警告
「っ——度が過ぎていますよ」
ザイラは銃身を強く掴み、努めて冷静に言ったつもりだ。
「動きが速いな。さすがコナー将軍の姪だ。田舎でお転婆してたというのは本当みたいだな」
ドゥガルのなんでも知っているというようなその口ぶりに、ザイラの手は小刻みに震えそうになる。
「弾は入ってない。冗談だ」
ドゥガルはそう言うと、ヒョイっとご自慢の連発銃の銃口を上にあげた。いとも容易く、ザイラの手が銃身から剥がされて銃口は空を向く。
ドゥガルは笑みを崩さないまま銃を脇に差し直して、降参というように両手を上げてみせた。
「……何のつもりですか?鹿も、見ていないのでしょう?」
ザイラの首筋に汗が滴る。体から血の気という血の気が引いているのに、体は熱く、鼓動は鼠のように速い。
この男、やはり頭おかしいのか?
ロシーンを構っていたが、あれは本当に何か性格破綻者であんな事を……?——ザイラの頭はフル回転であらゆる可能性を予測した。
この状況をどう切り抜けるか、ドゥガルは話が分かるのか単にサイコパスかで、ザイラの命の保証があるのか無いのかも変わってくる。
ザイラの心臓を打つ音は強く、大きくなった。
「すまないな。嫁殿と話したかったのだ。誰にも聞かれない場所で。アイヴァンが張り付いてるのでこんな手荒な真似をした。申し訳ない、この通りだ」
ドゥガルは片手を胸に添えて、恭しく腰を深く折った。その動作さえ、わざとらしく見える——
「……話?脅しではなく?」
ザイラもすんなり謝罪を受け取る気にはなれない。
鼻で小さく笑う様に、謝罪を切り捨てて見せた。
「言い得て妙だ。嫁殿がどう思うかは嫁殿が決めれば良い。俺から言えるのはフェルゲイン侯爵家にはくれぐれも気をつけろ、ということだけだ」
見ているだけで不安を抱くあの赤銅色の眼を持つ男、フェルゲイン侯爵——とはいえ、北の氏族の有力者からまさかそんな言葉が出ることに、ザイラは驚き、目を見開く。
「なぜそんな事を言うんですか?私がアイヴァン様……夫に言わないと?義父であるフェルゲイン侯爵に言いつけないと、なぜ思うのですか?」
わざと夫や義父という言葉を使い、ザイラはドゥガルの真意を見定る。
「嫁殿とアイヴァンの結婚がそれほど順調では無いのは知っている、大方予想もしていた。
嫁殿と結婚する時も随分揉めたからな。
最近アイヴァンが南方に派遣されただろう?あれは侯爵から息子への警告だ。アイヴァンは侯爵に従順な息子だが、結婚だけは頑なに嫌がった。あの看護婦の娘に、随分と執心していたから」
何も考えて無いような顔をしてのらりくらりしているような雰囲気なのに、隅々まで知っているとは——その情報網にはザイラも恐れ入った。
ドゥガルの話を信じない訳では無いが、確かに嘘には聞こえない。
「断固としてアイヴァンが首を縦に振らないので、侯爵もそれらしい手に出た。看護婦の娘を南方に派遣させようとしてたんだ。しかも、前線にな。
アイヴァンには相当堪えただろう。身を持ってその危険を体験してるんだから」
フェルゲイン侯爵は、ミア嬢の命を人質に取って、早急にザイラと結婚させたということだ——
ザイラの激しく脈打つ心臓がギュッと掴まれる。
今フェルゲイン侯爵は軍の大臣も務めてると聞くから、難しいことでも無いだろう——だが息子までまた危険に晒すとは……——
ザイラは苦々しい顔を隠すため顔を下に伏せる。
胸の奥が苦しく、何度もジリジリと焼ける感覚がザイラを襲ってきた。
「嫁殿がアイヴァンをどう思っているかは知らない。 ただ、フェルゲイン侯爵は手段を選ばず、1番合理的な方法をいつも取る」
あの蛇に例えられる人物なら、息子の命も厭わない父親なら、そうだろう——
「侯爵は、侯爵家を繁栄させる事に執心してるんだ。 そのためには誰の命も人生も犠牲にしようと厭わない。それは嫁殿も同じだ。嫡男のエドガーが居ればまた嫁殿の今後も変わるかもしれないが……まぁいい、エドガーの話はまた別だ。嫁殿がアイヴァンの跡継ぎを産めばまだ良いだろう。だが、あの血統主義の侯爵が異国の血をそう易々と入れるとも俺には思えないし、アイヴァンに種馬を期待するのは……まぁ無駄だろうな」
呆れた様に鼻から息を吐いてドゥガルがそう言い切る。
「…今、侯爵がしたい事も大体分かってる。
北の氏族の影響を受けず、より大きな富を得て、今までの北の氏族達とのパワーバランスを変えたいんだ。
