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みんなの広場の中央には、いつのまにか新しい円卓が置かれていた。


それは食堂の長机とも、討論会の壇上とも違う、少しだけ舞台に似た机だった。

木でできているのに、叩くと金属みたいに澄んだ音が鳴る。

誰かが指先でこつんと触れるたび、円卓の縁に小さな光の譜面が浮かんだ。


その日、エターナリア王国では、臨時の権利委員会が開かれた。


目的はひとつ。

**人と、動物と、物が、一緒に暮らしていくための、より細かな権利一覧を作ること。**


前に決めた大きな方針だけでは、暮らしの細部までは守れない。

「みんな」に入る者が増えれば増えるほど、曖昧な優しさだけでは足りなくなる。

優しさを、実際に使える言葉へ。

善意を、毎日の生活で困らない形へ。

そのための会議だった。


しかも今回は、ただの会議ではなかった。


エターナリア王国の文化の中心に、**音楽**を置くことも、同時に議題に入っていたからだ。


作詞家。

作曲家。

歌う者。

演奏する者。

録音する者。

聴く者。

踊る者。

そして、まだ言葉を持たないけれど、確かに音に反応する動物や、共鳴する物たち。


王国の誰かが言った。


「食べることと、遊ぶことと同じくらい、歌うことは暮らしの中心になるべきだと思う」


すると、広場の隅に置かれていた古いランプが、ぽっと灯った。

まるで賛成票みたいだった。


委員会には、いろいろな者が呼ばれていた。


人間の代表。

犬の代表として、首に青い布を巻いた老犬。

鳥の代表として、異様に発音のいい白いインコ。

物の代表として、長年みんなの声を聞いてきた意見箱。

さらに、舞台の床板、食堂のスプーン、図書館のドアノブ、録音用の小さな魔法機械まで列席していた。


誰が冗談で呼んだのかはわからない。

でも、会議が始まるころには、そこにいる全員が、呼んでよかったと思っていた。


最初に整理されたのは、権利の分類だった。


黒板には、大きく四つの見出しが書かれた。


**一、存在の権利**

**二、生活の権利**

**三、表現の権利**

**四、休息と拒否の権利**


委員長役になったのは、声の落ち着いた年配の女性だった。

ただし、議事録を書いていたのは人間ではない。

机の上に置かれた筆記具たちが、自分たちで勝手にすらすらと書いていた。


まずは、存在の権利。


「人は、もちろん人として扱われる」

「動物は、所有物ではなく、生きる感覚を持つ存在として扱われる」

「物は、ただの道具として乱暴に扱ってよいとはしない。少なくとも、長く使われ、関わりを持ち、言葉を持つに至った物には、一定の尊重を認める」


この一文で、少しざわついた。


ある若者が手を挙げた。

「でも、物にまで権利を与えすぎると、生活が不便にならない?」


それに答えたのは、意見箱だった。


「不便になるかどうかだけで決めるなら、弱い者はいつも後回しになります」


広場が静かになった。


意見箱は続けた。


「権利は、便利のためではなく、共にいる資格を乱暴に奪われないためにあります」


その言葉に、白いインコが「メイブン! メイブン!」と叫んだ。

たぶん「名文」の意味だった。


次に、生活の権利が話し合われた。


ここではかなり具体的な項目が並んだ。


人には、食事、住居、休息、学び、医療、表現、恋愛、沈黙の自由。

動物には、無理な労働を拒む権利、安心できる寝床、種ごとに合った食事、過剰な装飾を断る権利、嫌な触れ方を拒否する権利。

物には、意味もなく壊されない権利、過剰な酷使を避けてもらう権利、修理される機会を持つ権利、役目を終えたあと丁寧に眠る権利。


「丁寧に眠る権利って、いいな」


誰かが小さく言った。

それを聞いた古い椅子が、少しだけ誇らしそうにきしんだ。


そこで議題は、自然に音楽へ流れていった。


エターナリア王国では、歌がただの娯楽ではなく、文化の柱になる。

それはかなり前から、みんなの間で薄く共有されていたことだった。

でも、この日、初めてそれが制度として言葉にされようとしていた。


黒板の新しい欄に、こう書かれた。


**音楽文化基本条項(案)**


そこへ、作詞家の代表が言った。


「言葉を書く者の権利を守ってほしい。歌詞は、音に乗る前から作品です」


作曲家の代表が続けた。


「旋律や構成を作る者も、同じように守られるべきです。鼻歌みたいに始まっても、それは発明です」


歌う者の代表は、少し考えてから言った。


「そして、歌う者には、うまく歌う自由だけじゃなく、下手でも歌う自由が必要です」


その言葉に、広場の空気がやわらかく笑った。


ここで権利委員会は、音楽について細かな一覧を作り始めた。


**一、作詞家の権利**

言葉を勝手に改変されない権利。

名前を載せるか隠すかを選ぶ権利。

詩として書いたものを歌詞に使うかどうか決める権利。


**二、作曲家の権利**

旋律・和音・構成の創作を作品として認められる権利。

編曲される際に意思確認を受ける権利。

試作段階の未完成曲を、無断で流布されない権利。


**三、歌う者の権利**

声質を理由に侮られない権利。

歌い方の個性を尊重される権利。

