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発表会当日

第21話-1:午前、化粧、ゲネプロ


午前9時過ぎからゲネプロが行われる。


朝、姉が楽屋まで付き添ってくれた。

チュチュに着替えトレーナーを羽織ると、姉の待つ女性化粧室に向かった。男性更衣室とは違い、化粧の臭いの湿った空気を感じる。

姉は僕に化粧をした。アイメイクのシャドウとラインが施され、唇には口紅が引かれ、バレエ特有の堀の深い化粧がされて、全く別の顔になった。発表会を見に来てくれる友達が僕を見かけても、知らない女の子としか見ないだろう。

「どう見ても女の子よ。可愛い女の子よ」

次に姉は僕にウィッグを付け、髪をたくし上げお団子のようにして頭の後ろに纏めた。そして髪の周りに白い髪飾りを付けた。

「白鳥のバレリーナよ。とても綺麗な女の子ね」

そう言いながら姉が後ろから映した手鏡に、自分の首筋が若い女性のうなじに見え、ぎょっとした。


姉は手際良く済ませると、

「じゃ。そうゆうことで。後は宜しく。楽しんで踊りなさい」

と言って、楽屋から出て行ってしまった。弟にベタベタ付き添う保護者と見られるのが嫌なのだろう。

ただ、一連の手際の良さは姉が予行演習をしていた事を現わしており、そこに姉の想いを感じた。

ところで、この『じゃ。そうゆうことで。後は宜しく』は、僕の家で交わされる別れの言葉である。

“そうゆうこと”が具体的には無く、“後は宜しく”も何をするのかも特に無く、部屋を出る時や寝る前に使われる、我が家特有の変な別れの挨拶である。



午前のゲネプロの時、姉が観客席にいるのが分かった。楽しそうに舞台を眺めていた。



ゲネプロの後、先生が僕の化粧を整え直して、腕と手にも白いパウダーを叩いた。

「ゲネプロ良かったわよ。本番も同じように踊りなさい」



第21話―2:午後、本番


午後、本番が始まる前に舞台裏で、白鳥の仲間18人で手を繋ぎ円陣を作った。

円陣が小さくなり、スカートが重なり、顔を寄せ、そして片手を円の中心に伸ばした。

リーダーの子が「さあ、いきましょう」と言うと、

「はい」と皆が声を出した。

僕も一緒に「はい」と声を出したが、その声は女の子の声だった。

この仲間と一緒に踊るのだと思うと、嬉しさがこみ上げてきた。

今迄の発表会とは違う一体感と高揚感だった。


本番が始まった。

淡々と舞台が進行していく。

出演する“第2幕、白鳥たちの踊り”の舞台の順番になった。

白鳥たちの登場場面では考える余裕は無かった。気がついたら、前の子に続いて舞台に出ていた。

白鳥たちが一斉に舞い降りたように舞台に広がった。

僕は白チュチュのバレリーナたちが舞台全体に舞い踊るこの場面が好きだ。

コールドバレエの揃った動きや、変化するフォーメーションを観客に見てもらっている嬉しさがあった。

舞台いっぱいに白チュチュのバレリーナたちが舞っているのだろうと思うと、自分のチュチュの揺れ動く広がったスカートが誇らしかった。

由紀菜とは並んで踊る場面があったが、間合いも合い上手く踊れた。

途中から春奈さんたちのユニットが加わった。春奈さんはやはり上手い。


その後、大人の上級者によるオデット姫と王子の幻想的なアダージョ (ゆったりとした動きの場面)の時は、舞台の周りで並んで種々のポーズをとり雰囲気を出した。前屈ポーズでは、レッスン通りにフリルのお尻を突き上げた。

この後の“4羽の雛の踊り”の時も、春奈さんのユニットの“大きな白鳥の踊り”の時も、舞台の左右に縦列で同様にポーズをとり、ユニットの踊りを盛り立てた。

春奈さんのユニットは4人とも上手かったが、春奈さんは格段に上手い。つま先もかかとの形も向きもきれいだ。それに彼女にはオーラと雰囲気がある。


再びオデット姫のゆったりとした幻想的なヴァリエーション (ソロ演舞)の後、軽やかな音楽のコーダ (幕締の華麗演舞)が始まった。

僕はこのコーダが好きだ。白鳥たちのこのコーダは大いに盛り上がる。


暫くの後、

“第4幕、小さな白鳥たちの踊り”で再度舞台に出た。春奈さんや高校生も加わり26人の大勢で一緒に踊った。

木管楽器の奏でる幻想的でやや寂しげなメロディが心地よい。

優雅にゆっくり変化するフォーメーションが見せ場の踊りでもある。

ゆっくりとしたテンポで、じっくりと踊りを見せることができる。

しっとりと、しなやかな踊りだ。



フィナーレが終わり楽屋に戻った時、今までとは違う達成感があった。

やり遂げたという満足感と、白鳥のバレリーナに成りきって踊れた自覚と、自身の技能も向上した自覚があり充実感があった。


「最後にこんなに良い舞台で踊れて・・。あなたのお陰」

と言って、上級生の一人が僕に抱きついてきた。

僕はどうしていいか分からず、腕を下げたままにしていたが、彼女が強く僕を抱きしめたので女性の体の柔らかさを感じた。

彼女はこの発表会を最後にバレエをやめると言っていた。以前、自分の素質の限界を感じているし、勉強もしなければとも言っていた。最後なので全力を発表会に注いでいたようで感極まったようだ。

由紀菜にも抱きつかれた。この時、意図せず肩の付け根に右手が触れてしまった。女体の弾力と柔らかさを指に感じた。


写真を撮る時、主演者でもない僕が

「あなたは今日の主役の一人よ」

と言われ、前列の中央付近の位置にされた。

女の子たちが纏まって良い舞台になった功労者で、影の主役という事のようだ。

ずっと残る写真なので、女の子を意識して、首を僅かにかしげ可愛らしい表情を作り、足もきれいに見えるように整えた。

由紀菜とのツーショット、春奈さんとのツーショット写真も撮った。

僕はたくさんの女の子たちから、一緒に写真撮ろうとお願いをされた。

「チュチュ姿のあなたと一緒の写真を撮らせて」

「一生の思い出になるわ」

「チュチュの可愛いあなたとの記念写真よ」

「あなたのお陰でこんな良い舞台になって。写真を大事にするわ」

写真を撮られる時は、足の位置や形にも、表情も可愛く写るようにも気をつけた。

言い知れない高揚感が続いた。



しかしこの後から、なぜか先程までの高揚感が急速に下っていった。

更衣室に戻ると、夢から醒めたような気分だった。

高揚感を呼び戻そうとしたが沸き上がらず、鏡の自分のチュチュ姿を見た時はむしろ白けた気分になった。自分のチュチュ姿を鏡で見ているうちに、さらに気分が下がった。

そして、脱いだチュチュやボディファンデーションをボーと眺めていた。

「俺は魔法から解かれたんだ。俺は男に戻ったんだ」

読んでくださり、ありがとうございます。感想、評価を頂ければ幸いです。

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