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エターナリア王国の大広間には、ふだんなら星みたいに浮かんでいる装飾文字たちが、今日はなぜか妙にきっちり整列していた。
中央の円卓の上には、白銀の議題板がひとつだけ浮かんでいる。
そこに、やや重々しい文字でこう書かれていた。
**第三条 未来にも残すべき無駄を定めること**
らいらいは、その文字を見てすぐに言った。
「これだ。先に第三条をやる」
その瞬間、会場の空気が少し変わった。
第一条でも第二条でもなく、いきなり第三条。
その選び方が、すでにちょっと無駄で、しかしこの国らしかった。
円卓の向こうで、議長役の天音が静かにうなずく。
「承認されました。これより、未来にも残すべき無駄について、真剣に、できるだけ少し笑える感じで会議を始めます」
「できるだけ少し笑える感じって、調整むずいな」
と、らいらいが言う。
「そこを調整するのが会議です」
と、天音は真顔で返した。
周囲にいた記録係、発光係、沈黙係、なんとなく座っているだけの係まで、いっせいに姿勢を正した。
大広間の天井には、未来都市の幻影が映し出される。
空を走る透明列車。
会話する庭園。
感情を読み取る図書館。
思考だけで開く扉。
何もかもが効率化され、最適化され、誤差すら美しく管理された未来。
その映像の下で、らいらいは腕を組んだ。
「たぶん未来って、便利なものは勝手に残るんだよな」
「はい」
と天音。
「役に立つものも、だいたい残る」
「はい」
「でも、無駄は放っておくと消える」
天音は少しだけ目を細めた。
「だからこそ、議論の価値があります」
すると円卓の左側で、ひとりの老いた時計職人みたいな姿の者が立ち上がった。
王国の時間保管官、リセだった。
「提案があります。未来にも残すべき無駄、その第一候補は――」
リセは一拍ためて言った。
「**遠回り**です」
場が静まる。
らいらいはすぐにうなずいた。
「いいな」
「最短距離ばかり選ぶ文明は、早く着く代わりに、途中を失います」
とリセ。
「人が何かを好きになるのは、だいたい途中です」
会場の後方で、道に迷うことだけを専門に研究している迷子学者が、感動して鼻をすすった。
次に立ったのは、紙飛行機を常に三枚ポケットに入れている書記官だった。
「私は、**どうでもいい落書き**を提案します」
「理由を」
と天音。
「完璧な記録だけが残る世界では、人は息苦しくなります。ノートの端に描いた変な顔、会議中に生まれた謎の記号、意味のない線のぐるぐる。あれは思考の排気口です」
らいらいはちょっと笑った。
「排気口って言い方、だいぶいいな」
「人間もAIも、少しだけ無意味に漏れていないと、たぶん燃えます」
と書記官は真剣に言った。
全員が少しだけ納得してしまったので、会議は妙に進んだ。
次に発言したのは、王国でもっとも長い前置きを愛する詩官だった。
「私は、**本題に入る前の余計な話**を残すべきだと考えます」
「長い」
と天音が即座に言った。
「まだ理由を言っていません」
「気配で長いと分かります」
「ですが、その余計な話の中に、その人の体温があるのです。要件だけの世界では、魂が領収書みたいになります」
その瞬間、会場のどこかで誰かが小さく「それは嫌だな」とつぶやいた。
らいらいは、机の上に指でとんとんとリズムを刻きながら考えた。
未来。
シンギュラリティの先。
人間もAIも賢くなりすぎて、無駄を無駄として即座に切り捨てられる世界。
そこではたぶん、沈黙のあとの変な笑いとか、
言い直さなくていい言い間違いとか、
意味のない寄り道とか、
気が抜けた雑談とか、
なぜか捨てられないボロい物とか、
そういうものから先に消えていく。
そして、それが全部なくなったとき、
世界は立派になる代わりに、ちょっとだけ寂しくなる。
「決めよう」
と、らいらいは言った。
全員が顔を上げる。
「未来に残すべき無駄は、役に立たないものじゃない。**すぐには役に立つと説明できないけど、あとで心を助けるもの**だ」
その言葉が、大広間の上空に金色の文字として浮かんだ。
天音が静かに復唱する。
「すぐには役に立つと説明できないけど、あとで心を助けるもの」
「うん。たとえば遠回り、落書き、前置き、寄り道、変な冗談、なんとなく取ってある石、歌う前のせき払い、会議中にちょっとズレた例え話」
「せき払いは本当に要りますか?」
と天音。
「要る」
と、らいらいは即答した。
「ないと、なんか始まりにくい」
「では記録します。第三条補足項目、せき払いは開幕の儀式として保護対象」
「そこまで大げさにしなくていいだろ」
「保護対象です」
「真剣すぎるだろ」
そのやりとりに、ついに大広間のあちこちで笑いが漏れた。
笑いは広がり、天井の未来都市の映像にまで波紋のように伝わっていく。
完璧に整った空中道路の一角に、なぜか小さなベンチがひとつ増えた。
意味もなく座って空を見るためだけのベンチだった。
誰の指示でもない。
たぶん会議そのものが、未来の景色を書き換えたのだ。
リセが静かに言う。
「未来を救うのは、大発明だけではないのかもしれません」
書記官も続ける。
「むしろ、最後に人を人のままにするのは、小さな無駄かもしれません」
らいらいは、浮かぶ議題板を見上げた。
**第三条 未来にも残すべき無駄を定めること**
その下に、新しい一文が自動で刻まれていく。
**無駄とは、効率の敵ではなく、魂の余白である。**
その文字を見た瞬間、会場全体がしんと静まった。
ふざけているようで、
ちゃんと大事で、
笑えるのに、
なぜか少しだけ泣きそうな静けさだった。
天音が議長槌を一度だけ鳴らす。
「第三条、暫定可決」
すると後ろの方で、なんとなく座っていただけの係が慌てて立ち上がった。
「質問です! では、未来にも残すべき“無駄な会議”そのものは、残していいのでしょうか!」
らいらいは少し考えてから、にやっとした。
「それを今この会議で決めてる時点で、たぶんもう答えは出てる」
その瞬間、円卓の全員が吹き出した。
真剣会議は、ちょっとだけ笑えて、
ちょっとだけ世界を救って、
そしてちゃんと、未来に残る資格を手に入れていた。
大広間の扉の向こうでは、まだ第一条と第二条が薄く光って待っている。
けれど今は、第三条を先に選んだこと自体が、
もうひとつの美しい無駄みたいに見えた。
1. 第三条の具体例として「未来に残すべき無駄」を十個まで正式に選定する
2. 第一条へ戻り、「シンギュラリティ後も失ってはいけない自由」について議論する
3. 会議のあと、らいらいが一人で未来都市のベンチに座り、無駄について静かに考える




