「トカコ」
2−2 「トカコ」
少女NPCの名前は「トカコ」というらしい。
どういうわけか人気のない場所でファントムに襲われているところを助けてしまい、これまたどういうわけか、この子の母親を探さなければいけないらしい。
これは突発クエストなのだろう。はじめのことは気がかりだし、クエストをしている場合ではない。それはわかっている。しかし、クエストをキャンセルしようとしたがメニューからクエスト欄を確認してもどこにも該当するものはなかった。不思議に思いながら、どこか諦めに近い感情のまま少女の母親を探すことになった。
トカコに母親がいる場所に心当たりはないか聞くが、首を横に振る。さらにどこではぐれたのか聞くと「おうち」とだけ。その家はどこあるのか聞くと「わからない」と言ってしょんぼりと俯いてしまう。結局、手がかりはなにもない。
辟易としながらトカコと出会った場所の周辺で聞き込みをしようとしたが、そもそもここに人がほとんど見当たらなかった。
そこで、仕方なくBar星屑に行くことにした。人が多く集まる店で尚且つ今頼りになりそうなところといえばあそこぐらいしか思いつかない。向かっているとトカコが慣れてきたこともあって色々と質問をしてくる。
「おにいちゃんは、だれを探していたの?」
「・・・妹」
「ふーん。見つかるといいね」
「ああ」
「おにいちゃんは強いからすぐ見つかるよ!」
「・・・別に、強くないよ」
「でも、わるいおばけ、やっつけてくれたよ?」
「んー。たまたまだ」
「ふーん。・・・おにいちゃんはどこからきたの?」
「どこからって。えーっと、あっちの方だ」
そう言って指をさす。
「あっちに、おにいちゃんのおうちがあるの?」
「家はないよ。買えるお金もないし、別に家もいらないしなー」
ダークレコードでは形式上の睡眠はあるものの、別に寝なくても活動ができる。食事も同様だ。それらが補われていなくても健康を害することはない。つまるところ気分ということだろう。
「えっ! おうちないとこまるよ。おうちないと、えっと、ねれないし、おふろ入れないし、ごはんも食べれないもん」
「ああうん。まあそうだな。・・・まあ、俺は平気だから」
「それに、おうちがないと、さみしいもん」
「・・・・・・」
その後もトカコからの質問を適当に返しながら歩き、Bar星屑に到着した。
店に入る前に、一応ここは酒場なわけだから、小さい子供を連れていくのは憚れたので、店の前で待っているように言い、一人で店に入った。星屑は相変わらず盛況だ。プレイヤー同士で楽しそうに乾杯をして大きなグラスをグビグビと傾けて喉を鳴らしている。ゲームの中だというのに随分とうまそうに飲んでいる。
俺は店のマスターに声をかけた。
「おっ、ヨウタじゃねえか。どうした一人で? 一杯やってくか?」
「いえいえ、そういうんじゃないんで。えーっと、人を探してるんですけど」
「あー、妹か? ここには来てないなよ」
「いや、ちがうんすよ。まあ妹も探してるんですけどそうじゃなくて、・・あっ!」
そうか。トカコの名前だけでは母親のことを聞くにも聞けないか。そう思い至り、話の途中でマスターに「ちょっと待ってて」と言うと店を出た。
すると、トカコがいて、その前には男が一人いた。しかも何やら話している。見た目は薄い皮防具を着て、背中には剣を携えている。ファンタジーに出てくる一番最初の冒険者みたいな格好だ。ただ、トカコに喋りかける雰囲気、表情がどこかいけ好かない。近づくと次第に話し声が聞こえる。
「ふふふ。そうか。トカコちゃんって言うんだね。お母さんね。・・・あー、うん。もしかしたら見かけたかもな。どう? お兄さんが案内してあげようか?」
「・・・え? お、お母さん。・・・だけど」
トカコは不安そうにキョロキョロとしだすと俺を見つけ、すぐに駆け寄ってくると腰あたりにしがみつく。
