表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音に囚われる街  作者: TOMMY


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

問題

「いててっ」


バットで打たれた腹部の痛みは、じんじんと残っていた。

脈打つたびに、腹が千切れるように熱い。


「救急箱と松葉杖を!」


学生たちの声が教室に響いた。


「大丈夫ですか?」


ペンライトを持った学生は、私の身体を優しく起こし、湿布や包帯で丁寧に介抱してくれた。


私は松葉杖をもらい、かろうじて立つことができた。


「ありがとう。もう、大丈夫だ」


松葉杖はぎいと床を鳴らす。

その音だけが、やけに大きく響いた。


「久しぶりに外の人と会話できて、安心しました。怪物はもう、消えたのですか?」


首にリボンのついた学生服を身に纏う、女子学生は、明るい声を出した。


私は黒い染みが消えた床をライトで照らし、何もないことを確認する。


「もう、大丈夫だ」


教室には、四人の男子と二人の女子。

六人の学生が、私を心配そうに見つめていた。


男子はみんな、一様に金属バットを持っていた。


体格の良い学生は深々と頭を下げた。


「ごめんなさい」


冷たい風が校舎を駆け抜ける。

背筋がざわめく。

この感覚は──

真希が消えたときと同じだ。


私はその学生をなだめる。


「それ以上、言わなくていい!」


頭を上げた学生は、申し訳なさそうに口を開く。


「でも、おじさんの姿は──」


その瞬間、大きく空間が歪んだ。


とっさに手を伸ばした。


その学生を強く押した。


……つもりだった。

けれどもう、そこには、誰もいなかった。


「……間に合わなかった」


話し声で溢れていた教室には、嘘のように静かになった。


「くそ!いったいこれは、なんなんだ」


声は、誰もいない廊下へ吸い込まれていった。


その静寂の奥で、骨が一度だけ、乾いた音を鳴らした気がした。


──私は松葉杖を突きながら、校舎の中を調べた。


職員室を調べる。

そこには生徒の成績や授業内容の資料が事細かく残っていた。

机の下にも、ゴミ箱の中にも、特に変わった様子はない。

証拠となるものは、残っていない。


「先生が生徒に何かできるとすれば……」


嫌な予感が頭をよぎった。

私はある部屋に向かう。


そこはまだ、ツンとした消毒薬の匂いがわずかに残っていた。

ベッドはバネがむき出しになり、カーテンはぼろぼろに朽ちている。


保健室。

怪我の多い野球部の生徒はよく訪れる場所。


机の引き出しや戸棚を調べる。

だが、目立った痕跡は何もない。


ゴミ箱の中を探る。

すると、繊維のほつれたガーゼに混じって、細長いプラスチックが入っていた。


尖った細長いプラスチック。

くすんではいるが、白だったと思われる。

底面には小さな穴が空いている。


私はその画像を礼子に送った。


ポコン。

”合致した”


やはり。

これは注射針を保護するプラスチックカバーだ。


ゴミ箱を逆さにする。

中身が床にばらばらと落ちた。


そこには六本のプラスチックが転がっていた。

── ちょうど、あの教室にいた生徒の数と同じだった。


私はそれをポケットに押し込んだ。


「これを使って、生徒に何をさせていたんだ?」


ポコン。

スマホが鳴った。


礼子からチャットが届いた。

”注射器で襲われた?”


