妹のような
「別に無理して手伝わなくてもいいんだぞ?体調が悪いなら休んでも...」
「大丈夫です。問題ありません。それに入学試験ではお手伝いできませんでしたから。これくらい手伝わせてください」
魔王イシザキとの邂逅を果たした日の翌日。
生徒会役員である俺は、その業務として入学式の準備を進めていた。イヴェルには休むことを勧められたが、体調に異常はなかったのでそれを断り手伝うことにした。
それに先程、彼女から入学試験の結果を見せてもらったのだが———
「新入生代表挨拶。新入生代表アーネ=エルトリア」
「はい」
なんと、入学試験の総合成績トップはアーネだった。
名前を呼ばれた彼女は堂々と壇上へ上がり、その澄んだ声で原稿を読み上げる。
アーネの晴れ舞台だ。
設営はちゃんとしてやりたいだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
入学式も無事に終わった、その日の午後。
「アルトさ〜ん!」
「お?」
「どーん!」
今日は授業がないため何をすることもなく芝生に腰を下ろしていた俺へ、後方から何かが勢いよく抱きついてきた。
「久しぶりだな。アーネ」
「お久しぶりです!アルトさん!」
目線を後方へ向けると、そこには眩しいくらいの笑顔を浮かべるアーネの姿があった。
彼女と会うのは文化祭以来なので、約半年ぶりだ。本来であれば入学試験で会えたかもしれないが、生憎俺はそのときエルフの里にいた。
「……少し、ごめん」
不意に、向き合ったアーネの顔へ手を伸ばす。
「ッ!?」
その行動に彼女は驚いたようにしながらも即座に離れたりすることはなく、じっとその場に固まった。
俺はそのまま手を伸ばし、彼女の茶色い髪を軽く横に避ける。その奥には形の良い、小さな耳が見えた。
その耳には、青い宝石の埋め込まれたピアスがつけられていた。イヴェルやシエルにつけられていたものと全く同じ形だ。——やっぱりか。
「~~~~~!!、ア、アルトさん!」
そのピアスの存在の確認し手を離すと、数秒間の沈黙ののちに彼女は声を上げた。
「い、いきなりあんなことをされると困っちゃいます!心の準備もできないですし…わ、私だから良かったですけど、さっきみたいなことを絶対に他の人にしちゃダメですからね!!」
そう言うアーネの顔は茹で蛸のように真っ赤であり、表情には驚きと焦りの感情が強く表れている。
「…ああ、驚かせてすまない。少し確認しておきたいことがあってな。因みにそのピアスって——」
アーネを驚かせてしまったことについて謝罪を述べつつ、一応彼女へピアスのことを尋ねる。すると予想通り、彼女からはイヴェルやシエルと同じような反応が返ってきた。
「このピアスがどうかしたんですか?」
アーネは自らその髪をかきあげてそう尋ねてくる。再度その姿を見せたピアスは、恨めしいほどに彼女に似合っていた。
「ああいや、なんでもない。少し気になっただけだ。気にしないでくれ」
現状の対応策がない以上、その情報で彼女を混乱させるべきではないだろう。記憶にある奴らの目的は、アーネ達ではなく俺だ。
まあそれでもピアスを外す策を検討しておくに越したことはないのだが、俺は魔道具について最低限の知識はあるもののエキスパートではない。適当に外そうとしてその瞬間に爆発でもしたらそれこそ大惨事だ。今は放置する他ないだろう。
「というか、どうして俺の場所が分かったんだ?」
彼女に無駄な推測をさせないよう、俺は少し無理矢理に話題を変える。
「ふふん!アルトさんの居場所なんて、アーネちゃんレーダーがあればすぐに分かりますよ!」
素朴な質問を投げかけてみると、腕を組んだアーネは胸を張って答えた。
アーネちゃんレーダー?なんだそれは。なんだか怖いからこれ以上の深入りは避けるが。
「そ、そうか。ゴホンッ......アーネ、改めて入学おめでとう。合格するとは思っていたけど、まさか首席とはな。驚いたよ」
「へへん!私が本気を出した結果です!さてさて、アルトさん。首席を取った私にご褒美をくれても良いんですよ?」
彼女は嬉しそうにそう言うと、俺の方に自身の頭を突き出してきた。...撫でろってことか?