「あっ、ちょっ! ・・・な、なんだよお前」
なんだよとはなんだ。それはこっちのセリフだ。
「俺はこの子に頼まれて母親を探しているもんだけど。・・・この子の母親の場所知ってるんすか?」
「えっ! あ、あーえーっと。いや知らん。はは、勘違いだったー」
ぎこちなく不自然に男は立ち去っていった。変な奴もいるもんだ。
ていうか、現実世界だけじゃなくてゲーム内にもそういう奴がいるんだとしたら、たまったもんじゃないな。
・・・はじめ、・・・はじめももしかしたら変な奴に絡まれているかもしれない。はじめはただでさえ可愛いから、言い寄られたり後をつけられたり。
そんな考えが一度浮かび始めると、それは次から次へと想像させられる。早く見つけなければいけない。なのに、なにも情報がない。手がかりがない。足踏みを強制させられているみたいで、気が張り裂けそうだ。
すると、手に温かい感触があった。肩がビクリとなり、視線を斜め下にする。
「ヨウタおにいちゃん」
そう言いながら不安そうにトカコが見上げている。
「・・・ああ、わかってるよ」
しゃがみ、頭を撫でる。
「お母さんに、早く会いたいよな? ・・・もう少しの辛抱だからな」
その後も人が集まりそうな店を重点的に聞いて回ってみたが、トカコの母親は見つからなかった。誰かに頼った方がいいかもしれないと、レックスの顔が浮かぶが、すぐに考えるをやめた。
「そもそも、これってクエストだよな。なんでメニューで見れないんだよ」
何度確認してもクエスト欄にはそれらしいものはない。レックスから突発的にクエストが始まるものがあることは聞いていたが詳しくは知らない。
「おい。今度はあっちの方を見に行くぞ」
そう言って見ると、トカコは返事もなくただ別の方向をジーッと見ていた。その視線の先を見ると、そこには露天販売の店が並んでいて、その中にはマシュマロを焼いて売っている店もあった。なにやら芳しい匂いがする。トカコもどうやらその匂いにつられているみたいだ。
「・・・あれ、食べたいのか?」
「えっ! んー、んー・・・」
トカコはもじもじと恥ずかしそうに体を揺らす。
「別に遠慮しなくていいぞ。あれくらい買ってやるよ」
「うんん、だいじょうぶ。ちょっと気になっただけだから」
そう言うとトカコはスタスタと歩き出した。その背中を、どこか懐かしい気がした。
気がしただけだ。
【旧ムーンティア5番街】
まだ行ったことのないエリアへやってきた。メインストリートほどではないがそれなりに人通りの多いエリアだった。ヨーロッパのショッピング街だったのかと思わせる並びで、まっすぐなレンガ調の道に、等間隔に街灯が立っているが、いくつかは錆びて折れているものもある。通りに沿ってずらりとショーウィンドウが立ち並ぶ。どの店もガラスは割れてどこも照明はなく、店内は薄暗い。手近な店を見るとピンク色のブラウスがくしゃくしゃになって落ちていた。
トカコが外から覗くようにガラスケースに近づいていたため「あぶないぞ」と声をかけると、興味深く洋服を見ながら「おかあさん、こういうのもってた」と言って戻ってきた。そして自然な流れで俺の手を握る。
「ん? なに?」
「あっ、ごめん。なんかつないじゃった」
トカコはパッと手を離した。頬が赤く照れ隠しのように「えへへ」笑みをこぼす。
すれ違う人に順に声をかけては聞き込みをした。しかし、母親は見つからないし有意義な情報はなにもなかった。あと、はじめのことも聞いてはみたが、それも得られるものはなかった。
日も暮れてきたし、どこかの宿屋にでも入って休憩するかと考えていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。見ると、『ミューズ』という看板がかけられた洋服店の前で女が声をあげていた。
「ちょっと誰かあ! 誰かお願あい!」
