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音に囚われる街  作者: TOMMY


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6/10

病院

暗闇が怖くないと言えば嘘になる。

けれど、長年幽霊と語り合ってきたのだ。

いまさら、こんな病院如きで──


ぴちゃん。


足が震えた。身体が急に固くなる。

ただの水滴だ。

なんでもない。

……なんでも、ない。


暗闇を見つめると、そこに吸い込まれるように歪んで見えた。

急に乾燥した埃の匂いが鼻にまとわりついた。


カランッ。

何かが転がる音。


とっさにペンライトを付けた。

そこには針の折れた注射器が転がっていた。


カッ。


ぎぃ、ぎぃ。


ドンッ。


立て続けに音が鳴る。

そのたびに心臓が唸る。

わかっているのに、反応してしまう。


しかし、やり過ぎた演出に、その正体が少しだけわかった気がした。


「ははっ。何ビビってんだか。忘れるな累」


カツーン!

暗闇に向かって革靴を踏み鳴らし、大きな声を出した。


「幽霊には足がない。だから足音もない。

だから、靴を鳴らす。それが私の役目だ。

現われろ!物好きな幽霊ども。相談なら乗ってやる」


革靴の音が室内に響き終わると、ペンライトをゆっくりと動かした。


そこには、何人もの子供たちが隠れていた。

私は口角を上げ、明るい口調を意識する。


「みーつけた!」


子供たちは驚いたように顔を上げる。


「おじさん、僕らが見えるの?」


6人の少年少女。

幼さの中にも、しっかりとした自我がある。

小学校高学年といったところだろうか。


「見えるさ。それに──ほら、会話だってできる」


子供たちは一斉に私の元へ駆け寄ってきた。

しかしその目は、どこか戸惑っているように見えた。


「おじさん、どこから来たの?」


私はその言葉に、わずかに違和感を覚えた。

何を知りたいのだろうか。

私は「遠くからだよ」とその問をあしらった。


「どうして、脅かしてきたのかな?」


子供たちは、言いよどむ。

すると背の高い一人の少女は口を開いた。


「そうすることで、私たちは少しだけ自由になれるんです。

……怪物はもういない?」


彼女がそう言った途端、他の子供たちは怯え始めた。

まるで、誰かに言ってはいけないと念を押されているかのように。


……さわさわ、さわさわ。


何かが擦れる音が小さく聞こえた。

私は無理やりにっと笑い、足を振り上げた。


「おじさんはね。みんなと遊びに来たんだよ。さぁ捕まえてごらん。

おじさんを捕まえたら、オモチャをあげるよ」


子供たちはまったく反応がなかった。

下を向いて固まったまま、動こうともしない。


カッ、カッ、カツン。

タッタカタン。


私はその場でリズムを踏んだ。


「この曲……知ってる。ゲームの曲だ」


子供たちは少しだけ目を輝かせた。


「ほら、こっちだ!」


私は病院の奥に走った。

革靴が小気味よい音を立てるように。


それと同時に、背骨へ寒気が走った。


「血をくれよ」


重たい声が頭に響く。

周囲がパキパキと凍るように空気が肺を刺す。


「──うらやましい。手を、足を、よこせ」


ペンライトの端に黒い染みが映る。

何人かの少年たちは、私を追ってきた。


私は、黒い染みが少ない場所に向かって、走り込んだ。


「おじさん、待ってよ!」


小さく笑みをこぼす子供たち。

しかし、寒気は収まらない。


この場を祓うには全員の力が必要だ。

走りながら子供の数を数える。

一、ニ、三。


黒い染みは、その数とは比較にならないほど増えていく。

壁も床も、天井さえも覆っていた。


四、五。

……一人足りない。

振り返ると、動いていない影がかすかに見えた。


走りながら、ペンライトの乱れた光を向ける。

そこには、最初に話してくれた背の高い少女が、うずくまっていた。


「……っ!」


足が、動かない。


足元の確認が漏れた。

黒い染みが私の足を掴む。


一瞬にして全身が氷のように固まった。

胸を針で貫かれたような痛みがかけめぐる。


視界が赤く明滅した。

このままでは、子どもたちも飲み込まれてしまう。


千切れるような足の痛み。

足から侵食する黒い染み。

革靴が持ち上がらない。


「──おいていけ」


声は大きくなっていく。


そのとき、ポケットの中が熱を持った。

かろうじて動く指先でそれを探る。


ゴツゴツした手触り。

それは少年からもらった骨だった。


私はポケットの奥底から、骨を指先だけですくい取る。


「……っ!」


全身を貫く痛み。

それは、指の力を奪っていった。

骨が、指先を離れた。


カツーン。コロン。


その骨は床に大きな音を響かせた。

瞬間、黒い染みが引いた。

少しだけ痛みが、弱まっていく。


「おじさん捕まえたー!」


小さな少年は私の足に飛びついた。

私は痛みに耐えながら慎重に声を紡いだ。


「捕まったー!君が一番だ。

一つだけ教えて。あの子は、何が好きなのかな?」


私は俯いた少女を指差した。


「うーん。なんだろうな……」


ズキズキと足が痛む。

視界はほとんど見えない。

黒い染みはまた、忍び寄ってくる。


「あっそうだ、花火!」


それを聞いた瞬間、全身の痛みを堪え、少女に向けて言った。


「さぁ!光のマジックだよ」


少女は少しだけ、視線を上げた。

私はペンライトの光を消し、それを上空に投げた。

そして床にへばりつく革靴を両手を使って持ち上げた。

……タイミングを見計らう。


失敗は、できない。


カツン。

カチッ。


革靴の音と同時に、床に叩きつけられたペンライトのスイッチは入った。


跳ね返るペンライトは病院内をピカピカと美しく照らした。

他の子供たちもようやく追いつき、私は押し倒された。


「ははは。すごーい。きれいだね」


少女は嬉しそうな声を出す。

みんなの笑い声が病院に響き渡る。

子どもたちの目の輝きを見て、私はそっと目を閉じた。


──「おじさん!オモチャはー?起きてよ!」


子どもたちは私を囲んでいた。

その顔に以前の怯えは消えていた。


私は身体を起こし、子どもたちの安全を確認した。そして明るい口調のまま聞いてみた。


「ここに、先生はいる?」


すると、背の高い少女は首を振った。


「いません。ずっとずっと前に、どこかへ行っちゃった」


子どもたちの顔は、少し悲しそうな顔に変わった。


「先生は最後になんて言ったか、覚えてる?」


少女はコクリと頷く。


「何かが来たら脅かせ。そうすればいつか、外で遊べるようになる」


それは残酷な言葉だった。


さらに少女は続けて言う。


「でも、おじさんとの遊びは怖いから嫌」


私は少し、嫌われているようだった。

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