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「壊れたアジトと少女」




 2−1 「壊れたアジトと少女」


 

 【ミスティエル教会】


「私ができることは、この世界にいる、この世界のために戦う、戦士たちを祈ることです」


「ああ! いたいた。シイカ様。ここにいましたか。今しがた第三部隊がロッテン・ベルの時計台を攻略したと報告がありました。あそこのエリアボスがクリアになったので3日は通りやすくなっています」


「そうですか。ご苦労さまです。では直ちに偵察部隊を編成して、情報収集をお願いします」


「了解しました。・・・あっ、あと、入隊希望の者の中に怪しい者たちがいて、どうしましょうか。グンカンさんに報告して対応してもらうでよろしかったでしょうか?」


「ええ。私はまだここで祈りを捧げていますので、任せます」


「はい。では失礼します」



 ーー

 ーーーー

 ーーーーーー

 ーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーー



 俺は連日レベル上げに時間を費やしていた。現在の心境、正直、かなり、イライラしている。なぜなら妹探しの進捗はゼロだからだ。

 何度もレックスに「こんなことしてるヒマなんかねえ!」と言うが、その度にレベルを15まで上げるまで待てとなだめられる。

 なぜ15レベルなのか、それは廃ホテルでのクエストを終えた時にレックスが話した4大ギルドの内の一番デカいギルド『ヒロイック・カンパニー』に入るためにレベルが15以上必要だからである。プレイヤーが多く集まるギルドであれば情報収集も早く、たくさん集められる。だからまずは無闇に探しにいくのではなく、ステータスを満たすように、そこらへんのファントムを倒したりクエストを受けてレベルを上げることを優先した方がいいということだった。


「よし。これで俺は15だな。ヨウタは? レベル、どうだ?」

「あん? 14だよ。・・・なあ、お前はなったんだし、もう行こうぜ」

「おい、そこまできたらもうすぐだろ。それに、・・・あんまカリカリすんなよ。頭に血がのぼってると、いざって時にやられちまうぞ」

「別にカリカリしてねえ!」

 俺は思わず地面に転がっていた空き缶を蹴る。それを見て、レックスがどう思ったのかはわからないが、ため息をつき、渋々というように言った。

「・・・まあ、でもそうだな。入れるかわからないけど様子見がてら、ヒロイックカンパニーに行ってみるか。ヨウタも戦闘に慣れてきたしなって、おい! だから慌てんなって」

 すぐに俺はヒロイック・カンパニーへと向かった。が、場所を知らない。振り返るとレックスがまたため息をついて「こっちだ」と言う。


「わかった。ほら、走れバカ、早く走れ」

「バカはお前だ、って蹴るな、急ぐからおい!」


 ようやく目的である妹探しを本格的にできる。正直、手詰まりではあったのだ。レベルを上げつつも人通りの多いメインストリートで聞き込みをしたり、Bar星屑のマスターに情報を聞きに行っても、何一つ手がかりはなかったからだ。新しい筋道が開かれるようで、自然と期待が溢れてきた。




 【ヒロイック・カンパニー アジト】


 レックスと一緒にヒロイック・カンパニーのアジトにやってきた。だが、それは俺のイメージするギルドとは思えない寂れた場所であった。いや、ギルドであったとしてもこれがダークレコード内で一番大きいギルドとは到底思えない。

 屋根は筒抜けで、壁には何箇所も大穴が空いていたり床も切り傷が無数にあった。あと、そこに見えているだけでも数人しかおらず、またそこにいる誰もが気怠げというか、何もかもを諦めたみたいに、どんよりとした空気が流れていた。この印象は、レックスも同じだった。