その騒がしさと同じような身なりをした女が、通る人に助けを求めていた。鮮やかで極彩色豊かなドレスに毛皮を羽織、つばの広いフェルト生地のピンクの帽子を被り、大きなサングラスをかけている。
あれはきっと突発クエストのNPCだろう。トカコと同じように話しかければクエストをやるはめになるんだろうな。
これ以上、面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。そのままスルーしようとしたが、気づけばトカコが近づき話しかけていた。
「おねえさん、どうしたの?」
「おまっ、待て待て!」
そう引き止めようとしても遅かった。派手な女は素早くトカコと俺をロックオンしたように顔を向けて待ってましたと言わんばかりに話しだした。
「ああ! あなたたち、ヒーローね。実はわたくしの店に強盗がきて、大事な布地が盗まれてしまったの。最高級でエレガンスなものなの。大事なの! すっごく大事なのよお!!」
「いやあの、俺たちいま忙しいで、すんませんが他の人をあたってほしいというか」
「おねえさん、だいじ? すっごくだいじだったの?」
「そうなのよっ!! 貴重な素材から糸を紡ぎだして丁寧に丁寧に織り込まれた極上品なのよ! ああ、どうしましょう。どうしてしまいましょう。ああ、このままではわたくし死んでしまった方がよいわ! いえ、でも、あの世で主人に顔向けできない。ああ、・・・およよ。およよ」
ミューズの女店主はずさりとしなだれてへたり込み、目元に手の甲を寄せている。どう見ても泣いているようには見えない。
「ヨウタおにいちゃん、こまってるよ? 助けてあげようよ?」
トカコは俺を見て言った。なんだか真面目な顔つきだ。
「あのな。俺たちは今、お前の母さんを探してるんだろ? こんなのに構ってる時間はないんだよ。ほら、他のやつが助けるからさ」
そう手を引こうとしたが、トカコはグッと腰を沈めて動かない。
「だって、おねえさんがだいじなものって言ってたよ。だいじなものがなくなっちゃったらかなしいでしょ? だから・・・」
「だからじゃないだろ。いいか? これはクエストなの。誰が助けてもいいやつなの。だから俺じゃなくていい。オーケー? ・・・今は、お前の大事なもんの方が先だろうが」
しかし、トカコは首を横に振る。両手を握りしめるように重ねて、胸によせる。
「だって、つらいから。・・・トカ、かなしい気持ちになる。だいじなものがなくなるの、いや」
・・・・・・そうか。
そうどこか納得しかけて、俺はそれを拒否するように頭を乱暴に掻くと、ため息がこぼれた。
・・・ああ! なんなんだよ。
「わかったよ! わかったから。ったく、仕方がねえな。おい! 受けるから。その大事な布取り返してくるから」
「ヨウタおにいちゃん! ありがとう!」
俺はブツクサと心の中で愚痴をこぼしつつ、メニューを開きクエストを受注した。
ーーーーーーーーーー
緊急クエスト:素敵な布 【フィンの討伐または捕縛】
クエストエリア:旧ムーンティア5番街 地下鉄
※エリアボス:フィン 能力『死にたくなるほど囁きたい』
カツカツカツと階段を降りるほど、その先は薄暗い。今は使われていない地下鉄がクエストのエリアである。
ここへ向かう前に、トカコはあの洋服店ミューズで待たせている。トカコは自分も一緒に行くと言ったが、戦闘で近くにいたら戦いにくいので、「すぐに帰ってくるから」と言って残してきた。トカコは納得していないようで、少しうらめしそうに、でも我慢して頷いた。
どこか、背中を引かれるようだったが、それを無視して店を出てきたのだった。
階段を降りきるとだだっ広い空間に出た。いや、元々広いわけではなかったのだろう。本来、駅にあるはずの物や装飾なんかが全て壊れていたり、取り除かれているせいだ。
