イヴェルの気持ち
保健室から寮へ戻る、その道中。
夕暮れに染まる校舎の角、その奥からある会話が聞こえてきた。
「優勝おめでと〜!イヴェルちゃん!」
「ああ。ありがとう」
「まさか決勝で会長を倒しちゃうなんてね〜。すごいよ、イヴェルちゃん!」
「ああ。ありがとう」
「あと、一年生で準決勝まで来てた金髪の子は凄かったね!会長に負けちゃったけど、結構惜しかったよね!」
「ああ。そうだな」
「も〜!イヴェルちゃん!ちゃんと話聞いてる!?ずーっと同じことしか言ってないよ!」
「あ、ああ。す、すまない」
間違いない。
この会話の主はイヴェルとシエルだ。武術祭は既に終わっているはずだが、生徒会の仕事で残っていたのだろうか。
「...って、こっちに向かってきてる!?」
なんの偶然か、その二人の声は段々とこちらへ近づいてきていた。武術祭での件もあり、今ここでイヴェルと会うのはなんだかとても気まずい。
どこかに隠れる————いや、ここは見晴らしのいい通りだ。そんな都合のいい場所は見当たらない。
さっさと走って逃げる————いや、ドクターから激しい運動は禁止されているし、二人に見つからない保証もない。
そんなことを考えている間にも、二人の声はどんどんと近くなってきている。
もう、こうなったら———
「も〜、せっかく優勝したんだからもっと元気にさ〜、嬉しくないの?」
「い、いや、そうではないのだが...」
案の定、角から出てきたのは制服姿のシエルとイヴェルの二人だった。
一方の俺はというと、
「ふ〜ん。それって、もしかしてアルト君がげんい————あ!ミケだ!」
「にゃ、にゃーん」
そう、猫の姿になっていた。
逃げられないのなら、俺だとバレなければいい。俺だとバレなければ、イヴェルと気まずくなることもない。俺って天才!
「ミケ〜!会いたかったよ〜!前はなんで逃げたの〜!」
ミケの存在に気がついたシエルは、素早い動きでそれを抱きかかえ、芝生の上に座った。自然とイヴェルもその横に座る。
「ミケは可愛いねぇ。やっぱり生徒会のメンバーにしようかねぇ。ね?イヴェルちゃん!」
「ああ、そうだな」
「む...」
シエルがミケを生徒会へ入れる云々の話をするのはいつもの話で、イヴェルがそれに突っ込むというのも毎回行われていることだ。しかし、今回彼女はそれを踏襲しなかった。
それに対し、シエルは少し不機嫌そうな顔をするが、当のイヴェル本人はそれに気がついていない。心ここに在らずといった様子だ。
「イヴェルちゃん!」
「ん、どうした?」
少し不機嫌な様子のシエルがイヴェルの名前を呼ぶ。それに対しイヴェルは返答をしたものの、シエルの機嫌が悪いことには全く気が付いていない。
おいおい、ここで喧嘩とかやめてくれよ...
シエルの膝の上で、俺は若干ハラハラとしながらことの成り行きを見守る。
「ミケ!」
「「!? 」」
すると突然、シエルは膝の上で丸まっていた俺を持ち上げ、イヴェルの前に差し出した。
俺とイヴェルはどちらも混乱する。
「ミケ!」
俺たちが動けないでいるとシエルは再度そう言い、更に俺をイヴェルに近づける。彼女に受け取って欲しいみたいだ。
「あ、ああ」
それに気づいたイヴェルは手を伸ばし、シエルから俺を受け取った。シエルはそれに満足したように大きく頷き、話を続ける。
「どんな悩みがあるか私は知らないけどさ!そういうときは、それを誰かに話すのがいいよ。特に、イヴェルちゃんは難しく考えすぎちゃう癖があるからさ。別に話す相手は人間の必要は無いし、ミケは可愛いからきっとイヴェルちゃんの助けになるよ。だから、今日はイヴェルちゃんに譲ってあげる!」
「ちょ、シエル...」
「あ、私まだ仕事残ってるんだった!じゃ、私は生徒会室に戻らなきゃいけないから!イヴェルちゃんは先に帰っててね!また明日!」
そう言い終えると、シエルはイヴェルが何か校舎の方へ走っていった。芝生の上には俺とイヴェルが取り残される。
...シ、シエルさんカッケェェェェ!!