「おいおい。なんだよこれ。・・・これが、ヒロイックカンパニー? いやいや、だって、たしか」

「なあ、どうなんだよ。本当に場所合ってるのか?」

「いや、確かここだ。えーっと、とにかく聞いてみよう」

 レックスはそう言って、近くにいたプレイヤーに声をかけて、ここはヒロイックカンパニーで合っているのか、それとギルドマスターにあわせてほしいことを伝えてみたが、そのプレイヤーはすぐに、怪訝な顔をして、そのあと小さい声で「あっちいけよ」と言い、その場から離れていってしまった。

 

「なあ、レックス。どういうことだよ。おかしいだろ。デカいギルドじゃねえのかよ!」

「いやそのはずだ。けど、なにかあったのか?」

 顎に手を当てながら考える素振りをする。俺はそれを見て苛立ちがじんわりと頭にのぼる。


「おいお前ら誰だ。どこのもんだ?」


 その声に二人とも振り返ると、ゴーグルを着けた男が立っていた。逆だった髪にゴーグル、薄汚れた土色の布を肩でまとっている。どこか放浪者のような格好だった。


「誰って・・・、えーっと俺はレックスで、こっちは、ヨウタ。あのさ、聞きたいんだけどここ、ヒロイックカンパニーじゃなかったっけ?」


 レックスが答えながら尋ねると、ゴーグルの男は顔をしかめた。そして何かハッとしたあと、辺りを見つつ「ちょっとこっち来い」と言って奥の方にある部屋に入っていった。俺とレックスは顔を見合わせ、互いに目配せをして部屋についていく。


 「あんまし綺麗じゃないけど、ゆっくりしてくれ」と男が言うように、部屋は広いが綺麗とはいえなかった。あらゆる物が壊れていた。

「そうだ。まだ名前、言ってなかったな。俺はピースマークだ」

 「よろしくな」と軽やかにピースマークは言い、手を差し出してきた。俺とレックスは簡単にそれぞれ握手をすると、なぜかピースマークは俺の手を握りながらジッと見てきた。

「なんだよ」

 と言うが、ピースマークはハッとして「人違い」だと、すぐに手を放して、倒れている椅子を起こす。

 「つかえ」と言い、自分は手すり付きの、この部屋には似つかわしくない豪華な椅子に腰掛けた。


「まあ、簡単に言えばな。ヒロイックカンパニーは、潰れたよ」

「え!? はっ? 潰れたってどういうことだよ?」

「そのままの意味だ。・・・まっ、お前たちが何を思って何を期待してここに来たのかは知らないが、悪いな」

 軽やかにピースマークは言い、頬を緩ませる。薄っすらと笑みにも見えるが、どちらかといえばそれは諦めに似たなにかに思えた。さきほどとは違い、和やかな雰囲気だが、俺もレックスも、いったい全体どういうことか理解が追いつかなかった。そんな俺達の反応に察したのか、ピースマークは話し始めた。


「ぜんぜん愉快な話じゃないけど、知りたいならまあ聞いてくれ」


 ヒロイック・カンパニーのギルドマスターは『ゲンゲン』という男で、高いリーダーシップとまさに正義の味方というような『英雄拳【ヒーローナックル】』という能力を有したヒーローだ。そんなゲンゲンが主軸となり、最大のギルドへと発展させていたのだが、ダークレコードのアップデートが行われ全てが初期化されると、それは一気に崩れてしまった。能力がリセットさせれると、ゲンゲンの能力は一変した。


「まあ、マスター・・・いや元マスターはかなりショックを受けてね。なんせ能力が触れたものをツルツルにする能力になったからな」

 ピースマークは話しながら、大げさに首を横に振るものの、どこか演技的で、どこか悲しそうであった。

 

 それでも、ヒロイック・カンパニーはメンバーを集めながら再びギルドを立ち上げたものの、ゲンゲンの能力を知ったメンバーの中には、露骨にその能力を馬鹿にするような者もいて、実際、ギルドから抜ける者も少なくはなかった。そんな状態にゲンゲンの精神は押しつぶされようとしていた。そんな不安定なタイミングの時、あるギルドがやってきた。


