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セインの長期休み2


「よくぞ、ここまで参った。力を持つ者たちよ」


10層で発見した階段を下った先——隠し階層へと足を踏み入れると、重厚感のある低い音が鼓膜を打った。


前方へ目を向けると、10層と同様の大きな部屋の中心には、人の形を成した1つの真っ黒な影が立っていた。


「我はユーリック=グレース。この地を護る、ただの死霊なり。我は貴様らを歓迎しよう。…だが、持たざる者を死地へ連れて来たことは許容できん。弱者は連れてくるべきではなかった」


その影の成す人型に見覚えはなかったが、影の名乗った名前。ユーリック=グレースという名には聞き覚えがあった。



ユーリック=グレース。

グレース王国にもその名を残す、王国歴史上で最も有名であり、王国内でその名を知らぬ者は存在しないほどの人物。


500年前に突如として現れた絶対悪、魔王という存在———それを討ち果たしたとされる、初代勇者の名だ。



初代勇者の名を名乗った、見知らぬ影。

普段であれば、あり得ないと一蹴したことだろう。


だが今僕の眼前にいるのは、間違いなく初代勇者である。

それを認めざるを得ないほど、影は強大なオーラを放っていた。


「おや、勝手なことを言わないでください。初代勇者かなんだか知りませんが、貴方の見る目がないだけでは?」



初代勇者を名乗るその影に、トウラさんが反応する。

投げかけた言葉は挑発気味だが、彼の眼は油断なく眼前の影を見据えている。


「ほう…?彼等が弱者ではないと、そう申すか」


その返答に、影は興味深いと言うように顎へその手を添えた。


「であれば、その力見せてみよ…!!」


その瞬間、後方から強い魔力の気配がした。

そちらを振り向くと、シャーロットさんとティターニアさんの2人を取り囲むように、大量の剣が宙に浮いていた。


「旧友の技だ。彼に比べれば、私の模倣など所詮贋物に過ぎないが」


影はどこか過去を懐かしむに言葉を発する。

しかしそれも束の間、出現した剣は2人へ向けて一斉に突進を始めた。


「貴様らは自身の判断が原因で、仲間を失うことになるだろう。だがこれは、貴様らにとって良き経験に…」


「———勝手なことを!!」


「———言ってんじゃないわよ!!」


ドンッ!!!!!!


直後、剣の成した半球の中心から大きな竜巻が巻き起こった。

その竜巻はすぐに収まり、発生源となった場所ではシャーロットさんとティターニアさんの2人が無傷で立っている。


その数秒後、金属が強く打ち付けられる音があらゆる場所から鳴った。

彼女らを取り囲むように存在していた全ての剣は、風によって宙へと巻き上げられたようだ。


「…で?これでも、彼等を弱いと言うか?」


トウラさんが影へと問う。

この一連の事柄の中で、彼は一度も後ろを振り向いていない。


「ほう、全て弾いたか…弱者と評したことは撤回しよう———だが、弱者でないからと言って、我と戦える訳ではないぞ?」


次の瞬間、目の前の影の纏う雰囲気が一変する。


「我と戦うと言うのであれば、足元にある線を越えるといい。さすれば、もはや手加減はしない」


影から発せられるのは、何の不純物もない至極純粋な殺気。僕らを脅そうだとか威圧しようだとか、そんな意図の全くないただただ純粋な殺気。


「…ッ!!」


そんな殺気であるからこそ、僕たちは動くことができない。数歩足を進めるだけ、それだけなのに足が動かない。自らの意思ではない。本能がそれらを拒否する。動きたい。だが、動けない。いや、怖い。恐い。動いてはいけない。今一歩でも動けば最後————-






———待て。落ち着け。

場の圧に呑まれそうになった思考を、一度落ち着かせる。



影から放たれる強い殺気、大きく括って仕舞えば圧倒されるほどの威圧感。

威圧感それ自体は、強者であれば誰しもが無意識に放っているもので、例えば幼少期に対峙したザルスや武術祭で立ち会った生徒会長、それに学園長などからも感じられたものだ。


