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閉ざされたダンジョンを、乗っ取った側に悟られずに解錠するのは俺にしか出来ない。
これは、スキル【ダンジョンマスター】に与えられる効果の一つだった。
すなわち、あらゆるダンジョンを強制的に支配下に置くことができ、さらに手を加えることも可能だ。
それこそ、乗っ取りには持ってこいのスキルである。
そこに、カンスト特典として与えられたスキル【全知全能】を組み合わせれば俺はあらゆるダンジョンにおいて、まさに神になれる。
どんなダンジョンでも、それこそ好き勝手に弄れる。
そう、もともといたダンジョンマスターを追い出さなくてもダンジョンの乗っ取りは、少なくとも俺には可能だったりする。
やらないけど。
そう、乗っ取ったのが俺だったのなら、もしくは俺が所持しているスキルと同じものを持っているの存在だったなら、ダンジョンの乗っ取りは可能なのだ。
しかし、現状ダンジョンマスターとしてカンストし、カンスト特典のスキルを所持している人間を、政府は俺以外把握していない。
だから、どうやって乗っ取ったのか本当に不思議なのだ。
そう言えば、あの女性からの説明だと新人がダンジョンマスターを精神的に追い詰めて乗っ取る方法を聞いたけれど、ダンジョンの運営権利の譲渡方法などは聞いていなかった。
ただ、追い出す時に新しいダンジョンマスターへ、それまでのダンジョンマスターが契約書か誓約書を一筆書かせるか、譲渡宣言をさせるのかもしれない。
譲渡宣言させれば、細かいお役所仕事の書類などは後回しにして、名義が変えられる。
こんなにものすごく簡単に、譲渡が行えるのにはもちろん理由がある。
そもそもダンジョンという場所が、ある種の治外法権がまかり通ってしまうのだ。
俺が家の手伝いをしていた頃。
こんな事件があった。
とあるダンジョンで、当時高校生だった女の子がそのダンジョンのダンジョンマスターとその友人知人に拉致されて性的暴行を受け、死亡した。
死亡した女の子は、挑戦者としてダンジョンに入ったわけではない。つまり、ダンジョンを攻略中の死亡ではなかった。
だから、ダンジョンの外に転送されるでもなく、そして生き返るでもなく、そのまま死んだままとなった。
そのことにパニックとなった、加害者達は鬼畜と呼ばれる所業に出た。
その女の子を、バラバラにして、燃やしたのである。
ダンジョン内だと臭いが残る上燃やしにくい、外に持ち出すにしてもそのままでは嵩張るし運びにくい。
というわけで、ダンジョンの中にあるマスター専用の部屋、そこに備わっていたシャワー室で遺体を損壊し、ダンジョン近くでドラム缶に入れて燃やしたということだ。
猟奇的犯行だった。
しかし、これはあまりニュースにならなかった。
理由は様々だ、例えば主犯格だったダンジョンマスターが当時十六歳の未成年だったこと。
そのダンジョンマスターの父親が、ネットスラングで言うところの上級国民であったこと。
そして、政府がこの件を小さくしようと動いたこと。
様々な事情が絡みあって、この件は表には出なかった。
しかし、一番被害者遺族の反感を買ったのはそこではなかった。
そう、事件がニュースに取り上げられなかったことではなく。
また、政府の圧力があったことではない。
この二つに対して、それなりの反感や不満はあっただろう。
しかし、それ以上に被害者遺族を絶望の淵に叩き落とすようなことが起きた。
事件がダンジョン内で起こったことにより、ダンジョンは政府が大まかな管理こそしているが、そこはアヌンナキ達の領域であり、日本の法律は適用できないとなり、さらに日本ではない場所で起こったことなので、ろくな捜査すらされず、加害者達の罪は死体損壊のみとなったことだった。
捕まることは捕まった。裁判での判決も出た。
それは、執行猶予付きの三年間の懲役であった。
殺人罪として、捕まらなかったどころか、死刑でもなかったのである。
そして、話はここで終わらない。
被害者の父親が、この結果に憤り、加害者達を襲撃して娘の殺害に関与したメンバーを殺してまわったのだ。
挑戦者達が所持するスキルや、その他能力値はダンジョン内だからこそ使えるものである。
