潮騒とともに去る君を 第二章
第二章 「囚われた最愛を信じて」
新聞、テレビ、ネットで報道されている内容より。
ダークレコードのプレイヤー達がゲームから出られなくなり3日が経つも尚、誰一人、解放された者はいない。
まず、これらの出来事を「ダークレコード事件」と呼ぶ。この事件はアップデート時のバグにより引き起こされ、現在、開発会社であるG&Aカンパニー並びに各専門家が原因の解析及び解決に取り組んでいる。
被害にあったプレイヤーは、各地の大きな病院に分散して集められている。肉体的には生きているが意識が覚醒しない植物状態に近い状況に侵されている。また、今回の事件によって被害が起こっているのは日本のみで、他国ではこのような被害は報告されていない。
ここまでの情報が世間に報道されている内容である。しかし、そういった情報はあくまで、部分的な事実であった。
G&Aカンパニーのゲーム開発局内は三日三晩、原因の究明に取り掛かって得たものは、このバグを解決する方法はないということだった。いかなる手段、いかなる技術、いかなる方法を用いてもバグが直ることはないと絶望的な一つの答えがでた。
そして、そもそもこれは、バグではなく人為的なウイルスであり、それを作ったのは獅子原レイジであることが判明した。
ダークレコードを生まれ変わらせ、歴史的に最高傑作と言われるゲームを作り出した天才脳神経学者の獅子原博士のウイルスもといプログラムは、誰の理解も及ばぬ、科学の域を超えた神のみが知る設計図のようであり、どの技術者もプログラマーもハッカーも手に負えないものであった。
もしも、この超常的なウイルスを直すことができる人がいるとすれば、それはもう獅子原博士本人しかありえないだろう。
7月4日、警察並びにゲーム開発局、開発責任者の田所は獅子原レイジの自宅及び研究室へやってきた。しかし、獅子原博士の姿はどこにもなく、資料、備品、家具すらもなく、全てもぬけの殻となっていた。
警察は獅子原レイジを重要参考人として全国に緊急警戒網を敷き、捜索を開始する。
翌5日には、G&Aカンパニー代表の手崎リソウと警視庁幹部により緊急会議が行われ、獅子原レイジを全国指名手配にかけることが決定された。
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【旧サンクチュアリホテル】
岡田は、・・・いやレックスの能力は『螺旋拳骨【ジャイロ・ロック】』という名前で、両腕に風をまとい螺旋回転させる能力らしい。その攻撃を受けた敵は体をえぐられながら殴り飛ばされる。強いなあと感心しているとレックスは「こんなのまだまだだぞ。俺でレベル10だからな。上には上がいるよ」と言った。謙遜しているわけではなさそうで、このゲームに慣れているからこその経験談といった風だ。
「おい岡田っじゃなくてレックス。これで、えーっとヴィラン? 全部倒したのか?」
そう尋ねると、白髪のオールバックに褐色肌の大男。レックスは肩を軽く回して首を捻る。間接がコキコキと鳴り肩の筋肉は盛り上がっている。元の岡田も大柄だけどそれ以上に肩幅やらなんやらがでかい。
「いや、まだだ。この黒いバケモンはファントムって言って、簡単に言うとヴィランの下っ端みたいなやつ。それでこいつらを指揮してるのがヴィランだ。それを倒さないとクリアにならん。まあ、この感じだと屋上かな?」
レックスは天井を見上げながら言った。つられて一緒に見上げる。
ここは旧サンクチュアリホテルという廃ホテルだ。大きなホテルで、所々の装飾からかなり高級なホテルだったのだろうと想像つくが、今は窓ガラスが割れ、シャングラスは砕け、クロスや床が所々ボロボロに剥がれている。どこかしこも荒れ果てていた。
「それで、あれなのか。こういうクエストをクリアしてったらレベルが上がるんだな」
「そんな感じだけど、経験値と金だな貰えるのは。あとたまにアイテムがドロップしたりする。まあ、失敗してもただクエストがリセットされるだけだし、このゲーム内で死んでも、またリスポーンされるだけだしな」
レックスは「まあ気楽にやれよ」と言い、所々が崩れかけた階段をのぼり始める。
俺たちが偶然出会ったあと、レックスに連れられて『Bar星屑』という店にいった。そこでこのダークレコードについて説明してくれた。普段、学校ではよく宿題を写させてくれだったり勉強を教えてくれと頼まれる側だったが、この場では逆で、勉強の方とはちがって意外にも丁寧に教えてくれた。
レックスが説明してくれたのは、このゲームの基礎的な部分で、まず第一に能力についてだ。ダークレコードは超能力を操って敵を倒す。能力は一人一つ、能力の変更はできない。ただその能力だが、あのアップデートによって最初に決めたものから変わってしまったようだ。
あと、能力は経験値を得ることで自身のレベルと一緒に能力ランクも上がる。ランクはF〜最高でSSまで区分けされるらしい。ちなみにレックスは今、Fランクだ。
