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剣聖の頼み

「——昨日はすまなかった!」


「イ、イヴェルさん、顔を上げてください!」


武術祭翌日の昼休み。

1-Aの教室へ1人でやって来たイヴェルは、俺の姿を見つけると一直線に目の前まで移動し、そのまま頭を下げた。


「いや、私は謝らなければならない。私は昨日、アルトのことを侮辱してしまった。本当に申し訳ない」


「だ、大丈夫ですよ。イヴェルさんは悪気があったわけではないんですし、俺も言い方がキツくなってしまって、本当にすみませんでした」


頭を下げ続けるイヴェルに対し、俺も彼女へ向けて頭を下げる。


「悪気がなくとも、だ。自身のことを侮辱されたのだ、言い方がキツくなるのも仕方ないだろう」


「じゃ、じゃあ、おあいこにしませんか?イヴェルさんは行動を、俺は態度をお互いに謝りたい。そしてお互いにもう謝りました。だから、お互いにそれを許しましょう」


「だ、だが...」


「イヴェルさんが何と言おうと、俺はイヴェルさんを許します。あとは、イヴェルさんが俺を許してくれるか、なんですが…」


「私は許すも何も......はぁ、分かった。あいこにしよう。私はアルトを許す」


「ありがとうございます」


俺たちはお互いに頭を上げ、和解の印に互いの手を握った。これで一件落着だな。


「わざわざ一年の教室までありがとうございました。二年生の教室までお供しますね」


「ああ、分かった」


このまま彼女を1人で返すのもどうかと思ったので、俺はイヴェルと教室を出て共に二年生の教室までの廊下を歩く。


「ア、アルト。す、少し話があるのだが...」


「え?さっきの話以外でですか?」


「ああ」


その道中、イヴェルが少し緊張したように口を開いた。どうやら謝罪の件以外で何か用事があるらしい。

なんだ?全く予測出来ない。


「どんな話ですか?」


「あ、ああ。謝罪の後に言うのも変な話なのだが...アルト、私に魔法を教えて欲しい」


「へ?」


その全く予期していなかった内容に、俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。

教える?魔法を?俺が?イヴェルに?


「わ、私に魔法を教えて欲しいのだ。アルトは魔力の操作に長けていると聞く。また、昨日の試合でも素晴らしい魔法を使っていた。私は魔法を少々不得手としていてな」


その申し出の意図を読み取れないでいると、彼女は少し焦るようにそう説明を加えた。



...な、なるほど?


う、う〜ん、イヴェルは魔法が苦手だと言っているが、それでも2年生の中で上位に入るレベルの使い手のはずだ。

更に言えば、生徒会には現聖女のシエルがいる。俺に教えを乞う必要は無いのではないか?


「え、えっと、流石に俺じゃ、イヴェルさんに教えるなんてこと出来ないと思うのですが...生徒会には聖女のハースエルさんがいましたよね?彼女ではダメなんですか?」


「ああ、私も一度聞いてみたのだが、どうもシエルは感覚派らしくてな。イマイチ何を言っているのか分からなかったのだ。だが、アルトは筆記の成績も極めて優秀だと聞いている。また、私にはよく分からないのだが、シエル曰く、アルトの魔法は物凄く綺麗らしい。だから、私はアルトに教えて欲しいと思ったんだ。だが、勿論アルトの意思を尊重する。......断りたいなら、断ってくれて構わない」


そう言ったイヴェルは断られると思っているのか、いつもの凛々しい表情ではなく少しシュンとした表情でこちらを伺う。


うっ...!!可愛いのは今更だとしても、普段のギャップも相まってとんでもない破壊力だ...!!


「わ、分かりました。その話、是非受けさせて頂きます」


「そ、そうか!ありがとう!」


受けてしまった。

いや、あんな顔を向けられて断ることのできる人などいるのだろうか。いや、いない。


そして目の前のイヴェルは、心から嬉しそうにその顔を輝かせている。こちらも普段の彼女からは想像も出来ない顔だ。控えめに言ってめちゃくちゃ可愛い。この顔を見れただけでも引き受けた価値があるというものだ。

正直、今の俺が彼女にどこまでのことを教えられるのかは分からないが、やれるところまではやってみよう。


「で、では早速、今日の放課後からで大丈夫か?」


「はい。問題ないです」


「そ、そうか。なら、授業が終わったら生徒会室へ来てくれ。時間をとって悪かった。私はここまででいいから、アルトも教室に戻るといい」


彼女にそう言われて時計を見てみると、確かに時間がだいぶ過ぎていた。もう昼休みも終わってしまう。


「そうですね。では放課後、生徒会室にお伺いします」


「あ、ああ。では、またあとでな」


そうして俺はイヴェルと別れ、教室へと戻った.....のだが。


「なんか、避けられてる?」


教室へ戻った俺を出迎えたのは、クラスメイトからの観察するような視線だった。


それはまるで、3ヶ月前の入学当初によく向けられていた目線と似ている。得体の知れない、気味の悪いものでも見るかのようなそんな視線だ。この3ヶ月でだいぶ減ったと思っていたが。


「ア、アルト!」


そんな視線に当てられながら自分の席へ戻った俺に、セインが焦った様子で駆け寄って来た。


「ど、どうした?そんな急いで」


「さっきのって剣聖のイヴェルさんでしょ!?その人に頭を下げられるって、アルトは一体何をしたの!?」

 

ああ、なるほど。そういうことか。

セインからの質問にようやく合点がいく。


学園の有名人であるイヴェルが、多くの目がある昼休みの教室で俺に謝っていたのだ。それは教室中から注目されるか。悪い意味で。


「ああ、大したことじゃない。気にするな」


「そ、そう...?アルトがそう言うならいいんだけど...」


深入りは無用だと伝えると、そう言ってセインは引き下がる。


ふむ。この3ヶ月間でやっとクラスメイト達が俺やセインの存在に慣れ始めたというのに、これでは入学当初に逆戻りだな。平民という存在はやはり奇妙なのだと、クラスメイトに改めて思わせてしまった。

これはセインにも悪いことをしてしまった。


そんなことを考えていると、


「セ、セイン君!も、もし良かったら次の授業の場所に一緒に移動しない!?」


と、クラスメイトの男女数人のグループがセインに声をかけた。


「あ、うん。全然いいよ。ならアルトも一緒に、」


「...い、いや、俺は少し準備に時間がかかるから、セインは先に行っておいてくれ」


「分かった!アルトも遅刻しないようにね!」


セインはそう言うと、クラスメイト達と共に教室を出ていった。いつの間にか他の生徒も移動していたらしく、教室の中には俺ただ一人だけが残る。


ふむ。あれ、同じ平民のはずなのにセインと俺の扱いが全然違うな。


あれ?どうしてだ?セインはクラスメイトに囲まれ、一方の俺は入学当初に逆戻り。どこでこんな差がついてしまったのだろう。


というか、もしかして俺、ぼっち一直線じゃないか?俺が喋ることのできるクラスメイトはセインと——シャーロット、にはまだ許して貰ってないし、あとは———よし、一旦考えるのをやめよう。



悲しい現実への思考を放棄した俺は、急いで準備をして次の授業の集合場所へと向かうのであった。

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