「あーあーあー、俺はなにをやってるんだか」
そう愚痴をこぼしながら、線路の前まで行くと、左右を確認した。右も左も先は暗闇だけ。いや、左側で微かに火のような灯りが見えた。頼りないものの何かある方がいいだろう。俺はそのまま線路を降りて、灯りの見えた方に向かって走った。
ありがたいことにゲームの中ではどれだけ走っても疲れることはない。一定のスピードで、一定のカツカツと鳴る自分の足音と息づかいがこの空間で反響している。背の高い半円状のトンネルの地下空間は、ほとんど闇の中を走っているのと同じだ。唯一の手がかりは微かな火の灯りのみである。
何も見えないまま走っていると、不意に冷静になる。
たまたまトカコの母親探しをすることになって、そんでまた今度は強盗退治をしなきゃならなくなって、本来の目的からどんどん離れている。
・・・離れているのに、トカコの顔を見ると、いつもの癖が出てしまう。
頼まれると断れない。
内心ため息を吐きたいところだが、もう考えるのはやめよう。さっさと終わらせる。
今は自分一人でクエストのエリアへ向かう。
それが、・・・いや、そうじゃないか。
「・・・本当に、なにやってるんだか」
気がつくと囁き声が聞こえてきた。
いや、正確にはいつのまにか声が聞こえていた。それに自覚ができなかった。灯りは、近づいているのだろう。声だってはっきりと聞こえてきていると、思う。
「なんだ。さっきから、感覚が曖昧だ」
今は線路の上を走っていて、闇の中で、足音や息遣いが反響して、ただはっきりと、自分以外の何者かの声がしている。
なんだか、外側なのか内側なのか、よくわからなくなってきた。徐々に走るスピードが緩やかに。
そして足を止めた。
「なんかおかしいだろ。・・・あれ? 近づいて、ない? ん? 近づいてるよな?」
微かな火のような灯りは、さっきよりも大きく、見えると思っていたけど、いや、見えるはずなのに、だけどそれはさっきも思ったことで、それから、どれだけ走っても、たどり着かないのだ。
「なあんだ。誰が追いかけて来たかと思ったら、たった一人だし、こんな弱っちそうなヒーローなんて、ざ〜んねん。・・・キャハハ!」
「おい誰だ!!」
唐突に、そして明らかに女の声で耳元を囁かれた。すぐに見回しても、誰もいない。
いったいどこから聞こえた? わからない。
ひょっとしてヴィランの能力か? おそらくそうだろう。
「あなたは強い? それとも愉快? それとも愚か? まあいっか! なんであれ、頑張ってよね!
この『死にたくなるほど囁きたい』にどれだけ耐えられるか見せてね!」
癇に障る声だ。
「いいから出てこい」そう言ったつもりだった。
なのに、気がつくと目の前に線路が現れて、どういうことだと理解する前に錆びた鉄が顔面に当たった。顔を押さえてうずくまった時に、目の前に現れたのではなく、自分が倒れたのだとわかった。
「いっ、つう! あ? はあっ? なんだよこれ」
「あっ! そうだ。自己紹介してなかったね。わたしの名前はフィンっていうの。ウフフフっ! あなた、その反応、きっと愚かなタイプね! ・・・でも愚かって、最初は楽しいけど、飽きやすいのよねー」
反射した笑い声が、鼓膜を揺らして頭の中をかき混ぜてくる。不快だ。俺は立ち上がり両耳を塞ぎ、辺りを見回した。
「ねえねえ。あなたの能力は? どうなの? ねえねえ、見せてよ〜」
「てめえっ! うるせーぞ! 隠れてないで出てこい!」
そう叫ぶ自分の声すらも、反響して自分の耳に返ってくる。耳を塞いでいようが、頭をガンガンと殴り、刺してくる。俺は、振り切るように走った。
あの火の所に敵がいるはずだ。見つけたらぶちのめしてやる。
苛立つ頭に体が熱くなり、そのせいか汗が滲んできて、目の前に壁が現れ出たと同時にぶつかった。一切のためらいもなくぶつかったことで、後ろに仰け反り背中から倒れる。