「ほらー、エラいぞー、ヨクガンバッタナー」
「......本当に思ってます?」
アーネは俺の態度に多少不服そうだったものの、頭を撫でられるのは嬉しいのか口元が少し緩んでいる。こちらから撫でると子供扱いするなと反発するくせに......可愛い奴め。
「それで、他に何か欲しいものとかは無いのか?」
「え?アルトさん何かくれるんですか?」
「いや、入学試験首席のご褒美が頭撫でるだけってのはやばいだろ...」
この娘は俺を一体なんだと思っているのか。
改めてにはなるが、この学園の入学試験のレベルというものはかなり高い。それに主席で合格したということは、俺が多少の手解きをしたとは言え彼女自身でも血の滲むような努力をしてきたということは間違いない。
そんな快挙の祝い事が、頭を撫でるだけというのは流石に忍びないだろう。
その質問に少し考えていた様子のアーネは、何かを思いついたようにその顔を上げると、どこか緊張した面持ちで自らの左腕を指さした。
「えっと、じゃ、じゃあ———コレ、とかダメですか?」
その指をさした先には昔、彼女に預けた水色のブレスレットがつけられている。
なるほど。
そのブレスレットは、俺が数年前にそれこそ血を吐くような努力の末に勝ち取った魔道具で、水魔法の威力を格段に上げてくれるという超強力かつ貴重な一品———なのだが、まあいいか。
「ああ、別にいいぞ。今からそれはアーネの物だ」
「え?ほ、本当にいいんですか?」
あっさりとそれの移譲を許可した俺に、許可を求めてきたアーネの方が驚いてしまう。
「そっちから聞いたんだろ?何を今更」
「え、い、いや、だってこれ、すごく貴重な魔道具で、」
「アーネはこの学園の入学試験で首席を取ったんだ。それを使う権利は十分にあると思う」
「あ、いや、その...」
色々と悩んでいるのだろう、ブレスレットを見つめるアーネはそのまま黙り込んでしまった。
...昔からアーネは黙りこくることが多いな。
「アーネはこの学園に入学するために、今まで沢山の努力と我慢をしてきたんだ。だから学園に入学した今、少しくらいは…我儘になってもいいんじゃないか?」
「~~~~!!、そ、そうですか。で、でしたら、お言葉に甘えてこれは貰っておきます...」
「おう」
最後にアーネの背中を押すと、彼女は左手首に付けているブレスレットを大切そうに右手で包んだ。うん、彼女ならちゃんと大切に使ってくれそうだ。
「そういえば、アーネは平民で首席なんだよな?何か嫌がらせとか受けてないか?」
なんだか湿っぽい雰囲気になってしまったため、再度話題を切り替える。
実際、アーネが身分による差別を受けていないかは気になっていた。何か嫌がらせを受けたのであれば、その首謀者にはお灸を据えてやる必要がある。
「え?あ、ああ。はい、取り敢えず今のところは何もないです。アルトさんのときは何かあったんですか?」
「ああ、俺も具体的に何かあったわけでは無いが一度、同級生の王子様と剣聖の弟に絡まれてな。あとは観察するような視線とか」
「ああー、あのねちっこいやつですね。なんでこんなに見られてるのかな〜と思ってたんですが、そういうことですか。あ、絡まれたと言えばクラスメイトの男子数人から、妻にしてやってもいいぞ的なことを言われましたね」
「...」
なるほど。
幸いにもアーネには直接的な嫌がらせはないようだが、俺たちとはまた別の問題が生じているようだ。男である俺やセインではなく、可愛い女の子であるアーネが優秀な成績を収めるとそうなるのか。
なんだか胸がモヤモヤする...