つまり、ダンジョン外に出てしまえばどんなにランキング上位にいるような優秀な挑戦者でも、そのほとんどがただの人であるためだ。
ダンジョン内ならいざ知らず、外ではナイフで刺されれば血が出るし、首を絞めれば窒息する。
そして、殺せば死ぬのである。
娘の命を奪った者達を襲撃し、殺して回ったこの父親は死刑が確定し、執行された。
かなり後味が悪く、そして、理不尽な終わりを迎えたこの事件。
基本ニュースにもならなかった、この事件のことを何故俺がここまで知っているのかと言えば、ネットの世界では散々叩かれたからだ。
そう、インターネットの世界では有名だった。
拡散力もとてつもなかった。
しかし、地上波のニュースでは全く流れなかったのだ。
今では、凶悪事件のまとめサイトに行けば載っているし、簡単に閲覧できる。
ちなみに、主犯格の当時高校生だった少年はすぐに服役したため被害者遺族である父親の襲撃を受けなかった、その後、刑務所での態度も良かったため仮釈放となったと、これまたネットの掲示板に書かれていた。
当時高校生だった少年Aは、現在は成人しているはずである。
まぁ、そんな凶悪事件の犯人とかかわり合いになることなんて、ソシャゲのガチャで課金なしにレアを引き当てるようなものだ、まずないだろう。
今は、
「それじゃあ、神乃木君よろしくお願いします」
人とおりの説明を終えたあと、俺たちは政府側が用意したミニバスに乗せられて、件のダンジョンへとやってきていた。
女性に促され、俺はダンジョンを見た。
雲の上まで届いているように見えるそのダンジョンは、外観こそレンガ造りであり、表玄関と言っていいその出入口は鉄製の巨大な扉が取り付けられていたが、今は固く閉ざされている。
「…………」
やっぱり変だ。
そう思うところはあったものの、これもおじさん救出のためだ。
俺は、扉に近づいて触れた。
スキル【ダンジョンマスター】と【全知全能】を発動させる。
ブブンっという、まるで虻かなにかの虫の羽音がしたかと思うと、俺の目の前にこのダンジョンの管理画面が現れた。
指を滑らせて、管理画面を操作して設定を変えていく。
やがて、重々しい金属音が響いて重そうな鉄製の扉が開いた。
背後から、おお、という複数の声が聞こえた。
そして、次の瞬間には小鳥遊含めた、政府によって集められた挑戦者たちがダンジョンへ流れ込んでいった。
そして、それも落ち着いて俺は他に残ってる人間がいないかと周囲を確認する。
いた。
政府関係者の人たちは少し離れたところから、俺と残っているもう一人、小林さんを見ていた。
小林さんは、ダンジョンを見つめている。
「小林さんは、入らないの?」
「神乃木さんこそ」
「呼び捨てでいいよ」
「なら、こっちもそれでお願い」
「わかった。で、小林は入らないの?」
俺の言葉に、小林は政府関係者の方をちらりと見て、それからまた俺を見た。
「神乃木こそ」
「いやー、だって変なんだもん」
俺の返答に、小林が短く返す。
「それな」
と、ここで俺は気づいた。
小林と、普通に会話出来ている。
彼女が使った男言葉に親近感を覚えたからだろうか。
女子と話している、というよりも、男子と話している感覚に近い気がする。
ストレスがなくていいや。
「……小林は気づいたか?」
なるべく短く、しかし要点だけを口にしたら主語がなくなってしまった。
「なにに?」
小林は、俺を試すように見つめてくる。
「……なんで、従業員用入り口を使わずに、正面の方に案内されたのか?
説明もなかっただろ」
「それねー、うん、変だよねえ」
小林も、やはりそのことに気づいていたようだ。
それから、先程の説明会というか会議で配られた資料を背負っていた鞄から出して確認する。
「そもそもさ」
小林がペラペラと資料をめくって、ダンジョン内部の地図を出しながら言った。
「この図からして変だよねぇ。
神乃木が今言った従業員入口どころか、バックヤードの図が何も書かれてない。
これだけ大きなダンジョンなのに」
ダンジョンには、先程から俺たちが話しているように本来ならそこで働くマスター用の出入り口や通路が存在する。
それは、一般挑戦者にはまず知らされないものだ。
先程ダンジョンに突っ込んでいった挑戦者達への配慮だったにしろ、今は緊急事態であり異常事態だ。
そんなことに気を回すなど、あるのだろうか?
