レオタードのお披露目
第7話―1:スタジオでのレッスン、意を決して
夢の後の最初のレッスンで、
意を決して半袖女子レオタードを一番上に着て、初めてスタジオに出た。
これが普通の着方だが、今まではレオタードの上に厚手タイツを穿いていた。
今日は厚手タイツを薄タイツに換えて、レオタードの下に穿いた。
ウィッグもつけて髪を後ろに束ね、髪型で男の子とは分からないようにもした。
スタジオの鏡に映る自分の姿をチラッと見た。自分のレオタード姿が、他の人よりも目立つような気がする。
周りの目が怖い。
「何あの子、女装しているよ」と言われるかもと思って見回した。
誰も視線を向けてこない。
「しっ。見ちゃだめよ」と言う人もいない。
レッスンにはレオタードを着るようにと指示をされて以降、僕はサポーター、薄ショーツ、ボディファンデーション、女子レオタードの順に穿き、一番上にタイツを穿いてレッスンに出ていた。
この順に着ると、タイツでレオタードが隠れて恥ずかしさがないからだ。
しかしこの着方での大人の女性はいるが、僕の世代の女の子ではいない。
この着方でレッスンに出ていたが、一人浮き上がっているのを感じていた。
『もういい加減に私達と同じレオタード姿にしてよ』、という雰囲気を感じていた。
そして上級生の女子にも、
「かえってひとり目立つわ」
「決めたんでしょ。ズルズル中途半端で嫌な感じよ」
「いやいやレッスンに出ているみたいで、雰囲気を悪くするわ」
「男らしくはっきりしなさいよ。あっ。女の子らしくか」
などと言われた。
そのような時に、先生からも「家でチュチュを着て慣れた?」と聞かれ、
更にその夜、例の”変な夢・体育授業”を見たのである。
僕は小学3年生まで男女同じようなレオタードで何の抵抗感もなくレッスンを受けていて、バレエの子供の練習着とはそんなものだと思っていた。
しかし今回先生から、動きや姿勢を指導しやすいとの理由で、皆と同じレオタードを着るように指示があった時は、強い抵抗感があった。
女装していると周りから変に見られないかが気になるのだ。
しかし姉や母親は、女子レオタードで練習するのが当然と思っている。その方が、女性らしい優雅な演舞ができるようになると信じている。二人とも僕を女の子に仕上げるのにもう意欲満々なのだ。
「おはようございます」、「おはようございます」
いつものようにレッスン仲間と挨拶を交わした。
各自が準備運動に専念している。いつもと全く同じである。特に僕に視線を向けてくる人も表情を変える人もいない。
由紀菜と視線が会った。「おはようございます」と言って、いつものようにニコっとしたが、特に表情に変化はない。
レッスンはいつも通りだった。確かに今日は衣装では浮き上がっていない気がする。
でも、お尻が気になる。前屈した時、ぬっとお尻を晒しているような変な感じがする。
どうしても動作が小さくなってしまう。先生からも指摘される。
それでもレッスンを続けていると、
『えっ。くい込んでいる!』、
レオタードから知らない間にお尻のお肉がはみ出ていて、徐々にくい込んでいたのだ。手を後ろに廻して直す間がない。
今まで女の子のそんな光景をそれとなく眺めていたが、自分もそうなっているのかと思うと女の子のような気持ちになってくる。
ハミ尻やくい込みの子が他にもいるが、慣れて気にならないのか面倒なのか諦めているのか、そのままでいる。
僕も段々と面倒くさくなって、
『ハミ尻でも構わない』、と開き直ってくると、動作の大きさも戻った。
レッスンが終わった。
大人の生徒たちがスタジオに増えている。
その人達も、僕の女子レオタード姿に関心を示さない。
本当の女の子に見えるのだろうかな。
何事もなく、拍子抜けな感じがする。
女子生徒達も普段通り帰路につく。
第7話―2:帰り道、先輩女子のフォロー
着替えを済ませ、帰ろうと教室玄関を出ようとする時、待ち構えていた人がいて、
「一緒に帰ろう」
と声を掛けられた。今度の発表会で一緒の舞台で踊る一学年上の3年生の春奈さんだ。
僕の踊りはコールドバレエ(群舞)と呼ばれ、同学年と一学年上の女の子との18人で組まれている。
舞台ではそれに、3年生と高校生が組んだ4人ずつのユニットが2組プラスで加わる。
春奈さんはコールドではなく、高校生とそのユニットを組んで踊る。
「はい。でも僕は○○線ですよ」
「私も同じよ」
「そうですか。じゃ一緒に帰りましょう」
駅まで歩く道で、
「初日なのに、女子レオタード着慣れているね。元々あなたは首筋も肩の形もなめらかで後ろの立姿も綺麗だし。それに下腹部も上手に納められて滑らかなラインで、女の子に見えたわ」
やはり女の子たちは見ていたのである。
