シャーロット=ナイラ
このフィールドダンジョンへ挑んでから約3週間が経過し、ついに足を踏み入れた10階層。
思えば、この3週間は苛つくことの多い期間だった。
思い通りに行かないモンスターとの戦い。姉様とセイン君に助けられてばかりの自分。口を出すだけで、自分は何もしない指導者。
しかし振り返れば、この期間が自らの力を底上げしてくれた事は認めざるを得ない。
元々不得手だった接近戦、それを強要される事で攻撃のいなし方、自分の体の使い方を学んだ。得意だった魔法も今まで以上に制御が可能になった。
ここまで私が成長できた要因。
それに、後ろに立つ指導者の存在は大きく貢献している。それは分かっている。だからこそ、腹が立つ。
私は強くなりたい。
そこに明確な理由はない。
単に魔法が好きだから、得意だったから。
そもそも、強くなりたいと思うのに理由なんているのだろうか。
———なんて、半年前の私は思っていた事だろう。
今の私は、強さを求める明確な理由がある。
私の前に立つ、金髪の青年。
彼の隣に立つのに、相応しい人になりたい。
ただ、それだけ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
セイン君の見つめる先———これまでの迷路のような階層とは異なる、四辺の壁以外に仕切りの無い大きな部屋の中央。そこには、象に似た1匹のモンスターが佇んでいる。
10m弱ある巨大な体長と、3本に枝分かれした大きくて長い鼻。そして他のモンスターにはない、独特の威圧感。
このモンスターを倒せば、長く険しかったダンジョンの攻略が完遂される。
それを悟った私は、一度気合を入れなおす。
相手はダンジョンのボスモンスター。油断をしていい訳がない。
しかしその幕切れは、非常にあっけないものだった。
「———えいッ!!!」
「フゴォォォォォォォ!!」
先手必勝。
戦いの火蓋を切るように飛び出し、真正面から放ったセイン君の一太刀。
それが振り下ろされるや否や、ボスモンスターの体は真二つに裂け、赤黒い血を勢いよく噴き出しながらボスモンスターは倒れた。
モンスターはそこから回復する気配もなく、数秒後には光る粒子となって宙に消えていった。
「…や、やったぁぁぁぁ!!すごい、すごいよ!セイン君!」
このダンジョン内で最も強いであろうボスモンスター。
それを彼は誰の助けもなく、一人で討伐したのだ。それもたった一瞬で。
そんな偉業を目の前で見れたことに、私は興奮を隠すことができない。
しかし、
「気づきましたか。セイン君」
「…はい」
「そうですか。でしたら、君の思うようにやってみると良いでしょう。フォローはします」
はしゃいでいるのは私だけで、一方のセイン君はトウラと共に何かを話し合っている。自分が場違いであることを悟った私は、羞恥心を堪えつつ口を閉じた。
「……この辺り」
何かを探すようにゆっくりと階層内を一巡したセイン君はある地点で立ち止まり、傍の壁に向けて剣を振り下ろした。
ガラ、ガラガラガラガラ……
すると壁はみるみる内に剥がれ落ち、その先には一本の階段が出現した。
「隠し階層…か」
その一部始終を見ていたトウラは、独り言のように呟く。
隠し階層。
ダンジョンに稀に存在する、通常は入ることが出来ないが、ある特定の条件を満たしたときに入ることのできる階層のこと。
セイン君がなぜ、それを見つけることが出来たのか。
その理由は分からないけれど、見つけてしまったからには挑まないわけにはいかないだろう。
今度は姉様も同じことを思っていたらしく、私たちは吸い込まれるように階段の方へと足を進めーーー
「待て」
そんな私たちを制止するように、トウラが声を発した。
見ればセイン君も、私を制止するようにその腕で入り口を塞いでいる。
彼らの横顔は今までにないくらいに真剣そのもので、この先へ挑むか、いや、私と姉さんを連れて行っていいものかと悩んでいるように見えた。
隠し階層に関する一般論として、隠し階層の難易度は通常のそれと一線を画する、というものがある。
セイン君とトウラの二人がここまで警戒をするという事は、あの階段の先からはそれほど異質な何かを感じるのだろうか。私では、それを感じることは出来ない。
これがトウラとセイン君の二人だけだったら、悩むこともなく先に進んだのだろうか。
私の実力が不足している。薄々と感じていた事実が浮き彫りになったようで、少し自分のことが嫌になる。
私はこの3週間で間違いなく成長した。
それでも、彼の隣に立つにはまだ足りないのか。
「トウラ様。私のことを大切に思ってくれていることは、大変ありがたく思います」
無音で張りつめていた階層内に、姉様の声が響いた。
「ですが、私をお守りになるのは、どうかお止めください。ここであなたについて行くことが出来なければ、私がここまで鍛えてきた意味がありません。大丈夫です。自分の限界は把握しましたから」
声のした方を見れば、姉さんがトウラの手を両手で包んでいて、二人は正面から見つめ合っていた。
「…オレを利用していましたね」
「普段は頃合いを見てサリーが止めてしまいますから。トウラ様の放任主義を信頼して良かったです」
「それは誉めているのですか?倒れた貴方を運んでいたのは誰だと思ってるのですか?」
「分かってますよ。貴方が無理はさせても無茶はさせない人だって。…だから先ほども、私のために悩んでくれたのでしょう?」
すると先ほどまでの張り詰めた雰囲気が嘘だったかのように、トウラと姉さんは和やかに会話を弾ませる。その表情からはトウラの心情は読み取れない。だが、彼が姉さんに握られた手を解くことはない。
「シャーロットさん」
そんな二人の様子に目を奪われていると、後方から声をかけられた。
そちらを振り向くと、真剣な顔で私を見つめるセイン君の姿があった。
何を言われるのだろうか。
セイン君は優しい。だからこそ、私を連れて行かないという選択を取る可能性が高い。
彼は優しいが、決して甘くはない。少なくとも、一人だけ行けないのは可哀そう、なんて理由で判断を下すことはないだろう。
緊張。
それだけが私を支配し、セイン君へ返す言葉が見つからない。
「……僕さ、実はすごく怖がりなんだ」
しかし、私の耳に届いたのは突拍子の無い言葉だった。
「…え?、そうなの?」
「うん、今も本当はすごく怖い。子供の頃はアルトがいつも先導してくれて、彼に付いて行く一心でここまで来たんだ。このことは、アルトも知らないんじゃないかな」
そう言葉を続けるセイン君は、昔を懐かしむように視線を少し上げる。
そんな一見ネガティブな内容を話す一方、その顔はとても柔らかく微笑んでいた。
「だから、シャーロットさん。僕の傍で、勇気をくれないかな。それが原因で危険に巻き込んでしまうかもしれないけど…君には、近くで僕の背中を押してほしい」
そう言葉を結び、彼は手を差し出す。
たった半年の付き合いだとしても、彼が恋愛観に疎いことはなんとなく分かっている。
それを証明するように、こんな告白のような台詞を吐きながらも、彼の顔からは恥ずかしそうな様子は一切見られない。
それを悲しいと思う反面、私を認めてくれたという実感が湧いてきてーーー
「うん…!!私でよければ…!!いつまでも…!!」
正面に差し出された手を、私は震える手で強く握った。