集められたのは、とてもサンタクロースを信じてる歳ではない、もっと言えば現実や世の中と言うものをある程度理解しているもの達ばかりだ。
夢の国、なんて存在しないことを理解しているだろうもの達のはずだ。
「そう言えば、もう一つ不思議なんだけど、ここテナントって何か入ってたんじゃなかったっけ?」
小林の問に、俺は首を横に振る。
「悪いが、それは俺は知らないな。
知ってるだろ、俺は挑戦者じゃない」
「そっか。そうだったね」
バベル級のようなダンジョンになってくると、階層によってはショッピングモールのようにいろんな店が入っていることがある。
例えば、銭湯だったり、カラオケだったり、喫茶店だったり、それこそゲームセンターだったり、フードコートであったりと挑戦者達の疲れを癒す場となっている。
だから、小林の疑問は最もだった。
今、俺たちの目の前にそびえ立つダンジョン。
そこには、それこそ十階ごとくらいにそういった場所があるはずなのだ。
小林は、俺の返答に特に気分を害したわけでもなく、携帯端末を取り出すと操作して、なにやら検索を始めた。
と、そこに、先程からこちらの様子を伺っていた政府関係者の女性が歩み寄ってきた。
「貴方達は入らないの?」
女性の当然過ぎる問に、小林が答えた。
「ちょっと気になることがあって、変だねーって神乃木さんと話してたんです」
「あら、何が変なの?」
女性は、今度は俺を見てきた。
「えっと、この資料なんですけど」
言いつつ、俺は小林の持っている資料を指さしながら訊いてみた。
「この資料って、誰が作成したんですか?」
「あら、どうしてそんなことが気になるの?」
「えーと、お姉さんは」
「私のことは高橋でいいわよ」
「あ、はい。えっと、高橋さんはダンジョンについてどれくらい知っていますか?」
「そうねぇ、普通の挑戦者と同程度、と考えてくれていいかしら」
ふむ。つまり、管理している部署から直接派遣された人ではないんだな。
あくまで、事態の収拾のためにここにいるのか。
「なるほど。
あの、ダンジョンにもスーパーマーケットやショッピングモールみたいに、従業員用出入り口やバックヤードがあるのはご存知ですか?」
俺の言葉に女性――高橋さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「そんなものがあるの?」
だいぶ驚いたようだ。わざとらしいほど目を見開いている。
その横で、何かを検索していた小林が小さく呟いた。
「あ、あったあった」
「どっかの店、やっぱり入ってたか?」
「うん、これ」
小林がずいっと、携帯端末の画面を見せてくる。
そこに表示されているのは、とても美味しそうな、ふわふわとしたパンケーキの画像だった。
「パンケーキ屋が入ってたのか」
……今度、支店にでも言ってみようか。
たしか、駅の中にも入ってたはずだ。
「それだけじゃない、他にもいろんな店が入ってたみたい」
出てくるのは、【イカロスの塔】の中に入っている店の案内だ。
というか、表示されているのがこのダンジョンのホームページである。
ダンジョン内の地図も表示されるが、当たり前だが従業員用の通路も出入り口も出ていない。
現在は乗っ取られている最中でもあるので、営業はしていないはずである。
「あともう一つ、妙なのは万が一に備えて監視カメラとかそういうのを設置してるかと思ったけどそれもないし」
小林の言葉のあと、俺も続けた。
「それと、手応えが無さすぎたというか」
わざわざ乗っ取り犯は手だし無用とまで言ってきたのだ。
それでも、万が一に備えて監視カメラなり、反撃の罠なりをあらかじめ設置しておいても良いはずだ。
いや、気になったことはもう一つある。
しかし、なんとなくそれをここで言うのは躊躇われた。
「でも、そうするとどうするの?」
女性が入るのか、入らないのか追及してくる。
「まあ、正規ルートはさっきの挑戦者さん達に、お任せして私たちは従業員用の入り口から入ろうと思います」
女性が、ちょっと意外そうに聞き返してくる。
「わかるの?」
その言葉に、小林は俺を見た。
俺を見ながら、女性に、
「……そのために、彼をここに呼んだのではないんですか?」
そんなことを言った。