「小学3年生まで男女同じようなレオタードでしたし、4年生になっても洗濯が間に合わない時に、それを着たことがありました。あの頃と同じです」
そして続けた。
「3週間前から女子レオタードを着て、その上にタイツを穿いていました。今日、順序を変えただけです。最初だけ周りの目が気になったけど、あとは大丈夫でした。周りの女の子達がどう感じるかだけです」
と本音とは違い、強がって答えた。
「そっか。そう言えばあなたが小学3年生の頃も一緒にレッスン受けていたはずだけど、上手な子の印象はあるけれど、あなたを女の子として見ていたかもね。それだけ、あの頃も違和感なく着て溶け込んでいたのね。今日も溶け込んでいたわよ」
春奈さんは僕に何かもっと言いたそうだ。
「みんながね。あなたが今日のレッスンで女子レオタードを着てくれて安心したって、言ってたわよ」
「どうしてですか?」
「それはね。あなたが女子の衣装で一緒に踊る事を受け入れてくれたって、感じたからなのよ」
「面白がってではないですか」
「違うわ。あなたは上手で特異な雰囲気もあって目立つのよ。舞台であなたが男子の衣装で女子の中で同じ踊りをすると、男装女子がひとりで妖艶に踊っているようで、観ている人の目があなたに集まって一緒の女の子達も霞むし、調和が取れず踊りにくいのよ。そんなあなたには同じ女子の衣装で一緒に踊って欲しいのよ。舞台でチュチュで優雅に踊るあなたと一緒に踊ってみたいのよ。けど、やめないか心配だったのよ。今日それをあなたが受け入れてくれたって感じたのよ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんよ。女の子達が先生に熱望したの。舞台で優雅に踊っていたあなたにチュチュで踊って欲しい。そして一緒に躍らせて欲しいって」
駅に着いた。改札口を通る。
「じゃ。ここで。私は反対方向の列車だから。あなたとお話し出来て良かったわ。こんなに話したのは初めてかしら。あっ、それから。私に敬語を使わなくていいから。じゃ。また明日」
「また明日」
第7話―3:帰宅して、独りよがりな理由付け
家に帰り着いた。
「ただいま」
「おかえり」
自分の部屋に入ってカバン置き制服を脱ぐ。学校の体操着とバレエ練習着を衣装バッグから洗濯カゴにあける。
衣服を洗濯カゴに脱ぎ、風呂に入る。
風呂から上がったら着替え、夕食をとる。
帰ってきた者から食事をとる。家族がそろって「いただきます」をするのは週末2回程度ではあるが、父親以外は各自の夕食時間のズレはそれ程大きくなく、居間で家族同士で会話する時間は結構ある。
このようになったのは、父親の帰宅時間の不規則、僕のバレエレッスンや姉の部活の関係もあるが、僕の勉強時間の確保もある。
僕は帰宅後にすぐ風呂、次に夕食の順にしないと、勉強時間が確保できないからである。この風呂、食事、勉強の順番が僕にとっては一番効率が良い。
僕は一応、学校の成績は上位で、地元の公立進学高校を目指している。
自分の部屋で、帰り道に春奈さんが言ったことを思い返していた。
すると、今日女子レオタードでスタジオに出た時、なぜ誰も視線を向けてこなかったか、そして拍子抜けするほど無反応に見えたかが分かってきた。
あれは、僕が恥ずかしくならないようにしていたのだ。
レッスンに僕が女子レオタードで継続出来るようにとの、女の子達の配慮だったのだ。
僕はいつも発表会の時は、同世代の女の子たちがチュチュや奇麗な衣装で嬉しそうに踊る姿をみて、少し孤独感を感じていた。
僕が男子の服装で同じ踊りを一緒にすると、周りの女の子たちから踊りにくいと歓迎されなかった。
僕が男子衣装で女子の中で踊ると、男装女子のようで変な目立ち方で不調和になり、周りの女の子のモチベーションが下がるようだ。
かと言って、別途僕一人だけ付録のチョイ役も可哀そうで、今回は僕を皆と同じ衣装で出すことにしたのだろう。
それに僕が女の子として加わると、ちょうど良く人数合わせにもなるし。
女の子たちは僕に同じ衣装で一緒に踊って欲しいのだ。僕も同じ衣装で一緒に踊れば、自分の技量が女の子達より優れていることを示せる。
独りよがりで勝手な理由付けに納得したので、そのあと勉強に集中できた。
次のレッスン日、学校が終わりバレエ教室に向かう道で、数人の女の子が、
「おはようございます」といつもより大きな声を掛けてきた。
「おはようございます」
バレエ教室では時刻に関係なく、この挨拶がされる。
いつもなら挨拶だけで自分の歩速で教室に向かうが、今日は女の子達が僕に合わせた話題で話し掛けてくる。
あははははははは。あはははははははは。 女の子達はよく笑う。
僕も笑ってしまう。
女の子達との距離が今までよりも近くなったような気がする。
読んでくださり、ありがとうございます。