だから言ってしまえば、対応はそれほど難しくない。強者を目の前にした時、相手の圧に流されず自身の実力を出し切る方法。


相手の纏う威圧感。それが、これまでに感じた威圧感の数百倍濃い、ただそれだけで。


「……ふぅ」


一度全身から力を抜き、硬直した身体をリセットする。

そして胸の辺りから指先までゆっくりと力を流し、自身の身体であると脳に理解させる。


「…よし」


そのままゆっくりと右手へ力を入れれば、少しぎこちないながらも自由に動かすことができた。

それを確認した後は、まるで先ほどの硬直が嘘だったかのように全身が自由に動いた。

やはり他のものと同じように、一度動くことがれば以降は簡単に動くことができる。


「…トウラ様」


僕が安堵の息を吐いた直後、後方からティターニアさんの声が聞こえた。


「ここで動けないことを恥じる必要はありません。むしろ、立っていられるだけで十分及第点です。あとは、オレ達に任せてください」


そちらへ目を向ければ、立ったまま動こうとしないティターニアさんと、その数歩先で前方を見つめるトウラさんの姿が見えた。

トウラさんは影を見つめたまま首を回したり屈伸をしたりと、普段通りに動くことができている。




その会話を聞き、僕は咄嗟に後方を振り返った。

普通では気絶してもおかしくないような殺気。それを受けて、シャーロットさん、彼女は無事だろうか。


振り返った先、そこには自らの足で地面に立つ彼女の姿があった。しかしその顔はひどく青ざめており、いつ気絶してもおかしくない状態だった。


「シャーロットさん!大丈夫!?」


「セイン君……….ごめん。私は行けない」


急いで駆け寄ると、彼女は小さく震える声でそう呟いた。


立っているだけで十分、だから無理をしないで。そう彼女へ声をかけようとした、その時。


「———だからこそ!私の分まであいつを倒してきて!セイン君ならできるから!」


先程までの消え入りそうな声とは一転、普段の彼女に迫るような力強い声が届いた。


「!!、シャーロットさん!!」


その直後、目の前のシャーロットさんの体が大きくふらつき、僕は急いでその体を受け止める。受け止めた彼女の体には力が入っていない。どうやら気絶してしまったようだ。


「さて、セイン君。行きますか?」


シャーロットさんを平らで安全な場所へ移動させると、後方からトウラさんの声が聞こえた。


「…はい。勇気を貰ったので」


目の前で眠るシャーロットさんの顔色はあまり良くないものの、表情には笑みを浮かべている。その表情を再度確認した後、僕はトウラさんと合流し、影と対峙する。



「覚悟はできたか。では行くぞ!”勇者セイン”、そして”導き手トウラ=ヴィールド”!」


僕らが足元に引かれた線を越えたのを見ると、影はどこからか真っ黒な剣を取り出し、僕の眼前へと肉薄した。


「ぐ、ウゥゥ!!!!」


そして容赦なく襲いかかってきた斬撃を、僕はなんとか弾き返す。早い。今まで戦ってきた誰よりも。


決して反応できない訳ではない。だが、これだけ接近すれば嫌でも分かる。この影と僕の間には、埋めようのない大きな差がある。だからこそ、この戦いは短期決戦で決着をつけなければならない。


「うぉォォォォォォ!」


弾いたことで出来た一瞬の隙をつき、僕は攻撃に転じる。


「ふむ…決して悪くはない」


眼前に立つ影は自らに振り下ろされる剣を見て、それらを全て真っ向から捌く。自分で言うのも何だが、ここまで完璧に攻撃を流されたのは初めてかもしれない。


でも、このまま攻撃を続けていれば、いつかチャンスが———



「…だが、まだ足りぬ」


———ドンッ!!


どこかから、そんな音が鳴った。

それと同時、視界が横にブレた。



「ガッ———」


突然の浮遊感と白に染まる視界の中。

微かに映ったのは、遠ざかってゆく影とその手に握られる振り下ろされた剣だった。



たった一振りで。


「———カハッ…」


それを認識してすぐ、僕は強い衝撃と共に意識を失った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



白んだ意識の中、脳裏に一つの記憶が甦った。

それはまだ僕が学園への入学を目指していない———いや、目指すきっかけとなった日のこと。


犯罪集団のリーダーに殺されそうになっていた僕は、その場に居合わせた学園長に命を救われた。


だがもし、あの時に学園長が来てくれていなかったら?

僕はなす術も無いまま、殺されてしまったのだろうか。


いや、きっとそうはなっていないだろう。

何となくだが、あの場には学園長だけでなく———彼が居たような気がする。



意識を手放そうとする僕を見て、きっと彼なら———






「寝てないでさっさと起きろ!セイン!」


「———ッ!!」


その声が届いた途端、体が勝手に動いた。

それが幻聴だったのか、それとも実際に聞こえたものだったのか。それは今でも分からない。


だが確かに、消えていた意識は強く覚醒した。



「フゥゥゥ———!!!!」


地面を蹴って目指すのは、トウラさんへ剣を振り下ろさんとする、黒い影。


「うぉらァァァァァァ!!!!!!」


「窮地での覚醒……それでこそ、勇者なり!!」


こちらの存在に気がついた影は、僕の振り下ろした剣を真正面から受け止める。


完璧に受け止められた———が、次は決める!!!!!!



そこから先、詳しいことはあまり覚えていない。

僕が覚えているのは、ただただ剣を振り下ろしていた、ということ。そしてそのどれもが、影によって真正面から受け止められたということだけ。



そしてその後———


ガキィィィィィィン!!!!


もう十数回以上鳴り響いた、金属同士の摩擦音。

その中でも、一際大きな音が階層内に響いた。


そしてその直後、剣を握る右手が明らかに軽くなった。


「……惜しいな。もう少し、まともな剣であったなら———」


「いいや、負けるのはお前だ」


刀身の真ん中から折られた剣。

宙に舞う刃を見て、惜しむように声を発する影———その背後に現れる、剣を携えた白髪の男。



人は勝ちを確信した瞬間、最も大きな隙を見せる。


「甘い」


すると素早く剣を持ち替えた影は、流れるように身を反転させ、背後の乱入者へと容赦なく剣を振り下ろした。



バリンッ!!!!!



