4
俺が、役所から発行されている、自分の能力値など個人情報が記載されまくっているそれを取り出そうとするのを、小林さんが止めた。
「わざわざ見せるものでもないし、ここじゃ関係ないと思うけど」
「はあ?! 俺が見せろって言ってんの。それに事前説明されたろ?
これからやる仕事は危険が伴う、なら、お仲間になりうる奴らの能力値くらい把握しておくべきだろ?」
そこで、小林さんの目が爬虫類のそれのように細められた。
「……危険、危険ねぇ、あはは、そうだよねぇ。人を道具としてしか見てないやつには、盾になるか剣になるかはたまたゴミか気になるもんねぇ」
穏やかに言ったかと思うと、小林さんの口調がガラリと変わった。
不良に負けず劣らずの凄みと圧をかけながら、
「あんたの事は知ってるぜ?
気に入らない、口答えをするお仲間を犠牲にしてのし上がった、挑戦者ランキング五位の小鳥遊さんだろ?
うちのダンジョンにも来て、初見殺しのフルコースお見舞したらチビって逃げたした腰抜け野郎だ。
その時も仲間を置き去りにしたっけな。
よくもまぁ、犠牲にしたもんだ。殺しも殺したりランキング五位分か、笑えるなあ」
「んだとっ!?」
「そういえば、あの時のお仲間はどうした? あ、そっか、あのあとアンタが粛清したんだったな。可哀想に。
小鳥遊さん、あんたはここにいるべきじゃないと思うね。
さっさと帰ってママの乳でも吸ってな」
小僧、と続くかなと思っていたら続かなかった。
不良――小林さんが小鳥遊と呼んだその少年は、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる。
「それとも、俺に喧嘩を売るか?
いいぜ、買ってやるよ。まぁ、でもウチのクソダンジョンと評判のダンジョンから逃げたやつなんか、それこそ赤子の手をひねるくらい簡単に勝てるだろうけどな」
一人称も変わっている。
女の子なのに、【俺】って。
まぁ、いいか、【僕】を使う女子もいるわけだし。
「この、女のクセにっ!」
「それを言ったら、チビったクセにいきがってんじゃねーよ」
うわぁ、女王様だ。
ムチとか振るう、女王様の目だ。
小林さんってこんなキャラだったんだ。
学校で、そんなに絡むことも無かったしなぁ。
でも、こんな男言葉というか粗暴な言葉遣いが出来るとは。
今にも小鳥遊がこちらに飛び掛かかって来そうだったが、険悪になったその空気を、手をひとつ叩いて変えたのが俺を案内してきた女性だった。
彼女も、女なのだが小鳥遊の言葉に不快感等を示してはいない。
「はいはい、そこまで。とりあえずお仕事の説明に入るわね」
女性の言葉に議長さん、いや、この場合は自宅守護神さんか?
名前知らないから、自宅守護神さんでいいや。
自宅守護神さんが、手元にあった書類を手に取って説明をはじめる。
同じものが、俺や他の人の席にも用意してあり、各々手にとって書類へ視線を落とす。
ダンジョン乗っ取り犯についてと、乗っ取られたダンジョンについて、政府側が調べられるだけ調べたデータが記載されていた。
読んで、理解して、俺は思った。
(俺、要らなくね?)
そこに記された情報は、十分すぎるほど詳しいものだ。
どこの誰がこんなことを起こしたのかは、わかっている。
なら、俺がここに呼ばれた理由は、やはりダンジョンの鍵を開けることなのだろう。
でも、それならわざわざおじさんの名前なんて出さなくてもいいはずだ。
ちょっと詳しくは話せないけどトラブルが起きたから、ダンジョンマスターのスキルを使って当該ダンジョンを開けてくれ、調査員が中に入れるようにしてくれ、そう言えば良いだけなのだ。
なのに、おじさんの名前を出してまで、俺に協力を要請してきた。
ダンジョンマスターとしてのレベルがカンストしている以外、戦力にはならないだろう、俺にだ。
何か、変だ。
いや、もしかしたら。
俺は、チラリと隣に座っている小林さんを見た。
「小林さん小林さん」
俺は小声で小林さんに話しかけた。
すると小林さんは、それに気づいてこちら見たかと思うと、床に置いておいた鞄から筆記用具を取り出して、手元の書類の余白に、なにやらサラサラと書いたかと思うと、こちらにそれとなく見せてくる。
傍から見ると、自宅守護神さんの説明で大切だなと思われる部分をメモしたようにしか見えない。
そこにはこう書かれていた。
『なに?』
空気を読んで、俺も自分に配られた書類の余白へ短く文章を書いた。
『変なこときくけど、誰か知り合いがこのダンジョン挑戦してた?』
『なんで?』
『ちょっと気になって』
『答えはNO。
ただ、自分が呼ばれた理由は察しがつく』
そこで、ちょうど自宅守護神さんの説明が一区切りついた。
説明の内容は、この書類に記載された情報に少しだけ補足があっただけだ。
「なにか、質問は?」
自宅守護神さんが、この場にいる全員に向かってそう投げかける。
そこで、声を荒らげるように上げたのは、小鳥遊だった。
「んじゃあ、改めて言わせて貰うけど、そこのお前」
ビシッと指をさされる。
「俺?」
「そうだよ、お前だ。お前、ここにいるってことはそれなりに名前が知れてるんだろ?