「あ〜、アルトさんどうしたんですか?もしかして、その男子達に嫉妬しちゃいました?」
その話を聞いて黙りこくる俺へ、ニヤニヤとしたアーネがそう尋ねてくる。
う〜ん、嫉妬...か。
その言葉は、どうしてか今の俺の心情を表すのに妙にしっくりときた。
「...そうかもな」
「え?」
そうポツリと呟くと、彼女は少し驚いたような声を出した。
「アーネはとても優秀だし、それに加えて美人で可愛い。大抵の男からはとても魅力的な存在に映るだろう」
「ど、ど、ど、どうしたんですかアルトさん!いつものアルトさんらしくないですよ!」
冷静かつ客観的に周りから見たアーネという存在について分析していると、彼女は突然に大きく慌て出した。急に一体どうしたんだ。
「いや、単に事実を述べているだけだ。そんなアーネが他の男から言い寄られているという当たり前の事実に、俺は自分勝手ながら胸が苦しくなった。それもそのはずだよな。だってアーネは俺にとって———」
「ア、アルトさん…!!そこまで私のことを想って...!!だ、大丈夫です!言い寄ってきた男達は心に決めた人がいるって言って全員断りましたし、しつこい奴にはアルトさん直伝の魔法で蹴散らしましたから!だからアルトさん、そこまで心配しなくても大じょ———」
「だってアーネは俺にとって、妹みたいな存在だからな!」
「へ?」
そう、アーネは俺にとって妹のような存在だ。可愛い妹がよく分からん男に言い寄られていたら、そりゃあ腹が立つし嫉妬の一つもするだろう。
「こ、この人、あの雰囲気でそういうこと言うんですか!?あり得なくないですか!?というか妹って、私は恋愛対象にすら見られてないんですか!?以前からスキンシップを少し多めにして、異性として認識させようとしていたのに———はッ!もしかして、逆に距離が近すぎましたか!?アルトさんに対する私の距離が近すぎて、アルトさんにとって私は妹的な立場に...いや、何も思われていないよりはそりゃいいですけど...妹ってことは当然結婚もできないですし...それじゃあ大切に思われてても意味が無いというか...」
ん?アーネが手を額に当てたり顎に当てたりして、一人でブツブツと考え込んでいる。本当にどうしたんだ?
「どうしたんだ、アー」
「アルトさん!私分かりました!」
「ん?」
どこか落ち込んだ様子の彼女へ声を掛けようとすると、その前にアーネは何かを閃いたように声を上げた。彼女には何かが分かったらしい。
「私、アルトさんの認識を改めさせます!そのために私、頑張ります!」
「お、おう。が、頑張れ」
そう言うアーネはやる気満々、といった様子でその目を輝かせる。どうしよう、話が見えない。
当のアーネはそんな俺を気にも止めず、興奮した様子で更に話を続ける。
「はい!だからアルトさん!今日から一緒の部屋に住みましょう!」
「なにがだから!?」
彼女から突然飛び出した爆弾発言に、俺は思わず叫んでしまった。
「私はアルトさんの妹なんですよね?だったら一緒の部屋に住んでもおかしくないと思うんですよ。で、どっちの部屋にします?私の部屋ですか?それともアルトさんの部屋ですか?私はどっちでもおっけーです!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!落ち着けアーネ!どうして一緒に住むことが前提になっててるんだ!?それに寮は異性立ち入り禁止のはずだ!」
「私は十分落ち着いてます!アルトさんこそ観念してください!どうせみんな異性の一人や二人ぐらい連れ込んでますよ!気にすることじゃないです!」
「気にするだろ!」
アーネの無理矢理な物言いに、俺はそれを真っ向から反対していく。
「と、とにかく!一緒に住むなんて無理だ、諦めろ!」
「むー、アルトさん、どうしても認めない気ですね?」
「当たり前だ!」
「ふぅ〜ん?」
これほど正面から否定されているのにも関わらず、アーネは少し嬉しそうに笑った。
「そうですか。ならその代わりに今度の土曜日、私とデートしてください!」
「デート?お出かけってことか?」
「お出かけ、じゃなくてデートです!私とアルトさんの2人でご飯を食べたり、ショッピングをしたりするんです!」
つまりお出かけじゃないか。......とは、口に出さなかった。なんだか怒られそうな気がしたから。まあ、普通に出かけるくらいなら別に問題はないか。
「それなら問題ない。今度の土曜日だな」
「言いましたね!土曜日ですよ!絶対に忘れないでくださいね!」
「分かった分かった。ほら、俺はもう寮に帰るぞ。アーネはどうするんだ?良ければ送るが」
「送ってください!おんぶ——いや、お姫様抱っこで!」
「却下だ」
そんな形で学園での再会を果たした俺とアーネは、仲の良い兄妹のように寮へと歩いていくのであった。