直後、何かが割れたような音が響いた。


「残念ながら、甘いのもお前だ」


「な、」


「女神ですら破れなかった障壁、お前ごときに破られるはずもない」


間違いなく振り下ろされた、影の剣。

しかしその先にいたのは、身体に傷一つないトウラさんの姿だった。

そこで初めて、影は驚きからかその動きを完全に止める。


「さぁ、トドメだ。セイン」


「うぉぉォォォ!」


そのガラ空きの真っ黒な背中へ、僕は折れたままの剣を思い切り突き刺す。


「ガァァァァァァァァォォォ!!!!!!!」


そんな野太い断末魔が響いた。

それに伴って影はみるみるとその体積を減らしていき、最後にその場には突き刺していた折れた剣だけが残る。


「やった…のか?———ッ!?」


僅かな達成感と共に、部屋全体へ目をやる。

しかし、僕の視界に映ったのは、階層の中心には再度現れた黒い人影の姿だった。その姿を確認した僕は、折れた剣を構える。


「落ち着け。…我の負けだ」


しかし、影はもう戦うつもりはないと言ったようにその両手を軽く上げた。


「——我と拮抗する剣術の腕、更には窮地での対応力、そして我の鑑定でも見破ることのできない魔道具。……実に見事なり。それらの栄誉を讃え、ここに褒美を置いていく。貴様らの好きに使うが良い」


そう言い残すと影は少しずつ宙に溶け、最後にその姿は見えなくなった。


「初代勇者、ユーリック=グレースは人間やエルフの仲間達と共に魔王を討伐した。その後、自身の国を建国し穏やかに歳を重ねていった。そしてその最期、彼は自身が初めて攻略したこのダンジョンを訪れ、ボスの討伐後に力尽きた」


その一部始終を見終わった後、隣に立っていたトウラさんが静かに呟いた。


「力尽きる前、彼は自身に魔法をかけていた。そして彼は魔法により死霊となることで、永遠の命を手に入れた。そうして彼は数百年の間、この地で待ち続けている。いつか再度魔王が現れ、次の勇者になり得るものがやってくる、そのときを。このダンジョンが現在エルト公国にあるのは、彼の死後の国境変更に伴った結果だと考えられる」


彼はそう話しながら、一歩ずつ部屋の中心部へと歩を進める。そこは先程まで黒い影——初代勇者ユーリックの姿があった場所だ。


「…さて。死霊になった影響かは不明ですが、彼が属性魔法を使わなかったことは不幸中の幸いでした。あの剣技に魔法まで加わっていたらと思うと、ゾッとします」


部屋の中心へ辿り着くと、トウラさんはいつもの喋り方に戻った。そして彼は小さく屈み、地面に置かれている2つのアイテムを見つめる。


一つは表紙に”隠密”と書かれた魔導書、そしてもう一つは淡い青色の剣だ。剣の刀身は透き通るように美しく、自らの存在を主張するように淡く輝いているように見えた。


「先代勇者の意図を察するに、セイン君は剣を、オレは魔導書を受け取るようです。それでいいですか?」


「はい。それでお願いします」


お互いの同意を得たことで、トウラさんは魔導書を、僕は青色の剣をそれぞれ手に取る。


本当に綺麗な剣だ。しかも、重さをあまり感じない。今まで使ったきたどの剣よりも手に馴染むような気がする。



後から調べてみたのだが、この青い剣はかつての先代勇者が使っていたとされる剣とよく似ており、彼はその剣を”始まりの剣”と呼んでいたらしい。曰く、その剣と共に戦いを重ねることによって自分だけでなく剣自体の質も向上していくのだとか。その話が真実かは分からないが。



「うッ、」


「だ、大丈夫ですか!?」


と、僕が手中の剣に見惚れていたその時、トウラさんが胸の辺りを抑えて呻いた。


どうしたのだろうか。もしや先ほどの戦闘で無傷に見えた彼だったが、実は深い傷を負っていたのだろうか。


「いや、問題ありません。…あることを思い出しただけですので」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



先代勇者との戦いの後、シャーロットさんとティターニアさんの2人と合流してダンジョンの入口まで戻った僕たちは、そのまま解散する流れとなった。


「ごめんね、セイン君…結局私、何も出来なくて…」


「いや、そんなことないよ。シャーロットさんがいたから僕は戦えたんだ」


ダンジョンからの帰り道、隣を歩くシャーロットさんは目を覚まして以降ずっとこの調子だ。

何か気の利いた事を言えればいいのだが、僕は無難な言葉を返すことしか出来ない。これは彼女の心の問題だ。きっと時間が解決するしかないのだろう。






明るく照らされた山道を歩く2人。その間を沈黙が満たす。

1人は強い自責の念に駆られ、もう1人は相手の心配をしつつも、ある気がかりに思考を巡らせる。



その時、強い風が吹いた。

長々と育った木々が大きく揺れ、葉の擦れる音が夏の空気に広く伝播する。そして自身の役割を思い出したかのように、鳥や昆虫、川の音が聞こえ始める。


「似てるよね…やっぱり」


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