忠告
遂に、とうとう見つけ出した——
やり遂げた——
また余計な問題が噴出すると分かっていても尚、フィデリオは無理難題を解いた爽快さを、神妙な面持ちの奥歯で味わっていた。
かの夫人は微かに興奮している様に見えたが、取り乱しはしなかった——
『母の事が知れて、大変光栄です。とはいえ、フェルゲイン侯爵の家に嫁いだ今の私には……』——ザイラは繕ったような微笑みでそう言い淀み、その後表面上だけのお茶を楽しんだ。
帰りがけにフィデリオ達は、踵の低い婦人靴をザイラに用意した。
大変驚いたザイラはお決まりにように強く固辞したが、最終的には折れて笑みを浮かべその厚意を恭しく受け入れた。
けれど、ザイラの血の気の無い仮面のような顔を、フィデリオは見送った後も忘れられない。
フィデリオが元いた部屋へ戻ると、残された問題と、新たに発生した問題に爽快さは消え、重苦しいさが鉛のようにのしかかってくるので、堪らずフィデリオは行儀悪くソファへ体を沈めた。
問題は山積みだが、まず一番近い所からフィデリオは取り掛かる。
『レオよ』
いつも側に控える側近を、フィデリオは軽く睨みつける。
『フェルゲイン夫人を口説けとは言ってないぞ』
色仕掛け、はこの男の得意分野だ。
時に人種を超えあらゆる情報を収集する能力は他の誰にも真似できないであろう。
しかし、今回の問題は非常に繊細だった。
そして、あの忌々しい楽園とは名ばかりの代物が、更に事態を複雑にしかねない
『いくら夫に相手にされていない気の毒な妻であっても、相手が悪い。いつも通りにはいかないのだ。
あの夫人はフェルゲインでありローリーだ。しかも……上手く事が運んだとして、彼女はマルガリテスの血筋。手を見誤れば、姉上の煩いが増える』
減らそうと思っても、次から次へと問題が起こる。だが、確証が得られただけでも良き手土産にはなる。言い訳、にもなり得るが——
『……』
何も言わずにに黙り込んでいる側近をフィデリオはふと見やる。
『フェルゲイン夫人の姉であるフォーサイス夫人も同じロケットペンダントをお持ちと言っていました。ということは、マルガリテスの血筋です』
レオは淡々と、どこか心あらずの様子でどう言った。
『……』
フィデリオの中に、沸々と湧く怒りの蒸気が籠り始める。
『あのフォーサイス卿のことです。何か知っていたとして、奥方のことを外に漏らす気は無いでしょう。何よりフェルゲイン夫人の容貌は、トロメイから渡された肖像画そのもの。父親の件は分かりませんが、何とも皮肉なものです』
フィデリオは改めて、クレイグの熱の無い澄まし顔を思い出し、体の中で怒りで血は沸騰し、その水蒸気は爆発しそうになっていた。
だが、ふと冷静に考えると、レオが随分饒舌なことに気づく。
レオは普段感情を余り外に出さない。側近として、護衛として、そう訓練されて育った。だが親しい人間が居ると、ふとその感情の一端が漏れ出ることがある。
『……お前もクレイグにイラついてるのか?』
『まさか。あり得ません。卿は昔も今もそういうお方です』
この側近は何を考えてるか……——
なぜそんなに苛立っているのか——
フィデリオは暫し考える。
まさか……——
『……最近、私が留守の間、外でチョロチョロしているらしいな』
返事もしない側近を、フィデリオは睨み続ける。らしくも無い……——フィデリオは呆れた様に溜め息を吐いた。
『まさか本気じゃないんだろ?トロメイだのフェルゲインだのフォーサイスだのと、荊棘の中に立つ人妻だ。……確かに、この国の男は見る目が無い。夫人は童話の女神の如く美しい。それは認めよう。
アイヴァン・フェルゲインの愚かさに、苛立つのも分かる。
だが、わかっているはずだ、お前には無理だ。女の肌が恋しければ幾らでも抱いたらいい。だから……もう、やめておけ』
忠告はしたぞ、という目でフィデリオは側近を再度睨みつけた。
相変わらず反抗的に目は逸らしたままさ。
フィデリオはこの鷲の目の男が素直に忠告を聞いてくれると願っていた。