「まったくふざけたことになったよ。せっかく『猪突猛進【バンプ・オブ・キング】』っていうカッケー能力にしたってのに、ランクだってコツコツ上げてたんだぞ。なのにさ。急に全部ゼロにするってなってしかも能力も勝手に変えられるしで、わけがわかんねえよ」
レックスはやれやれと言ったように手を広げて首を横に振る。どこかその仕草が芝居じみていて、それを少し引いた目でみていた。
レベルと能力を上げるための経験値は、今やっているようにクエストを受注してクリアすることや他にも野良で発生するファントムを倒すことで獲得できる。あと、プレイヤーを倒すことでも得られるそうだが、それは暗黙の了解みたいな感じで積極的にするものはあまりいないとのことだ。
ところで、いま二人でクエストを受けているのだがこれは『Bar星屑』で受注したものだ。NPCが経営している店で、ダークレコードには他にも武器屋、防具屋、アイテムショップなどの店があるのだが、そういったNPCからクエストを受けることが多いそうだ。
ちなみにBar星屑は、海外映画で見たことがあるようなバーで、薄暗い橙色の空間にカウンターがあり、バーテンダーが酒を振るう。酒瓶がズラリと並びこの世の全ての酒が集まっているようだった。脚が一本だけの丸いテーブルが数個あり、奥には年季のはいったジュークボックスが置いてあり、歌詞のないゆったりとした曲が流れている。バー内は想像以上に人がいて、一人でじっくり酒を飲む者や仲間同士でヒソヒソと話している人たちもいた。レックスが半分くらいはNPCだと教えてくれた。一見してプレイヤーかNPCなのか区別がつかない。改めてこのゲームの現実感を思いしらされる。
さて、そうこうしているうちに屋上の前までやってきた。
「なあ、一応ヨウタがクエスト初めてだから簡単なやつにしてるんだけど、お前も自分の能力試してみるか?」
「まあどっちでもいいけど。っていうか俺は別にクエストを受けたいわけじゃないぞ。お前がはじめを探すのにステータスを上げた方がいいって言うからついてきてるだけだ。本当はすぐにでも探しに・・・」
「わかってる。わかってるから落ち着け。・・・あー、だからな。とにかく俺の言う通りにすれば大丈夫だから」
そうなだめられる。レックスは一息つくと屋上の扉を開けた。
クエスト:誉れあるホテルの掃除 ※【エリアボスの捕縛】
クエストエリア:旧サンクチュアリホテル
※エリアボス:リセット 能力『真っ赤な快楽』
「ウォイウォイウォイ! な〜んでここにヒーローがいるんだあ? ここはあ、リセット様の絢爛きらびやかな城だとわかって俺の前に立ってるのかあ!?」
扉を開けると、屋上の奥、無秩序に並べられたドラム缶をスーッとまっすぐ目を向けると、そこには下品に笑いながらソファにふんぞり返る男の姿であった。上裸姿に鎖で繋いだ釘が斜めに巻き付いている。くすんだ黒い革のパンツに赤いブーツ、逆だったモヒカンヘアは赤く染まっている。ズタボロの赤いソファから反動をつけて立ち上がるとテーブルに置いてある酒瓶を乱暴に掴み取り浴びるように飲みだした。
「ギャハハ! 人の住処を荒らす悪いやつには、リセット様が真っ赤な鉄槌をくだしてやるよお!」
なんだこいつ、赤が好きなのか? と思っているとレックスは「いくぞ」と言い先頭を切って突っ込んでいく。
「なあ、こいつヴィランなんだよな? なんかNPCとかと変わんねえな」
てっきり化け物みたいな見た目をしているのだと思っていた。そんな疑問をレックスは聞こえていなかったのだろう。それは高らかな声によってかき消された。
「鉄槌鉄槌鉄槌!! 潰れちまえっ! 『真っ赤な快っ楽〜!!』」
リセットがそう言い放った瞬間、俺たちの周りを覆う影ができ、見上げると、血で染め上げたような赤い大槌が空に浮かんでいた。
「はっは〜! クリムゾン・トール!!」
リセットが腕を振り下ろすと同時に、大槌が襲いかかる。
「うおっ! まじかよ!」
反射的にしゃがむと、すかさずレックスは両腕を構える。
「気をつけろよ! 螺旋拳骨【ジャイロロック】!」
レックスはそう叫ぶと両腕にまとった風が回転して風切り音とともに拳を振り上げた。回転する風が打ち上がる。振り下ろされた大槌にぶち当たり、少しの抵抗があったあと、弾き返した。
「ギャハハ、やるねえ。歯ごたえあるねえ! 歯ごたえあると、潰し甲斐があるなあっ!!」
リセットはそう声を上げながら近くのドラム缶に立掛けられた子供の背丈ほどあるハンマーを掴み、こちらに向かって走り寄ってくる。
「ヨウタ、お前も一応、能力の準備しておけよ」
そう言いながらレックスも相対するように駆ける。殴りかかるハンマーを迎え撃つように拳で応戦をする。その様はまるで映画のアクションシーンのようだ。
なるほど。これが能力者同士の戦いなんだな。と、感心しながら見ていた。そして、自分のステータスを確認した。
イワナミ ヨウタ
レベル:1(ランクF)
能力名:『地核変動』
能力:豊かな大地に変える
何度見てもよくわからない能力だ。
「まあ、ものは試しだな。・・・地核変動【アトムス・ギャップ】」
少々恥ずかしさもあり、呟くように技の名前を言った。なんで技を出すのにいちいち名前を言わないといけないんだ。
・・・ん?
