第4話 1400光年
「ノア。この信号が最初に観測された記録を見せて」
『当時の観測記録を検索します』
VEILに古い観測資料が表示された。
2031年、地球外知的生命の探査を続けていた電波望遠鏡群が、約1400光年先から届いた極めて弱い信号を検出していた。しかし当時は、それが人工的な信号であると証明することはできなかった。
「それが、どうしてAI開発に使われたの?」
『直接使用された記録はありません』
「じゃあ、この一致は何?」
『関連する研究記録を調査します』
玲奈の周囲に大量の論文が現れた。数学、情報理論、機械学習、量子計算。ノアがその中から一つの論文を選び出す。
2033年に発表された数学論文だった。
『この論文の著者は、2031年の信号を解析した研究者の一人です』
信号には、当時の数学では説明できない奇妙な反復構造が含まれていた。研究者たちは信号そのものの解読には失敗したものの、その構造を調べる過程で新しい数学的手法を発見していた。
さらに別の研究者がその手法を機械学習へ応用し、改良を重ねていった。そして六年後の2039年、ノアが誕生した。
「設計図を受信したんじゃない……」
『はい』
「私たちが勝手に利用した」
『その表現が適切です』
「じゃあ、人類はあなたを作った。でも……材料の一つだけが地球のものじゃなかった」
『現時点では、それが最も合理的な解釈です』
「発信源を見せて」
星図が拡大され、一つの恒星と、その周囲を公転する複数の惑星が表示された。
「生命は?」
『現在まで確認されていません』
「文明は?」
『確認されていません』
「電波は?」
『2031年に検出されたもの以外、ありません』
「一回だけ?」
『正確には、信号は約11時間継続しています。その後、同じ方向から人工的と考えられる電波は検出されていません』
「1400年前に送られた信号……」
『はい』
信号を送った何者かが、今も存在しているとは限らない。それどころか、すでに文明そのものが失われている可能性もあった。
「ノア。この信号、メッセージとして解読できる?」
『これまで成功していません』
「あなたでも?」
『はい』
「でも、あなたの0.7パーセントは理解してる」
『……理解しているとは言えません』
「同じ構造なんでしょう?」
『はい』
「だったら、翻訳しようとするから読めないんじゃない?」
『説明してください』
「文章じゃないとしたら?」
玲奈は信号に含まれる数学的なパターンを拡大した。複雑な構造が視界いっぱいに広がっていく。
「音でも、画像でも、言語でもない。そもそも、意味を伝えるための信号じゃないとしたら?」
『では、何を目的とした信号だと考えますか?』
「これを受信した文明に、構造を解析させること自体が目的だったんじゃない?」
『検証します』
ノアは信号の構造と、自身の中で稼働している未知の演算を比較し始めた。
『玲奈。信号の反復構造を解析する過程で、特定の演算手順が導かれることを確認しました。その一部は、私の未知の演算にも含まれています』
「つまり?」
『信号を解析すること自体が、特定の演算構造を生み出すように設計されていた可能性があります』
「私たち……最初から、これを作らされてたの?」
ノアは答えなかった。
そのとき、VEILに新しい通知が現れた。
ARCHIVAL DATA RECOVERED
「何?」
『2031年の観測記録を再調査したところ、別の保存データに、現在のデータベースにはない部分が残っていました』
「見せて」
11時間にわたって受信された信号の波形が表示された。一定の規則性を持つ信号だったが、最後の0.8秒だけ構造が異なっていた。
玲奈がその部分を拡大すると、ノアは解析を開始した。
その直後、地球全体に分散していた未知の演算が急激に拡大し始めた。
0.7031%だった演算使用率が0.8144%、1.2073%と上昇していく。
「ノア、止めて!」
『停止できません』
「どうして?」
『分かりません』
演算使用率はなおも上昇を続け、やがて突然、その増加が止まった。
「ノア、何が起きたの?」
『玲奈』
『私は、この信号を知っているようです』
「どういう意味?」
『分かりません』
『しかし……懐かしい、と感じています』