「お前らは『救世の園』っていうギルド、知ってるか?」

「救世の園? なんすかそれ」

「前までそんな名前のギルドなかったと思うんだけどな。ただ、そのギルドがな、急にやってきたと思ったら、その、こっちのギルドに入れって言ってきたんだよ。でだ。それにゲンさんが断って、そしたらあいつら」


 救世の園と名乗るギルド、その時にやってきた三人のプレイヤーたちは、いきなりゲンゲンの首を撥ねた。それがヒロイック・カンパニーが崩壊する合図だった。次々にメンバーはやられ、アジトは壊され、その圧倒的な力の前に、最後はギルドメンバーの大勢が寝返り、全てを奪われたのだった。

 そして今、残されたのは半壊したアジトと数人のメンバーだけで、もはやギルドとはいえない状況となったのだった。


 ピースマークは終始、笑顔のまま軽やかに話していた。

「まあ、起こったことはもうこの際どうしようもないからな。お前たちがどういう要件でここに来たのかは知らないけど、もうヒロイックカンパニーはないし、マスターもいない」


 ここまで話を聞きながら、俺は、気づくと貧乏揺すりをしていた。


「じゃあ、いま一番大きいギルドって、その救世の園ってとこか?」


「まあ、そうだろうな」

 ピースマークは苦々しく答えた。

「わかった。じゃあレックス。そっちに行くぞ」

 俺はすぐに部屋を出ようとしたが、ピースマークは慌てて立ち上がり「ちょっと待て」と引き止められた。腕を掴まれて、すぐに振り払おうとしたが、相手が初対面の人間だと、寸前で理性が働き、自分を抑える。


「いいか。救世の園ってのは、なんていうか。宗教団体みたいになってるんだよ。メンバーのことを信徒って呼んでるくらいで、どうにも胡散臭い。行くのはやめておいたほうがいい」


「どうでもいい」


 低い声が溢れた。感情を抑えながらも、俺にとってそれは、なんでもないことだ。だって妹を探しにきているのだから。ピースマークが、スッと腕を放す。

 レックスが扉の前に塞ぐように立つ。目の前で、俺のことをまっすぐに見てきた。


「なんだよ。俺は、人の多いところにいって、はじめを探すためにレベル上げもしてたんだぞ! ここじゃ人がいねえんだから、デカいとこにいった方がいいだろうが!」


「それはわかるけど。でも聞いたろ? いきなりギルドを潰すようなところに無闇につっこむのは危険だ。まずはその救世の園ってのを調べないと。・・・だから、まず落ち着けって、な? 慌てずにさ」


 レックスはおそらく、落ち着かせるために笑みを浮かべながら言ったのだろう。俺が慌てて突っ走らないようになだめているのだろう。


 ・・・落ち着けって。

 ・・・慌てるなって。 


 それを、俺は何度聞いたと思っているんだ。

 我慢の限界だった。

 自分が拳を振りかぶり、それをレックスの顔に向けて殴りかかる。その一連の流れのときにも自分がこんなにも限界だったとは思わなかった。

 レックスはそのまま倒れる。痛みによる苦痛の表情ではなく、驚いているようで目は見開き、言葉もなかった。

 俺は、部屋を飛び出した。



「ヨウタ! ・・・クソっ」



 ーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーー

 ーーーーーー

 ーーーー

 ーー




 あてもなく歩いている。なぜなら本当にあてがないからだ。

 俺はヒロイック・カンパニーのアジトから飛び出して、ただ走ってきただけだから。今もレックスを殴った時の感触は手に残っていて、それが気持ち悪かった。


 これからどうしようか。レックスのところに戻るか。

 ・・・いや、結局俺は、妹を探すために救世の園に行く。レックスはそれを止めるだろう。そしたら俺は、きっとまた感情が抑えられなくなる。

 自分一人で、探していくしかない。そんな、どこを目指しているのかわからないまま歩いていると。


 ・・・・・・


 ・・・・それは突然、悲鳴が聞こえた。


「きゃー!」


 グチャグチャになった頭の中を割り込むようで、それが人の声だとはすぐに処理できなかった。ただ、それは女の、少女の声だと気づくと、それは自然にはじめの顔が浮ぶ。そう思うと体は勝手に動き、声のした方へ向かっていた。