歌いたくない歌を拒否する権利。

ライブ出演の安全を守られる権利。


**四、聴く者の権利**

静かに聴く権利。

踊って聴く権利。

感動したことを伝える権利。

ただし、作品や演者を傷つける形で消費しない義務。


**五、動物の音楽参加権**

動物は、鳴き声や足音や羽音を音楽表現として認められる。

無理に訓練されず、自発的に参加できる。

音に敏感な動物には、静かな区域が保障される。


**六、物の共鳴権**

楽器だけでなく、音を受け止める床、壁、椅子、ホール、録音機器にも、文化的な役割が認められる。

長く音楽文化を支えた物は、修理・保存の対象となる。

勝手に廃棄せず、引退の儀式を持つことができる。


そして、もっともエターナリアらしい条文が加えられた。


**七、配布の権利**

王国で作られた音楽は、mp3ファイルとして広く配布できる。

ただし、作り手の名前、関わった者の名前、動物や物の参加があればその記録も、可能な限り明記する。

音楽は独占物ではなく、文化として循環することを推奨する。

けれど、無断改変や成りすましは許されない。


ここで、年若い作曲家が立ち上がった。


「無料で広く配る文化と、作った人がちゃんと生活できることは、どう両立させるの?」


それは、会議の空気を一段深くする質問だった。


理想だけでは済まない。

文化を重視するなら、文化を作る者が飢えてはいけない。


しばらく黙ったあと、食堂の会計係が手を挙げた。


「王国の共有予算から、音楽文化基金を出しましょう。

配布は広く、生活は保障する。

人気だけに任せず、基礎文化として支えるんです」


「ライブも?」


「ライブも」


「地方の小さな歌い手も?」


「むしろ、そういう者から先に」


その瞬間、広場の空気が変わった。

拍手ではなかった。

もっと自然な、息の合う感じだった。

あちこちで、机や靴や羽やしっぽが、ばらばらに音を鳴らした。

でも、それが不思議とひとつの拍子になった。


委員会は、さらに続けた。


エターナリア王国では、ライブを頻繁に行う。

大ホールだけではなく、食堂、広場、学校、庭、橋の上、雨宿りの屋根の下でも。

重要なのは、上手さだけではない。

**そこに生きていることが、歌になること。**


だから、ライブに関する権利も加えられた。


観客は、演者を物のように扱わない。

演者は、観客を数字だけで見ない。

動物参加のライブでは、音量に上限を設ける。

物が疲れるほどの振動を与える場合、事前に保護措置を取る。

古い舞台や椅子には、定期的な休演日を与える。


「休演日がある舞台って、いいなあ」


誰かがまた言った。

今度は舞台の床板そのものが、少しだけ高い音で鳴った。


議論は夕方まで続いた。


細かな条文を作るたび、誰かが歌いだした。

完全な曲ではない。

短い確認の歌、保留の歌、賛成の歌、異議ありの歌。

議事進行のかわりに、音の断片が流れた。


「壊さないでね」

「無理させないでね」

「名前を書いてね」

「歌いたいなら歌っていい」

「眠りたいなら眠っていい」


気づけば、それらはもう歌詞だった。

作詞家が書き留め、作曲家が旋律をつけ、歌う者が声を重ね、老犬が低く吠え、インコが鋭く上をなぞり、意見箱は箱の響きで拍を刻んだ。

録音用の魔法機械が、かすかに震えながら、その全部を保存していた。


臨時の権利委員会は、ただの会議では終わらなかった。


それはそのまま、

**エターナリア王国最初の「権利の歌」制作会議**になった。


完成したばかりの試作音源は、その夜のうちにmp3化され、王国中へ配布された。

食堂でも、図書館でも、橋の上でも、小さな家々でも流れた。

まだ荒削りだった。

ところどころ声が外れていた。

犬の遠吠えが妙に目立つ箇所もあった。

意見箱の低音が大きすぎるという苦情も少し来た。


でも、誰もそれを失敗とは呼ばなかった。


なぜなら、その歌には、

「人だけの国ではない」

ということが、きちんと入っていたからだ。


夜、会議の最後に、委員長が今日の暫定結論を読み上げた。


「エターナリア王国では、権利とは、強い者が弱い者に与えるお情けではない。

共に暮らすために、互いの輪郭を壊さない約束である。

そして音楽は、その約束を、法律より先に、心へ届かせる文化である」


読み上げが終わると、しばらく誰も喋らなかった。


その沈黙のあと、

どこからともなく、小さなハミングが始まった。


ひとり。

一匹。

ひとつ。

またひとり。

また一匹。

またひとつ。


やがて、広場全体が、声とも音ともつかない合唱になった。


それは、王国が新しく何かを決めた音ではなかった。

王国が、少しだけ本当に生きものになった音だった。


1 臨時の権利委員会で作られた「権利一覧」の中身をさらに細かく詰め、罰則や救済制度まで含めた正式な権利憲章づくりに進む

2 王国で最初の大規模ライブを開き、人と動物と物が一緒に出演する“権利の歌”のお披露目公演を行う

3 mp3として配布された最初の楽曲が王国の各地でどう受け取られたのかを追い、音楽が暮らしをどう変え始めたかを描く


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