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天敵

ま、魔王イシザキツトム?——石崎努だと!?


久しいその名前を聞いた途端、脳内に前世の記憶がフラッシュバックした。






石崎努、俺が前世で過労死した研究室の直属の先輩だった人だ。研究室にいた頃、俺は彼の言いなりだった。


研究室という酷く狭い社会の中、学年というのは絶対的な立場の指標となる。

当時修士課程1年であった俺に対し、石崎さんは博士課程の1年。それは逆らえるわけがないだろう。彼の雑務は全て俺に回ってきて、実験のデータ集めもほとんど俺がやった。

そのおかげで自分の実験がまともに進まず、教授から散々詰められ———


「で、お前が勇者だな?こういう話では、光魔法を使える奴が勇者だって決まってるもんだ。お前名前は?」


こちらが前世の記憶に苦しんでいることなど露知らず、自称魔王——イシザキがこちらに話しかけてくる。

あぁ、この馴れ馴れしくしてくる感じ。

記憶の中の石崎の人物像と酷く一致する。


「...アルトだ」


様々な記憶の波に揉まれつつも、なんとか自分の名前を答える。

勿論、俺は勇者などではない。それは絶対にセインのことだ。だが、今の状態ではそれを指摘することが出来ない。それくらいに今の精神状態は不安定だ。


「そうか...アルト、か。さて、俺がここに来た理由なんだが、別に勇者であるお前を殺しに来たわけじゃない。勧誘をしようと思ってな」


うんうん、と満足気に頷いたイシザキはそう言葉を続ける。

勇者を魔王が勧誘?コイツは何を言っているんだ?


「魔王と勇者ってのは、それぞれがこの世界で最強の存在だろ?だからその2人が争うんじゃなく協力すればこの世界はうまく回ると思うんだ」


魔族代表である魔王と人類代表である勇者。

その2人が手を取り合い人類と魔族が共存する世界こそ、セインやメモリアが理想としている世界だろう。だが、あの石崎がこんな提案をするのか?裏があるように思えてならない。


「...その世界の実現は厳しいのではないか?」


彼の本心を探るため、石崎の望む世界について深掘りする。そして、その予感は見事的中することになる。


「なぁに、勇者であるお前にも手伝ってもらうんだ。楽勝だろ。———人類を征服するのなんて」


「!?」


「あぁ、手伝ってくれた暁には人類の領土の半分はお前が持ってても良いぜ?あと出来れば、亜人とかエルフとかも捕まえたいよな。まあ、それは人間を征服してか考えるか。あ、お前エルフとか信じてないタイプか?安心しろって、俺の部下からエルフの里が見つかったという報告を受けている。もしそいつら諸共征服できれば、金にも女にも困らないで一生遊んで暮らせるぜ?」


自信満々に自身の考えを話すイシザキ。

あぁ、やはりこいつはカスだ。前世の頃から何も変わらない。セインやメモリアとは頭の構造からなにもかもが違っているようだ。


「さあ、勇者アルトよ。俺の元に来い」


断られることを全く想定していないのか、イシザキは自信たっぷりにこちらに手を差し伸べる。本気でこいつは今のプレゼンで俺が仲間になるとでも思っているのか?