だが、いつまでも、背中が地面に着かない。本来、生じるはずの背中を強打する衝撃と痛みがやってこない。
むしろ、このまま沈んでいきそうな、落ちていきそうな浮遊感が腰から頭の先に向かって這い上がる。
それに、抵抗するように必死に腕をもがき回すと、気づけば線路の上で手足をバタつかせていた。どこまで自分の意志と認識なのかわからなくなる。
「キャハハ! ・・・あーあ、死ぬまで踊る人間は、見てるのは楽しいけど、なーんにも反抗されないとそれはそれで退屈なのよね」
自分の目が白黒しているようで、瞬きをしてもピントが合わないような気がする。ゆっくりと体を起こすが未だに相手がどこにいるのかわからない。
「ププっ、でもさっきの、赤ん坊みたいにジタバタして、キャハハ、だっさ〜」
自分の前髪を、くしゃりと手でつかむ。手の底が目を圧迫して、そのまま自分で潰してしまいそうになる。
ああ、それだけ・・・。
頭の中を声が回り続ける。癇に障る、嫌な声だ。
「ねえねえ、終わってもいい? 殺しちゃってもいい? はあー、もしもーし、どうなんですかー。ん?」
こういうイライラしたときは、どうしていただろうか。
思い返すとストレス発散なんてものは、・・・思い当たらないな。
ご飯を食べる? 寝る? 友達と遊ぶ? カラオケとか? いや、どれもちがう。
一番、辛かったのは母親が死んだときだ。はじめと二人だけになって、この先、生きていけるのか不安で仕方なかった。だけど、はじめがいた。はじめがいたから、頑張って生きる気力が湧いてきた。
家族は、家族がいなければ、家族ではないと思ってきた。だから妹が側にいれば、妹さえいれば家族でいられるんだ。
妹は、はじめは、絶対にいるんだ!
・・・ああ、イライラするなあ!!
「うるせーぞ! ガキがペラペラ口開いてんじゃねえぞ!」
それは自然と口から吐き出された。同時に、俺は冷静にアイテムスロットから木刀を取り出した。そして木刀の切っ先を地面に突く。
「びっ! びっくりしたあ! な、なによ急にでっかい声、あっ! わかった。あんた、頭おかしくなっちゃったでしょ。狂っちゃったんだ〜。プププ〜」
「こんなとこまで妹を探しにきたってのに、てめえみてえなゴミが、うちの家族の邪魔してんじゃねえぞ!!」
もはや何も聞こえなかった。『地核変動【アトムス・ギャップ】』と能力を発動させる。
「うるせーうるせー、てめえに構ってるヒマなんてねえんだよ! 全部、グシャグシャになってその口閉じろや!」
「テラ・フラクタス!!」
突き立てた木刀の先は、触れた小さな面から一瞬にして地面を、それが波紋のように広がり壁全体を土に変える。その範囲は、線路も、声も、微かな火も、揺らぐ影すらも飲み込んだ。
「はあっ! な、なによこれ!? え、あ、ちょちょっっとお!」
一瞬視界の端に、影から女の姿が飛び出てきたのが見えた。
どういう姿でどういう顔なのか分からず、・・・名前も、忘れたな。
俺は、そいつと一緒に膨大な大地に潰された。
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夜になると雨が降ってきた。実際に体温が下がるわけではないが、トカコは「さむい」と言い、自分の体を抱きしめている。「大丈夫か」と声をかけようとしたが、言葉は喉でつっかえて、なぜかその姿をしばらく見ていた。
きっと、さっきのクエストのことを思い返していたからだ。
地下鉄内で名も分からない、いや名乗っていたか? もうどうだったか忘れたが、とりあえず敵を倒すと、目を覚ました。気がつくとそこは交差点の真ん中だった。辺りは相変わらず片手で数えられるくらいの人数しかおらず、誰もが皆、膝を抱え、うつむいている。
ぼーっとしていると、通知音がした。メニューを開くと、クエストがクリア済みになっていた。洋服店のクエストである。
