50.神様のブラックジョーク
ランヘル公爵領が水害に襲われる前日、王妃殿下は離婚書類を神殿に受理させた。というのも、神殿が過去にやらかした事件で脅した形だったとか。
神殿にしたら、離縁の風習が広まると困る。王侯貴族は政略結婚ばかりなので、夫婦間で不満が溜まりやすい。その燃料へ火をつける状態になるのは、彼らも望ましくなかった。その部分で離縁を拒む国王と一致していたのだが、脅迫はそこに楔を打ち込む。
神殿による寄付金の使い込みとその手法、金額……様々な贅沢の証拠が記された青い手帳らしい。
「惜しい、黒革ならドラマで観たわ」
聞いた瞬間の感想がそれだった。他人事だから、他に気になる部分はなかったの。
空の散歩は、水浸しになったランヘル公爵領の上だった。復興に動き出した人々が、大きく手を振る。
「俺に金を献上しても積みっぱなしだから、使いたくなる気持ちは分かる」
捧げられた供物を横領された神様の感想がコレ。気持ちは分かるが、許せるかと問われたら……気にならないのだとか。許せないって言うかと思ったわ。
「正直なところ、金にさほど興味はない。物欲は二千年ぐらいで、ほぼ消滅した。捧げられても願いを聞く気はない」
「神様のブラックジョークね」
物欲って、二千年もすれば消えるみたい。そこから先は、人との繋がりや触れ合いに価値をおいたのだとか。それも一千年もしたら飽きたと、ギータ様は笑った。
「ギータ様って何歳ですか?」
「ざっと八千年か? 国境の大きな山脈が、まだ平らだった頃に生まれたぞ」
例えが分かりづらい。何千年前に山が隆起したかなんて、知らないもの。ギータ様が言うには、この地に住んでいた鳳凰種が地下のマグマ熱を求めて、大地に体当たりした。潜り込んでマグマを探した結果、噴火したようね。そのまま彼らは地下で眠りに就いて、未だに起きてこないのだとか。
年齢差も八千までくると、想像できなくて受け入れちゃうわ。
「鳳凰が起きてきたら、この地を譲るんですか?」
元は鳳凰の土地ですよね。そう尋ねれば、ギータ様はいい笑顔で首を横に振った。
「いや? もう時効だろ」
私を食べた前回で、一度目の日本の記憶も得たそうです。あの頃の私の知識や言語もちゃっかり習得していた。ちょっと複雑だけど、内緒話を日本語で出来たら嬉しいかも。
「王妃が離縁したなら、貴族どもを焚き付けるか」
神殿の邪魔になると知りつつ、ギータ様は容赦なく策を練っていく。頼もしい反面、不思議な感じがした。この人は私のために動いてくれる。でもそれは、すごく前にフランカ姫がいたから……。
「フランカに嫉妬か? 安心いたせ。あの子の魂は俺と共にある。前回のお前も同じだ」
フランカ姫は魂を、私は血肉と知識を与えた。今のギータ様を作る一部が、過去の私。もやっとした気分が晴れていく。
「喜ばせるのが上手ですね」
「花嫁であるお前にだけ、だがな」
くすくす笑い合い、空の散歩を終える。ぐるりと旋回して、水害に襲われた大地で手を振る人々を後にした。