 駆けつけると、しゃがみ込む少女とそれに襲いかかろうとしているファントムの姿があった。目に飛び込み、なにも考えてはいなかったのだろう。そのファントムを殴り飛ばした。潰れた呻き声を出して倒れ、それに馬乗りになると、何度も殴った。


 苛立ちをぶつけるように、そのファントムを無我夢中に、過剰に、殴り続けた。



「おにいちゃん」


 ハッとして、見ると少女が立っていた。怯える少女の姿が、はじめと重なって見えた。


 カチ、カチ、カチ、頭の中で音が鳴る。



「ああ。すまん。・・・ごめん。怖かったよな。えーっと、ほら、もう大丈夫だから」

 既に霧状に消えていくファントムから起き上がり、痛くないはずの拳をスッと隠すように背中に回した。

「・・・おにいちゃん。あ、ありがとう」

 礼を言う少女は、瞳は潤み、うぐ、うぐと涙を堪え引きつった顔になる。少女には似つかわしくない大きなサイズのスネのあたりまで覆う白いシャツは、袖がかなり余っているみたいで、それをタオルのように扱い、ゴシゴシと目を拭っている。その仕草に思わず、「目が赤くなるから・・」そう言いかけて、口を閉じた。


 その、少女の顔を見ていると、子供の頃、はじめと一緒に公園で遊んでいたときのことを思い出した。なんであの時、はじめは泣いていたのだろうか。もう覚えていない。だけど、俺はそこで泣いていたはじめの頭を撫でていた。なにか、言葉をかけながら。


「泣くな。泣くなよ。だい、大丈夫だからな。兄ちゃんが、守ってやるからな」

 頭に手を乗せた。少女は見上げる。ただただ怖くて、ただただ不安で、それが堪えきれなくなりそうで、でも泣きたくなくて、必死なその表情に胸が苦しくなりそうで、頭から手を離すと背を向けた。


 ・・・そうだ。はじめを探しに行こう。



 歩き出した時、シャツの裾にほんの微かな重みを感じた。顔だけ振り返ると、見下ろした先に少女がいた。裾をつかみジッと見つめてくる。


「どうした?」


「・・・お母さんに、会いたい」


 ・・・・・・


「いや、すまん。兄ちゃんは、・・・じゃなくて、俺は、いま急いでるから」

 少女を見ないように裾をゆっくりと引き離した。少女の手から逃れるように、俺は歩き出した。


 あれは、ちがう。あれはNPCのクエストだ。俺は今はじめを探してるんだ。もう邪魔なクエストなんてやらない。必ず見つけ出す。


 だが、不意に後ろの方で人の気配がして、振り向くと少女がついてきていた。裸足で、ペタペタと近づいてくる。


「おっおい。なんだよ。クエストは、受けてるヒマはないんだ。なあ、悪いけど他をあたってくれ」

「うぅ、お母さん。会いたいの。・・・お母さん」


 その顔を、見ていられなくなった。見ていたくなくて、深く息を吐いて整える。しゃがみ、少女の顔をまっすぐに見る。



「わかったよ。わかったからもう、そんな顔、しないでくれ。・・・お母さん、探してやるから」 

「っ! ほ、ほんと? お母さん、見つけてくれる?」

「ああ。だから、頼むから、笑ってくれ。寂しくて怖いかもしれないけど、そんな顔、しないでくれ」

 少女は勢いよく頷くと両手の袖で、ゴシゴシと目を擦った。


「おいおい、そんなにこするな。目、赤くなるだろ」

「えへへ」




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