彼女の去っていった方を見て、俺は一人感動する。しかし、1つだけ言わせてほしい。俺は人間だ。
「そうか、私はシエルに気を使わせてしまっていたのか...」
俺がシエルの行動に打ち震える中、若干俯き気味のイヴェルはそう言うと、
パァン!!
そんな破裂音のような音が響いた。
音のした上の方を見ると、そこには頰を少し赤くしたイヴェルの顔があった。彼女が自身の頬を叩いたのだろう。その表情は、どこか覚悟を決めたようなものだった。
「お前にも気を使わせたか。悪かったな、ミケ。お前は、私の話を聞いてくれるか?」
「にゃあ」
ミケをただの猫だと思っている彼女の話を聞くのは少し罪悪感もあるが、ここで去るわけにもいかないだろう。俺はイヴェルの膝の上で丸くなる。
「そうか。なら話すとしよう。少し長くなるかもしれないが...」
そう切り出したイヴェルは、ポツポツと自身の胸中を語り始めた。
「と、いう訳なんだ。私はアルトに謝りたいと考えているのだが、勇気が出なくてな...」
彼女の口から語られたのは、やはり武術祭での俺とのやり取りについてだった。そして、その話の中で一つ驚くべきことが判明した。
「私が武術祭で優勝できたのは、間違いなくアルトのおかげだ。アルトとの試合で、私は少しながら魔力を知覚するコツを掴んだ。そして心眼についても感覚を掴むことができた」
話の途中、彼女はそんなことを言っていた。とりあえず魔力の知覚の方は置いておくとして、問題は”心眼”の方だ。
心眼、俺でいうところの空中歩行、セインでの超感覚と同じ類に属するイヴェル固有の技術だ。
“心眼”は第六感とも言い換えることができ、それを使用している間は何者もその眼から逃れることは出来ない。その対象がどこにいるか、なにをしようとしているかなどを正確に一瞬にして知覚することができる。
正しく極めることができれば、辺り一体の物事について数十秒ほどの擬似的な未来予知が可能となる。俺なんかの行動予測とは一線を画する技術だ。
このチートとも言える技術の”心眼”が、なんと俺との試合中に使われていたようなのである。
「私は小さい頃に一度だけ成長を経験していたのだが、それ以降、心眼を発動することは出来なくてな。だがアルトが私の背後に回り込んだとき、急に私の頭にアルトの位置、体勢、何を考えているか、数秒後の位置は何処か、それらの情報が一気に流れ込んできたんだ。それに驚いた私は、そのままアルトを本気で蹴ってしまった訳なんだが...心眼を使うことが出来なければ、私は決勝で会長には勝てなかっただろう」
イヴェルは、まるで自らの罪を自白するように語る。
彼女は優勝できたのは俺のお陰だとは言っているが、一度感覚を掴んだだけでそれを使いこなせるというのは彼女のセンスがあってこそだろう。俺はきっかけを作っただけに過ぎないし、俺がやらなくてもその内セイン辺りがやっていただろう。そのため彼女が俺に感謝する理由はないのだが。
「そんな恩人を傷つけておいて、私は謝るのが怖いなどと...」
おーおー、イヴェルさんの顔が怖い。別にそこまで思い詰めなくても...
「...やはり、アルトへ謝りに行かなくてはな。今から、は流石に迷惑か。明日にでも私から出向いて謝りに行くとしよう。長話をして悪かったな、ミケ。私は一度生徒会室へと戻ってシエルと会ってくるが、お前も一緒に来るか?」
その胸中を話し終えて満足したのか、芝生から立ち上がったイヴェルはそう言った。
まさか、彼女から俺を生徒会室へ誘うとは。最初この姿で会ったときは、職員室へ差し出そうとしていたというのに。
「なーん」
だが、俺は後退して首を横に振る。
ありがたい申し出だったが、イヴェルはシエルと話すことがあるのだろう。そこに俺が入るというのは流石に無粋が過ぎる。
「そうか。じゃあまたな、ミケ。話を聞いてくれたこと感謝する」
俺の意図を察したイヴェルは、シエルの待つ校舎へと元気よく走っていった。
やれやれ。本当に手のかかる、最高に可愛い子供達だ。




