12.野盗に同情しちゃったわ
「変わったお嬢ちゃんだ」
最初は「嬢ちゃん」だったのに、途中から敬称と思しき「お」が追加された。野盗のボスは、森の中にある砦の跡らしき建物に入っていく。一部は崩れているが、まだ屋根や壁は健在だった。雨風を凌ぐくらいは出来そう。
石造りの建物の奥、一部屋だけ絨毯が敷かれている。これも略奪品なのだと彼は笑った。
「手触りがいいわ」
「商人がどこぞの貴族に売りつける予定だったらしい」
「ラグラン織りね。推定だけど、家一軒分くらいの値段がするわよ」
部屋に敷き詰めても余るほど大きな敷き物の値段に、ボスはびっくりした顔で繰り返した。
「家一軒だと?」
「ええ。厚くて目が詰まった最上級品だわ。王族が使ってもおかしくないの」
貴族じゃなくて王族に売りつける気だったのかも。絨毯の上に下ろしてもらい、話す間に靴を脱ぐ。こんな上質な絨毯を、靴で踏むのは勿体無い。ヒールで引っ掛けてしまいそう。それに、靴の踵が擦れて痛いのよ。
「公爵の娘だと言ったか」
「ええ。長女で嫡子よ」
だから担保価値があるわ。そう付け足すと、野盗達は首を傾げた。
「なんでそんなお嬢さんが、大人しく誘拐されるんだ」
「罠じゃねえか?」
疑われても何もないから、肩を竦めてボスの横に足を投げて座った。
「立場上、いつ狙われてもおかしくないの。公爵令嬢で王族の婚約者。誰にいつ暗殺されるか、分からないでしょう?」
慣れているように振る舞いながら、内心で疑心暗鬼になる。面倒だから見捨てると判断されたら、殺されちゃうのかしら。お金をケチって払わないとか、ないわよね? 前回の記憶があるから、どうしても不安になる。
「幸せじゃねえのか」
「分かんないわ。初めて顔を合わせた人と婚約して、好きじゃなくても結婚するの。それが貴族令嬢の役目なのよ」
なぜか同情されてしまい、野盗達は、どこからか焼き菓子を運んできた。お茶は炒った麦を煮出したもの、ジャムや砂糖を使わない素朴な焼き菓子だった。彼らなりの持て成しね。
「ありがとう、頂くわ」
遠慮せずにお茶を飲み、すっきりした味に頬を緩める。喉が渇いていたみたい。飲み終わるとまた注いでもらえた。焼き菓子は少し硬くて、でも味が濃くて美味しい。甘くないけれど、ナッツの香りがした。
「これ、美味しい」
「お嬢ちゃんの口でもそう思うかい」
「ナッツの香りがふわっとして、硬いけれどしっかり詰まってる」
彼らによれば、携帯食として持ち歩くらしい。乾燥しているので日持ちして、なおかつ栄養も満点だとか。作り方の説明に目を輝かせていると、彼らは徐々に打ち解けてきた。
「にしても、貴族のお嬢様らしくねえ」
「悪い意味じゃねえぞ、俺らは今のあんたがいいけどな」
打ち解けすぎて、彼らが野盗になった経緯まで聞いて同情する。この先にある王家直轄領の隣、メルカド子爵家の領地で土砂崩れがあった。領主はその村を見捨てて、なかったことにした。国に報告しなかったのよ。
各領地には、災害防止用に公金が投入される。そのお金を子爵家が使い込んだらしい。何も対策をしなかったことがバレて、処罰されることを恐れた。愚か過ぎて頭痛がするわ。
「それって、お父様経由で国に報告出来ないかしら。そうしたら国が子爵を処罰するし、失われた命は戻らないけれど、土地を整備して元通りの暮らしも可能だと思うの」
驚いた顔をする野盗……もとい、メルカド子爵家領地の元農民達に提案し、私はこてりと首を傾げて返事を待った。