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雨模様の引っ越し

 ふわっと設定です。

 物語の進行上 暴力、薬物、その他不快な表現があります。R15なのでご不快に思う方はUターンして下さい。


 のんびり更新です。

 アルファポリス様にも載せさせていただいてます。



 汽車を降りると王都は雨だった。


 なんだか先行き不安になるなぁ…


 ザイラ・ローリーはため息を吐いて侍従に促されるまま迎えの馬車に乗り込む。

 ひょっとしたら迎えに来るのかもしれない、と思った婚約者は当然のように現れなかった。

 その事にホッとしている自分がこの先上手くやっていけるのかと余計に不安を煽る。


 出来る限り関わらないようにしてきたのに、まさかヒロインの相手であるメインキャラクターと婚約する事になるとは誰が予想出来ただろう……——

 前世はしがないどこにでも居るような30代独身女性の斉藤 夏帆の唯一の楽しみは、手に取った本の世界に入り込むことだった。

 最新のウェブ小説から難解な異国の本、古典、ジャンルは問わない。新しいものから遥か昔の作品まで、気になったものは手当たり次第時間が有れば読み込んできた。


 文字の羅列は、しがない平凡な人生を送る自分の手を掴み、予想も出来ない違う世界へ連れて行ってくれる——


 そんな時間が好きだった。

 確かに好きだった。


 けれど、まさかこんな事が自分の身に降り掛かるなんて、予想外にも程がある。



 

 ——この世界は転生前の自分が読んでいた恋愛小説の世界だと気付いた時、夏帆は随分と取り乱したが、なんとかここまで生きてきた。

 

 問題は、小心者の夏帆が作品の最後が一体どうなるかを読んでから小説を読む習慣があったこと——

今回も勿論ヒロインカップルのハッピーエンドを知ってから読み始めていたところだった。


 物語の冒頭でヒロインである王国一の美女と名高いローリー伯爵家の長女アレシア・ローリーと運命の相手となるフェルゲイン侯爵家の次男アイヴァン・フェルゲインは久々の再会を果たすが、アレシアの妹であるザイラ・ローリーは突然自ら命を絶ってしまう所から物語は始まる。


 なんで?どうして?どうなっちゃうの?


 という所で自らも不慮の事故で呆気なく亡くなってしまったので、転生してから先の事はさっぱり分からなかった。

 なので本来居ないはずのザイラが本編に影響しないように、出来る限りの事をしてきたにも関わらず……なんでこうなってしまったのか。

 

 ——二人はハッピーエンドだったはず

 そのはず、だったのに……——



 夏帆、元よりザイラが馬車を降りた先は品の良い都会的な建物の前だった。促されるまま中へ通されると、むわっと甘い香りが鼻を突き抜ける。


 まるでスイーツ店だ——

あまりの香りにザイラの顔は周囲にバレない程度に一瞬だけ歪んだ。


 使用人が数人玄関の広間へ並び、ザイラはそれぞれと軽く挨拶を交わした。だがほとんどの使用人はザイラを一瞥(いちべつ)するとすぐに目を伏せる。


 この反応は慣れたものだ。


 実家であるローリー伯爵家でも姉のアレシアと兄のフィアニス以外は父親であるブライアン・ローリー伯爵も同じような目でザイラを見る。

 

 軽蔑——なんだろうな、やっぱり——

 

 割と冷静にそう思えるのは夏帆が30代まで生きた人生経験と生来の性格だろう。


 人は産まれながらにして不平等だ——


 ザイラはこの世界で、それを嫌というほど再認識した。


 黒に近いダークブランの癖の強い髪、貴族令嬢の白く輝く肌とは真逆の日焼けしたような淡い小麦色——

 顔立ちはパーツがハッキリとしていてどこか異国の血を感じさせる。


 海の向こうの大国、エルメレ人の特徴そのものだった。真っ青な目だけはこの王国にも馴染みがあるが、小麦肌のザイラではその淡濃入り混じった青さが際立って目立つ。

 今でこそ争いが収まっている国同士だが、長い間大小様々な争いがあり、未だにお互いを快く思わない人間は多かった。


 ザイラの外見の特徴の記述は黒髪とぽっちゃりした体型位だったので、最初は周りと違うこの姿を鏡で見て夏帆は目玉が飛び出るほど驚いたものだ。




 血筋にエルメレの血が入っていたのか……それともザイラを産んですぐ亡くなったという母が……?