そうすれば侯爵家の歴史に名を残すだろう。そして俺たち氏族は特殊な立場から対等に侯爵と話せた訳だが、これからは侯爵の顔色を伺い、おべっかを使わざる得なくなる」
それはそうだ。今や軍のトップであり王国を牛耳っているのだから。これで諸外国へ影響まで与え始めたら、とてもじゃないが北の氏族なぞ吹いて飛ぶ存在になるだろう。
「なぜ侯爵は…そこまで…」
思ったことが不意に言葉に出てしまっていた。
「さぁ?自分で自分を認められないんじゃないか。だから躍起になってるんだろ」
「…どういう意味ですか?」
あれだけの大貴族がなぜ今以上貪欲に執心するのかザイラには分からない。
「戦時中にもう少し名誉を得られれば…変わってた、かもしれないが。
いくら戦果を上げても名誉も人望を得れなかった。
なぜか?コナー・ローリーが居たからさ。」
確かに国の英雄といえばコナーが出てくるだろう。戦果で言えば、ずっと侯爵の方が上げていたのかもしれない。
だが、犠牲が多過ぎたのかもしれない、とザイラは思う。
人の命を奪う最短距離を行けた人が侯爵なら、奪う前に苦心し奪わず奪われずの策を捻り出すために、あえて遠回りをするのがコナーだ。
「…ではこの政略結婚は……コナー叔父さんへの当てつけもあると?」
「そこまでは分からない。むしろ今はローリーの名がつく娘が手に入って満足してるかもしれないし、そうでないかもしれない。」
愚かなローリー伯爵を使ってコナー・ローリーを出し抜いたとでも思うのだろうか…
「…そもそも今侯爵家はこれだけ盛えてる訳だが、元々そうだった訳じゃない。今の侯爵夫人は3人目だが、その前の2人の夫人は病死と出産時の事故で亡くなってる。」
どこかで3人目だとは聞いた気がしたが、あまり興味が無くて聞いていなかった話だ。
「前の夫人は2人とも資産家の一人娘だったから、侯爵は莫大な遺産を手にしてそれを元手に豊富な資源をより多く開発する事が出来るようになった」
「まさか…殺したとでも言うんですか?」
ザイラの体中から血の気が一気に引く。
「いくらなんでも…出産なんて…自分の子供まで…」
ガタガタと体が震え出した。
「あり得る。理由もある。侯爵は子供を成せない」
頭をガンガンと大きな衝撃が何度も襲う。
それ以上話さないでほしい。知りたくも無い。知ったらそれこそ、その事実に怯えて息も出来なくなりそうだ。
「何を…言って…」
ドゥガルはまるで世間話をするようにペラペラと喋り続ける。
「安心していい。血筋でいえば傍系だがフェルゲインの血は流れてる。だがそれを知ってる者は大半もうこの世には居ない。居ても夫人のように石のように口を閉ざして墓場まで持ってくからな」
だから…似ていない?
夫人は3人子供を産んだ。3人も産んだのだから。それは侯爵も了承済みだったに違いない。
跡取りの居ない侯爵家当主という名をどうしても避けたかったのだろう。
「子を成せない、侯爵にとってはそれは何より認められない現実なんじゃないか?
これだけの事を成し遂げる事が出来る人間が、1番大切な務めは果たせない。
当たり前の事が出来ないんだ。
そして…この話はもうほんの一握りしか知る者はいない…それはなぜか、分かるな?」
殆どを、侯爵が、
消してしまったから…
「…なぜそんな事、私に……」
もう何度目かの同じ質問をポツリと繰り返す。
「この話を漏らす者は居ない。決してな。もし噂が広がったら、嫁殿しかいないだろう。
これは俺たちだけの秘密、というやつだ。」
脅している。
なんのために?
「何をお望みですか?」
嫌な汗がダラダラと体を伝っていく。
「それが、なーにも無い」
ドゥガルはくるりと一周して倒れた木を椅子にして腰掛けた。
「は?」
思わずマヌケな声が漏れた。
「強いて言うならロシーンが嫁殿をとても気に入っているから。あとは、願掛けみたいなもんだ」
あっさりとしたドゥガルの態度にザイラは困惑する。
「俺たちだって何も手を打ってない訳では無いんだ。将来のことは分からないが、ロシーンには何の憂いも無く共に生きて行って欲しいと思ってる。
そうなるように、今嫁殿に言っただけだ。
叶えられるように、願掛けだ。」
あとは…
とドゥガルは続ける。
「もし嫁殿が危ないと感じたら、迷わず逃げろ。侯爵は容赦しない。嫁殿は用済みと侯爵が判断すれば…」
その先は言わなくても分かる。