そうか。ゲーム内で死ぬとこんな感覚なんだな。案外痛みもなく、あっという間だ。
「やべっ、・・・あいつ迎えに行かねえと」
俺は急いで洋服店にトカコを迎えに行った。店に着くと、トカコは中でなぜか派手な女店主に服を仕立ててもらっていたようだ。俺を見て「おにいちゃん!」と弾けた笑みで駆け寄ってきた。自然に懐に飛び込んでくる姿が、はじめと、重なって見えた。
女店主に報告をして、アイテムに入っていた貴重な布を渡した。女店主は大げさにへたり込み、下手な泣き真似をしながら礼を言われ、報酬を受け取ったのだった。
去り際に「次来たときにはお洋服、タダで仕立ててあげるわ〜」と言いながら手を振られ見送られた。
「ああ、どっかで雨宿りするか。えーっと手頃な場所・・・」
洋服店を出てからは、なんとなく、歩いて回った。気分はどこにも向かなくて、たぶんこの夜の雨のせいだろう。雨が降ってきては探すにも難しいし、何よりトカコが寒がっている。見渡すとビルがあった、ああいった場所は野良のファントムがいることが多いから、ほかを探していると橋を見つけた。そこで雨宿りをすることにして、草の斜面を降りて橋の下にいくと、雨は凌げるが横から吹く風が寒々しかった。
俺は能力をつかい、地面のコンクリートを土に変えた。トカコは驚きながら「すごーい」と嬉しそうだ。さらに地面の土を操作して自分たちを囲うように壁を作った。
これで寒くないだろう。見るとトカコは目をキラキラとさせていた。
「ヨウタおにいちゃん! すごーい! エスパーだ。エスパー!」
「エスパーじゃないって。・・・いや、まあ同じもんか」
レベルが上がるごとに自分の能力の扱える幅は増える。初めは体と接している部分を土に変えるだけであったが、それを操作できるようになった。そして、・・・さっきの地下鉄での戦闘で、レベルが25になっていた。なにかの見間違えかと思ったが、どうやらあのエリアボスを倒したことで相当経験値が手に入ったということなのだろう。
能力の方も新しい技が何個か増えていて、その中で土からエネルギーを生み出す。というものがあった。少し考え、試しにつかってみることにした。地面に触れて軽く技名を言う
「テラ・テポレム」
すると、土がじんわりと温もりをもち始めた。
「あれ? なんか温かい。あったかーい!」
トカコは両手をバンザイさせて、笑顔を向けてくる。
・・・はは。
気づくと、笑っていた。
そのことに驚き、胸に少しの心地よさと刺すような痛みが同時にあった。すぐに顔が引きつり、誤魔化すように床に寝転がった。
トカコはふかふかな土の上で跳ねたりと楽しそうにしていたが、しばらくして落ち着くと横にちょこんと座る。足の裏が目に入り、そこで「ああ、こいつ裸足だったな」と、きっと遅い気づきがあって、ぶかぶかな白いシャツはスカートのように広がり、ハラハラと前髪が顔にかかる。
俺は、咄嗟にそれを直そうとしてしまい、すぐに手を止めた。
「ねえ、ヨウタおにいちゃん。・・・トカのね、お母さんはね。・・・ゲームが好きなの」
すると、トカコはポツリポツリと話しだした。顔は、髪がかかっていて見えづらい。だがさっきの笑顔のままだとは思えなかった。
NPCが、ゲームが好きとかあるのかと疑問に思いながらも黙って聞いていた。
「ゲームが好きでね。・・・トカのことは、あんまり好きじゃないの」
「・・・そんなこと、ないだろ」
考えた言葉が、浅くなっている気がした。俺は、こいつのことを知らない。いや、知るわけがないだろう。ゲーム内のキャラなんだし、だけど、それなのに、胸をずっとつつかれているのはなぜだ。
「トカはお母さんが大好きだよ。でも、お母さんゲームしてたらね。起きなくなっちゃった。きっとゲームが好きだから、・・・トカのこと好きじゃないから、ゲームの世界に行っちゃったの」
・・・あれ?