 ——いや、やめておこう


「長旅でお疲れではありませんか?お部屋にすぐご案内します」

 唯一感じの良い対応をするアンナと紹介された侍女は、ザイラを自室に案内する。部屋までの道すがら簡単な屋敷の説明もしてくれた。


「アイヴァン様もお仕事が落ち着き次第こちらにいらっしゃると仰ってましたので、その間は私達で精一杯お世話させていただきますね。何でもお気軽にお申し付け下さい」

 アンナの人懐こそうな笑顔でザイラも緊張が少し解けた。


「ありがとう。じゃあお茶をいただける?」


「かしこまりました。すぐにご用意致します。では荷解きのお手伝いはこちらのベロニカがさせていただきますね」

 アンナのそばに控えていた焦茶色の髪をしたもう1人のメイドが軽く頭を下げた。


 アンナが出て行って部屋を見渡す。洗練されてモダンな部屋はここで全て完結する位になんでも揃っていた。室内のセンスの良さにザイラが目を奪われていると、突然後ろからガタンッ、バシャッと衣装箪笥を乱暴に扱う音がする。

 ザイラがそっとそちらに顔を向けると、ベロニカというメイドはザイラの視線に気付いた様だったが、気にも止めず衣類を片付け続けた。——かなり、乱暴に。


 なんだかなぁ……すこぶる感じが悪いんだよなぁ……。ザイラは小さく溜息を吐き、視線を戻した。

 敵意を向けられることはあっても剥き出しにされる事はほとんど無かったが、やはり王都は田舎とは少し違うらしい。


 コナー叔父さんとナディア叔母さんの家に帰りたい……——



 窓の外は、雨が一段と酷くなってきた。



 その夜、激しくなった雨音と慣れない大きなベットにザイラは中々眠りにつけなかった。


 転生後、パニックを起こした夏帆は1週間ほど自室に篭りきりで、見かねたアレシアとフィニアスは同じ領地内で暮らすローリー伯爵の弟夫妻に助けを求めた。


 叔母のナディアは礼儀に厳しくヒステリック持ちだが世話好きで愛情深い人だった。駆けつけたナディアは伯爵邸の使用人達を押し退けローリー伯爵を怒鳴りつけてザイラをそのまま自宅に連れ帰ると、ザイラはそのまま叔父夫妻の家で暮らすことになった。

 

 ローリー伯爵は妻であるマライア夫人がザイラを産んですぐに亡くなると、浪費癖は悪化して家計は火の車であったが、貴族らしい生活を変えることは無かった様だ。

 一方で弟のコナー叔父さん、コナー・ローリーは王国の英雄と讃えられる人物で国内外にもその名は知られている。本人はローリー伯爵とは真逆に清貧を好み、畑仕事や狩猟に勤しんでいる寡黙な男性で、軍を退官してからはローリーの領地運営を手伝っているが、慈善活動や寄付も精力的に行っていて、ローリー伯爵よりも遥かに領内領外の人望も厚かった。


 ザイラがローリー領で嫌な思いをせずに、伸び伸びと暮らせたのはコナー夫妻のお陰であるのは明白だ。

 雨の音しか響かない冷たく暗い部屋の中で、自身がどれだけ恵まれていたのか、雨粒が弾ける音と共にザイラの身に染みていく様だった。


 そうして目を閉じていると、疲れに肉体は抗えずいつの間にかザイラは夢に落ちる——

あの古く手入れの行き届いたこぢんまりとした家で、ナディア叔母さんは夕食の下準備をしている。コナー叔父さんはいつものパイプを咥えて猟銃の手入れを庭の腰掛け椅子でしてて…。

 

 ザイラは乗り慣れたダークブラウンの馬の背に乗り、風を切っている——

 暇さえあれば少年のような格好で馬に跨り、山や野原を駆け回っていた——


 そう、この感覚だ。

 なんて気持ちが良いんだろう——

 ナディア叔母さんにまた男の格好で出歩いて、と雷を落とされるんだろうな……


 すると突然ザイラの視界が揺れて、沼にハマったと思ったら、真っ暗な世界へ一気に落とされた。ザイラは恐怖に震えて上に上がろうともがくが、光はどんどん遠ざかっていく。

 

 ——死にたく無いっ!


 転生前後で起きた事故でも、夏帆は聞こえぬ声で強く叫んだ。

 

 私は死にたく無い——っ!


 するとすぐ目の前にザイラが現れた。鏡で見るザイラでは無い。


 ザイラ本人だ。直感だが、なぜかすぐに分かった。


 泣き崩れた顔で夏帆を見るザイラは、申し訳無さそうに何か言葉を発しているけれど何も聞こえない。

 

 何?なんて言ってるの?あなたに聞きたいことがたくさんあるのに——-


 あの時ザイラの目には、夏帆はどんな顔で映っていたのだろう——







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