「もっと集中してください。最低限のマナーと知識を身に付けなければ、王太子妃にはなれませんよ」

「どうして? わたしは運命の相手なのでしょう? 知識とかマナーとか関係ないじゃない」


 そう反論すれば、ため息をつかれた。教師は侍女に合図してテーブルの上の物を片付けさせる。


「必要ないようですから、マナーの勉強は今日までにしましょう」


 そっけなくそれだけ告げると、ティナの返事を待つことなく出て行ってしまった。一人残されてティナは癇癪を起した。


「何よ、何よ、何よ! 本当のことじゃない」


 部屋に控えている侍女も護衛もティナを気にせず放置だ。一人でみっともなく騒いでいたが、疲れてテーブルに突っ伏した。


「ねえ、ちょっと」


 テーブルに突っ伏したまま、侍女に声を掛けた。侍女は最初聞こえなかったような顔をしたが、すぐに首を傾げた。


「もしかしてお呼びでしょうか?」

「もしかしなくても貴女しかいないじゃない!」


 再び怒鳴ったが、侍女は気にする風でもなく申し訳ありませんと頭を下げた。それも気に入らないが、聞きたいことがあったからそれ以上は言わないように気持ちを抑えた。


「ウェンと会いたい。呼んでちょうだい」

「申し訳ありません。本日殿下は視察のため城にはいません」


 淡々とした口調で答えられて、ティナは髪を掻きむしった。


「どうして会ってくれないの!? いつもいつも視察に行っているなんて変でしょう!」


 侍女は特に答えることなく気配を殺してその場に立っていた。いつもならこの程度でどこかにふらりと出かけてしまうのだが、今日は違っていた。ティナは立ち上がると、侍女の胸元を掴んだ。


「貴女たちがウェンと会わせないようにしているのね! なんてひどいの! ウェンに言いつけてやる」

「――会いたくないからいないと言えと命じている」


 会いたい人の声が聞こえてティナはパッと顔を上げた。慌てて侍女を掴んでいた手を離す。ウェンセスラスは冷たい目でその様子を見ていた。


 ばつが悪くてティナは少しだけ視線を下に向けた。


「先ほど教師がこれ以上の教育は無駄だと報告してきた。10カ月間もあったが、ほとんど身に付かなかったようだな」

「わたしは平民だったのよ。貴族令嬢と同じだけ身に付けるのは無理よ」


 言い訳はしたくないが、これだけはわかってほしくて訴えた。素地が違うのだから、貴族の教養が身に付かなくても当り前だ。


「運命の相手というのは、一目置く能力があるから尊重されている。お前には何も能力がないということか」

「え?」


 ナニソレ。


 ティナの頭は真っ白になった。そんなことはあの手紙には書いていなかった。無意識に耳にあるピアスを弄った。


 大丈夫。

 これがある限り、運命の相手なのだと強く思い込む。


「身分も何も問われずに王族と結婚できるのは、それだけの利があるからだ。今まで運命の相手と言われ王族と結婚した女性は皆何かしらの発展に寄与している。わかりやすいところでは、石鹸やペンがある。他にも平民が馴染んで普通に使っているものも多い」


 ティナは緊張で、ぎゅっと胃が掴まれたように痛くなる。ウェンセスラスはティナの表情を見逃さないようにしているのか、無表情にティナを見つめ続ける。その表情に体が震えた。ウェンセスラスの怖さを初めて感じた。


「陛下より、君の能力を提示する様に求められている。それが認められたら、多少振る舞いが合格点に達していなくても正妃候補として他の承認が得られる」


 初めて彼と目が合った時とは違った眼差しに、体が冷えていくように感じた。


「認められなかったら……わたしはどうなるの?」

「これから処罰が決められるだろう。そもそも私の運命の相手はお前ではないと確信しているが」


 はっきりと言われてティナは息をのんだ。


「え?」

「この10カ月、お前は私の運命の相手と言いながら夜会や茶会で他の貴族たちにすり寄っている。そんな運命があるわけがない」


 夜会や茶会での交流はもっと自分を支えてくれる何かが欲しくてしたことだ。受け入れてもらいたくて頑張った。


 そんな思いが顔に出たのか、ウェンセスラスは鼻で笑う。


「社交は男に媚を売ることではない。それに使用人に対する振る舞いも褒められたものではない」


 ティナはそこまで言われて、ずっと試されていたのだと気がついた。


「あ、あ……」

「期限は出会ってから1年だ。過去の例でも1年もすれば能力が判別できた。残り2カ月で相応の能力を示せれば、正妃候補として認めよう」


 それだけ告げると、ウェンセスラスはティナを置いて出て行った。


「無理よ、そんなの」


 たまたま手に入れたピアスを着けてウェンセスラスの運命の相手は自分なのだと間違えさせた。ティナにはこれといって突出した能力などない。平民の中でも平凡なのだ。


 ティナは茫然として床に崩れ落ちた。








 終わりは確実に近づいていて。


 何とかなるかもしれないと、離縁した元王太子妃に食って掛かったけれども事態は悪い方向に転がり落ちた。

 一時期は死を覚悟したが、王太子の名誉を保つためか表立った処罰は与えられなかった。ただピアスだけは取り上げられた。運命の相手だと誤認させる道具だということが調べ上げられた。


 ティナは平民出身であるため正妃としての能力は難しいとされ側室となったが、実質幽閉という扱いだ。後宮の中でも特に寂れた建屋の一室が彼女に与えられた部屋だった。


 当然誰も会いに来ない。いるのは監視を兼ねた護衛と侍女たちだけ。

 食事もきちんと出るし、数日に一回は体を清めることができるが特に楽しいことはない。話すこともなく、ぼんやりと部屋の中にいるだけだ。


 どうしてあんなピアスを身に着けてしまったのだろう。

 どうして王太子妃になれるなんて思ってしまったのだろう。


 現実なんて見ていなかった。物語のようなお姫様になりたかっただけだ。


 後悔ばかりが心を支配した。

 自由気ままに過ごしてきた王都の生活に戻りたい。

 裕福ではなくても、優しい両親と友人たちとの時間を取り戻したかった。


 考えることも面倒くさくなった頃。


 出された食事を食べた後、急激に眠気が襲った。


 ああ、これで何も考えなくてもよくなる。

 

 ティナは安堵のため息をついて、目を閉じた。



Fin.



最後までお付き合いありがとうございました。

誤字脱字報告、いつも本当にありがとうございます。

とても助かりました。感謝です♪


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