「そ、そんなの——」


受けるわけないだろう。

そう言葉を紡ごうとしたとき、目の前にいる男と前世の記憶にある石崎とが重なった。脳に前世の記憶が蘇る。ありとあらゆる、地獄の日々の記憶が。


声が、口が、体が、急に震える。

なんだこれ。上手く声が出せない。心臓がうるさい。トラウマとはこれほど恐ろしいものなのか。


「あ、うッ」


遂には意識が朦朧とし出し、後ろへ下がろうとした俺は足がもつれて床に尻餅をついてしまった。


「どうした?ほら」


目の前に差し出された男の手に、尻餅をついたまま後ずさることしかできない。


駄目だ。こいつは。この魔王イシザキは。

俺の唯一の、天敵だ。







「アルト!!」


「イ、イヴェル、さん…?」


過去のトラウマに怯えイシザキを前に何も出来ない俺の前に、腰に剣を携えた赤髪の少女——イヴェルが現れた。

余程急いできたのだろう。その息は激しく乱れている。


「アルト君、大丈夫?」


「シ、シエルさんまで。は、はい。大丈夫、です。ありがとうございます」


そして俺の横へはシエルが駆け寄ってきてくれた。

彼女の手を取って立ち上がり、イヴェルの方へ目を向ける。


「私の仲間を傷つけるとは。貴様、うちの生徒ではないな。何者だ」


「おー、流石は勇者様。女の子に囲まれて羨ましいなぁ」


「何者だと聞いている!」


「おいおい、そんな怒んなって。可愛い顔が台無しだぜ?俺は魔王イシザキ。イシザキツトムだ。覚えときな」


「魔王だと?......普段なら酔狂なやつだと切り捨てたところだが、その異質なオーラ。嘘ではないようだな」


イシザキの危険性をすぐに理解したイヴェルは、ゆっくりと自身の剣を抜刀する。


「お、俺とやろうってんの?多分姉ちゃんじゃ俺に勝てないよ?まあいいか。姉ちゃん可愛いから、負けても俺の奴隷にしてあげ———」


「なら、その戦いに私も混ぜてもらおうか」


俺から見てイヴェルとイシザキの、更に奥から突如現れたアーレットは、イシザキのその無防備な背に斬りかかった。


「ガッ、ぶねぇな!おい!」


「生徒たちを守るのが、私の務めなのでね」


アーレットは目には見えない速度で次々に剣や魔法で攻撃を加えていく。流石はこの学園の学園長。剣術と魔法のどちらも全く隙がない。


その一方で、それと渡り合っているイシザキも大したものだ。アーレットの攻撃を見切り、その全てを捌き切っている。

また防御に専念しているのではなく、機会を窺って反撃も随時試みている。だが、


「グッ...」


イシザキの相手はアーレットのみではない。

アーレットに意識を裂かれていたイシザキの腕を、イヴェルの剣が捉えた。


「あぁ、痛ぇなぁ。流石にきついか。ここら辺が引き時かね」


この状況において自身が圧倒的に不利であることを悟ったのか、傷ついた腕を押さえたイシザキは早々に撤退を決める。


「逃すと思うか?」


そんなイシザキに対し、アーレットの剣戟は更に激しさを増す。それに合わせてイヴェルも加勢する。ここでイシザキを倒してしまうつもりのようだ。


「いーや、逃げさせてもらうぜ。&:¥,8:!sb:¥」


イシザキが小さく魔人語を呟いた次の瞬間、彼の足元から真っ黒な魔力が一気に湧き上がる。それは一瞬でイシザキの体を包み込んだ。


「させるか!」


間髪入れずアーレットはその真っ黒な魔力を両断するが、


「...逃げられた、か」


霧散していく黒い魔力の中、もうすでにそこにイシザキの姿はなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



イシザキが逃げた後、俺たち4人は一度学園長室へと移動して状況の擦り合わせを行うことになった。


「学園長、あれは一体...」


「ああ、恐らくあれは今期の魔王だろう。魔王イシザキと言ったか...」


未だイマイチ情報を整理しきれていないシエルの問いに、アーレットは少し何かを考えるようにして答える。


「ところで、アルト君は大丈夫なのか?」


「は、はい。問題ないです。助けて頂いて本当にありがとうございます」


「いい、気にするな」


アーレットへ頭を下げると、彼女は手と首を振って答えた。


「それにしてもあの魔王は...」


「学園長と対等に戦えるんですか...」


イヴェルとシエルは少し俯きながら言う。

その表情はかなり暗く、魔王イシザキという存在に少なからずの恐怖心が芽生えているようだ。イシザキとアーレットの戦闘を間近で見たからこそ分かるのだろう。どれだけ魔王イシザキが強大であるのかを。


イヴェルはイシザキに傷を負わせたものの、それはアーレットの補助があってこそだ。それを彼女自身も分かっている。



「ああ、確かに奴は強い。だが君たちがこれから努力をし、力を合わせれば決して勝てない相手ではない。だからここで落ち込む必要はない。取り敢えず、今回の件は内密に頼む。他の生徒に無駄な心配をさせたくないからな。ほれ、明日は入学式だ。さっさと帰れ」


そんなアーレットの一言によってその場は解散となり、俺達はそれぞれの帰路についた。




もうすっかり暗くなってしまった道を進みながら、俺は実際に魔王の力を目の当たりにして感じたことについて考えていた。




.......流石に魔王が弱すぎる。

 

まあ、その魔王に文字通り手も足も出なかった俺が言えたことではないと思うのだが、それでも魔王よりも部下であるはずのメモリアの方が全然断然強いことは確かだ。


そもそも小説内において、魔王はセインを含めた5人パーティーで討ち果たす予定だった。

学園卒業時のセインでも、1人では魔王に手も足も出ないくらいに魔王は強大な存在にしたはずなのだ。その魔王が現時点でアーレットと同レベルの強さというのは、かなり違和感を覚える。


このままセインが小説版よりも強くなっていくのに対して魔王が今のままだとすれば、それこそセイン1人だけで魔王を倒せるようになってしまうだろう。

それほどまでに今のセインは成長しているし、今の魔王は力不足に感じた。


そういえば、前世の頃の石崎は自分の才能に胡座をかくタイプの人間だったか。

石崎は元々要領が良く、うちの大学へは大した努力もせずに現役で受かったと言っていたはずだ。そのため浪人していた俺の事を心底馬鹿にしていた。


しかし大学に入ってからは遊びまくっていたためにその成績は全く振るわず、ギリギリ卒業できるくらいの単位しか取っていなかったのだとか。


「物語の最後というものは、意外とあっけないものなのかもしれないな」




この小説ではない物語で、セイン達はどんな結末を迎えるのだろうか。

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