礼子も推理を始めている。

しかし、それは違う。


思えば、襲ってきたのは学生たちで凶器は金属バットだった。

それが、この学校で行方不明になった原因なのだろう。

けれど、なぜ学生たちは、人を襲う必要があったのだろうか。


先生に言われたから、とは到底思えない。

話のわかる優秀な学生たちだった。


それに一瞬だけ、学生の姿が見えたとき、私を見た顔は、

……驚いた顔をしていた。


その瞬間、頭の中の記憶が次々に蘇っていく。


「でも、おじさんの姿は──」

学生たちの言葉。


「あのときの累さんは──」

真希の言葉。


「おじさん、どこから来たの?」

子どもたちの言葉。


──私は、

人間ではなかったのかもしれない。


その時、きぃと金属が揺れる音がかすかに校庭から聞こえた。


ライトを向けると、

誰もいないブランコが、静かに揺れていた。


「そうか……前に進みたかったら後ろに進め、か」


私は礼子に電話をかけた。


「寺に預けた子どもたちに聞いてくれ。

私があの子たちに会う直前、

何を脅かしていたのかを」


電話を切る。

私は松葉杖を突きながら、事務所へ急いだ。


明らかに闇に潜む何かは、我々に敵意を向けている。


霊を押しつぶす歪み。

地縛霊を使った強襲。


廃寺を調査している先輩は無事だろうか。

いや、きっと、どうにか切り抜ける。

先輩はそういう人だ。


それよりも、真相に迫ろうとしている礼子が心配だった。

襲われない根拠は、ない。


──事務所に戻ると、正面の扉が開いていた。

私はそこに飛び込む。


コツン。

革靴を響かせる。


室内はまるで嵐が過ぎ去ったかのように資料が散乱していた。


「礼子!どこだ!?」


返事はない。

キーボードを叩く音も、呼吸の気配も。


倒れたモニター。

粉々に割れたコーヒーカップ。

床に溢れた珈琲にはまだ、温もりがある。


ぎぃと、虚しく床が鳴った。


私は事務所を飛び出し、周囲を見渡した。

礼子はいなかった。

いや、倒れていなかった。


それなら、近くに逃げ延びている。


すると、ポコンっとスマホが鳴った。


チャットには”公園に来て”と礼子から連絡が入っていた。


腹部の痛みと疲れが全身を覆う。

身体の感覚は、ほとんどなくなっていた。


──公園に着くと、そこにはブランコに座る礼子が見えた。


「礼子!無事か!?」


礼子はノートパソコンを膝に乗せながら、ひらひらと手を振ってみせた。

けれどその顔は、ひどく怯えている。


きぃきぃと隣のブランコは前後する。

そこには少年がブランコを漕いでいた。

けれどその音は、少年の動きと合っていなかった。


「あはは。進めば戻るのは当たり前ですよ」


その声は耳に重くのしかかり、少年の視線は凍りつくように冷たい。


「それに、遅いですよ。累さん。

待ちくたびれて、襲っちゃいました」


少年の足元には黒い染みが集まっていた。


「どういうことだ?」


少年はピタリとブランコを止めた。

最初からブランコなど、動かしていなかったかのように。


「鈍いですね。

僕が黒い染みの創造主。

あなた方の探している”先生”です。

その名前は好きではないですがね」


少年はぴょんとブランコから降りた。

そして、礼子の肩に手を置いた。


「痛っ!」


その瞬間、礼子は苦悶の表情を浮かべる。

肩に黒い染みが取り憑いている。


「でも、まだなのです。あなた方にはもう少しだけ、仕事をしてもらわなければなりません」


「礼子を離せ。お前の目的はいったい何だ!?」


少年は小さく笑う。


「問題を一つ出します。それに正解できれば礼子さんは解放しますよ」


礼子の顔はどんどん青白く変わっていく。


「それはなんだ?」


「ははは。やる気があって結構。

では、地縛霊たちはなぜ、人を襲うのでしょう?

チャンスは一度きりですよ」


我々の動向をすべてわかっているかのような問。

その答えは、なんとなくわかっている。

浄化する音を聞いていない彼らは、私を人として見ていない。


けれど、それが何なのかは、まだわからない。

子どもたちだけが、その答えを知っている。


礼子のノートパソコンには、その答えがあるのかもしれない。

けれど今、下手に動けば何をされるかわからない。


「もーいーかーい?」


少年は礼子の肩を強く掴む。

礼子の身体は小刻みに震えている。


私はこれまでの記憶を辿った。

ふと、病院の少女の言葉が蘇ってきた。


「……怪物はもう、いない?」

「おじさんとの遊びは怖いから嫌」


地縛霊たちは私を何かと錯覚していた。


……おじさんとの遊び


かくれんぼ

追いかけっこ


私は──


「もーいーかーい?」


少年は礼子の肩に力を込めた。


「まて!わかった」


鼓動が唸る。


「答えは──」


一拍。


「鬼だ!」


ぬるい風が公園を通り抜けた。


少年は、手を叩いて大きく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