気づけばコンクリートの地面が、土に変わっていた。
「うおっ!? な、なんだこりゃあ! チッ、俺様のハンマーが抜けねえ!」
レックスへ向けて振り下ろしたハンマーが丁度よく空振り、それが土に変わった地面に打ち込まれ突き刺さったようだ。
「ナーイスタイミングだ。ヨウタ。よっしゃ歯あ食いしばれ! ジャイロっ、ストレート!」
溜められた拳がまっすぐに、リセットの顔面を捉え、ドゴンと痛々しい音とともに吹き飛ばされていきソファにぶつかり倒れた。
「ふー。これでよしっと。おっ、どうだ? 能力をつかってみた感想は」
「え? あー、いやー。っていうか、あいつはそのままなの? 倒したのに消えないのか?」
「ああ。まあ倒せるけど今回のクリア条件は捕まえることだからな。もう少ししたら自警団が来て連行してくれるんだよ。だからこうしてっと」
レックスはそう言うと何もないところからアイテムを取り出した。光の輪っかで、それを気絶しているリセットに向けて投げつけると自動的に手首が手錠のように縛られ拘束された。
ピコンという通知音が鳴った。
「これで経験値と報酬が入るって流れよ。どうだ? わかったか?」
俺はメニューを開いてクエストを確認してみるとたしかにクリア済みのチェックマークがついていて、経験値と報酬であるお金が振り分けられていた。
「あ、レベル上がった。2になったぞ」
「おう。よかったじゃん。まあ最初のうちはクエストを一回やれば1上がるみたいな、結構サクサクなんだよ。まあどんどんキツくなってくるんだけどな。当たり前だけど」
そんな感じで、俺の初めてのクエストは無事に終わった。しかし、俺はレベルを上げに来たわけではない。はじめを探しにきたのだ。そうレックスに文句を言うが、「話をちゃんと聞け」とたしなめられる。
「探すにしてもここには大勢のプレイヤーがいるんだぞ? 宛もなく探すなんて無謀すぎる。だったら人の多いギルドに入るのが一番手っ取り早いんだよ」
「ギルド? なんだよそれ」
「まったくゲームをしないお前に簡単に説明すると、まあチームだな。ダークレコードで人数集めてチームを作ってる人がいるんだよ」
「じゃあ俺もその人が多いギルドに入れば、なにか手がかりがあるかもしれないってことか。だったらすぐに一番でかいところ行こうぜ」
「待て待て。最後まで聞け。とはいえ今は全部が初期化してるから、元々あったギルドも解散状態になってる。たぶん、まだ人が集まりきってないだろうな」
「はあ? なんだよ。じゃあ今の話、意味ないじゃねえか」
「いや、俺の予想だとしばらくしたらギルドは再結成されるだろう。特に4大ギルドって呼ばれてるデカいところはギルドマスターがっ、ああ、えーっとリーダーのことな。4大ギルドのマスターたちは、ゲーム内でだいぶ幅をきかせてたから自然にまた作られると思うんだ」
「なんか、焦れったいな。俺にそのデカいギルドができるのを待てって言うのか?」
「そんなに時間はかからないって。たぶん。・・・4大ギルドで一番デカかったのが『ヒロイック・カンパニー』っていうギルドだ。超大型ギルドで、マスターの『ゲンゲン』ってプレイヤーも優しい人っだって聞いたことがある。きっと力になってくれるはずだ」
「・・・わかったよ。とりあえず15までレベル上げればいいんだろ」
俺は渋々その提案を承諾して、柔らかい地面を軽く蹴る。