トカコの声は震えていて、今にも泣き出しそうで、見ると瞳は揺れて、ポタポタと雫が地面に落ちる。
「トカ、だからね。お母さんを探しにきたの。お母さんをみつけないと、トカのお母さんがお母さんじゃなくなっちゃうから」
体を起こして、顔にかかる髪を慎重に手の甲でよけた。すると、トカコはその手をつかみ、そのまま自分の頬にあてる。
トカコと目が合う。
カチ、カチ、カチと頭の中で音がする。
だがすぐに、頭を振り、息を吐く。心臓が高鳴って、スルスルと感情の制止をすり抜けて、理性が「そういうことだ」と告げてくる。
「おい、お前、名前は?」
「・・・トカコだよ。初島 青香子。お母さんは初島 紅葉って名前。お母さんね。いつもVRゴーグルつけてゲームしてるの。でも、お腹がへってもゲーム、やめなくて、そしたら起きなくなって、こわくなってね。だから、トカ、お母さんを探すためにVRゴーグルつけてね・・・」
呼吸が荒くなる。脳内をトンカチで殴られているみたいに揺れる。トカコにやめろ言いたくて、自分にダメだと言いたくて、それがグチャグチャに混ざり合うと、俺は自分の頭を殴りつけた。
だって、カチカチと音がしないから。
頭を殴りつけて、それで。
トカコは驚いてすぐに俺の右腕に飛びついてきた。
「どうしたの!? おにいちゃん!」
下唇を噛む。焦る頭で早く早くと急かす。カチカチカチカチと無理やり頭のメモリを回そうとした。
「いたくなっちゃうんだよ!」
不意に頭を触れられた。顔を上げると、トカコが俺の頭を撫でていた。
「自分でいたくしたらダメだよ。だって、かなしい。でしょ?」
カチ、・・・カチ。
メモリを回す音が、ゆっくりと静かに止まる。
「・・・悪い。・・・いや、ごめん。ごめんな。大丈夫だから」
そっと、瞳から逃れるように顔を背けたが、胸が詰まりそうで、そのまま寝転がり、トカコに背を向ける。口の中が震えてきたから、歯を食いしばる。
「・・・だいじょうぶ?」
トカコの声音は、純粋に俺のことを心配しているのだろう。背を軽く叩かれる。
「大丈夫だ」
と、答えながら、俺は「やめてくれ」と心の中で言った。
「ヨウタおにいちゃん。だいじょうぶ?」
トカコはまだ背中を揺すったり叩いたりする。
「やめてくれ」
と、答えて俺は「大丈夫だ」と心の中で言った。
「・・・・・・」
不意に背中に温もりを感じた。見ると、服を掴み背中にピタリとトカコがくっついている。
「おにいちゃん、・・トカもね。だいじょうぶだよ」
「・・・そうか。俺も大丈夫だ」
「うん。トカもだいじょうぶ」
「大丈夫だ」
「だいじょうぶ」
「大丈夫」
「だいじょうぶ」
二人で言い続ける。どちらかが言えば、それに答えるように言い続け、次第にそれは混ざりあって、どっちが言ったのかもわからなくなり、最後はそれも言えなくなって、二人とも疲れて眠った。
眠る瞬間に思った。
ああ、そうか。
こいつは、妹に似てるんじゃない。
こいつは、俺に似てたんだな。