名乗ってみろよ」
やっぱり、わかってて言ってるな。
挑戦者の中でもランキング上位に入る者は、顔が割れていることが多い。
これは、ランキング上位にくい込むと全国区で流れるニュース番組の取材を受けるためだ。
まぁ、俺みたいにそんなのに無関心で、テレビはアニメかドラマか洋画や映画くらいしか見ない奴は顔をしらないことが多い。
自慢じゃないが、俺はアイドルもほとんど知らない。声優なら知ってる。
それに、ニュースの取材を受けなくても、ネットのまとめサイトに行けば普通に顔が無断で晒されている。
ある意味、まとめサイトがランカー名鑑だ。
「私は無視かい」
隣で小林さんが小さく、俺にだけ聞こえる声でそう、ツッコミを入れた。
「まぁ、そうだね。順番があべこべになったけど自己紹介も悪くないかな。
俺も、君は初めて見るし」
そんな自宅守護神さんの援護射撃。
まじか。
自己紹介、苦手なんだよなぁ。
「あ、俺は、四季島大和だ」
イケメン自宅守護神さんの本名、そんななのか。
なるほど。
「ダンジョンマスターではなく、挑戦者だ。
職業は魔法剣士」
自宅守護神さんこと、四季島大和さんの自己紹介に始まり反時計回りで次々に紹介が続く。
小鳥遊も横暴さと傲慢さを隠しもしないで、自己紹介した。
もっと端的に言えば、超上から目線の自己紹介だった。
やがて、小林さんの番が来た。
「小林早智です。皆さんご存知クソダンジョン【化物屋敷】を運営しているクソダンジョンマスターです。
夏には、またイベントを開催予定なので参加頂けたら嬉しいです」
小林さんが、にこやかに人好きのする笑みで言った。
女の子の口から、【クソ】が二回も出た。
それにしても、小林さんが運営しているダンジョン【化物屋敷】、どんなダンジョンだ?
名前からするに、お化け屋敷風なのかな?
でも、クソって。
評判、悪いんだろうか。
「そうそう、なにしろ、うちのダンジョン。どこの誰とは言いませんが、ランキング五位の挑戦者が仲間を見捨てたうえ、チビって逃げ出す程度には、レベルが高いようなので、挑戦する際はそこのところ覚悟してくださいね」
煽っている。
めちゃめちゃ、小鳥遊を煽っている。
小鳥遊はと言えば、煽られて顔がまるで閻魔大王のようだ。
小林さん、こんな性格だったのか。
と、彼女の運営しているダンジョンの情報を聞いて、何人かがざわつき、さらに何人かは顔を青ざめさせていた。
そんなに怖いのか。
「おおっ、君があのダンジョンを運営してるのか!
この前挑戦したけど、なかなか難しかったぞ!
でも、必ず攻略するからな!!」
そんな明るい声を上げたのは、自宅守護神さんこと四季島さんだった。
ちなみに、四季島さんもかなり有名な挑戦者らしい。
まぁ、そりゃそうだよなぁ。
俺がいるにはここは場違いすぎる。
「ありがとうございます」
小林さんは四季島さんへ、営業スマイルを向けてそう返した。
と、ほぼ全員の自己紹介が終わって俺の番になったのだが、何を言っていいのかよくわからないので、
「神乃木二千六百年です。ダンジョンの運営経験者です。よろしくお願いします」
職業はダンジョンマスターではあるが、ちゃんと国から言われて運営したことなど一度もない。だから、経験者だ。
「レベルは?」
俺の言葉に待ってましたとばかりに、ねちっこく、嫌味ったらしく聞いてきたのは、小鳥遊だった。
「個人情報なので話したくありません」
個人個人のそういったステータス情報の開示は、本人の意思でのみ可能だ。
つまり、嫌なら嫌と言っていいということは、小林さんのおかげで知ることができた。
「はあ? 言えよ!」
まるで五歳児の駄々だ。
「さては、言えないほど低能なんだな」
小林さんと比べると、だいぶ幼稚な煽りだった。
女性の方が口が回ると聞いたことがあるが、本当のようだ。
「まぁ、ここにいる皆さんと比べれば優秀ではないですね。
ランカーでもありません」
機械的に答えたが、何故か小鳥遊はそれで満足したようだった。
俺は、ホワイトボードの前にいた女性を見た。
彼女は、なんていうか厨二病を発病して痛い言動を繰り返す同級生を見るような、もっと言えば台所に出没する黒光りする虫を絶対殺すマン的な目で見ていた。
しかし、その場のほとんどの人達が俺の言葉に不可思議そうな顔を向ける。
え、じゃあ、なんでこの子ここにいるの? と顔に書いてある。
「彼は、表立った活動はしておりませんが、ダンジョンに関しての能力は政府として保証します」
そんな援護射撃。
ホワイトボード前にいる、先程前まで糞をみるような目をしていた、俺をここに連れてきた女性だった。
さすがに、もう、糞を見るような目はしていなかった。
「小鳥遊君、だったっけ?
あまり言いたくはないが、君は評判が良くない」
と、四季島さんも見兼ねたのか加勢する。
「基本、ダンジョンに突入してからは各々が自由に動くことになると思うが、乗っ取り犯以外には節度をもった態度でいてもらわなければならない」
はい?
俺は、四季島さんの言葉を聞いて耳を疑った。
いま、なんつった。
ダンジョンに入ってからは自由行動とか言わなかったか?
え?
こういう場合って、チームプレイなんじゃねーの?
なんで、別々に行動するんだ?
戸惑う俺の目の前で、女性がさらに追い打ちをかけた。
「まぁ、でもそうですね。今この場で彼以外にダンジョンの鍵を、相手側に知られずに解錠できる方が入れば、神乃木君には退場願えますけど、居ますか?」
いるわけは無い。
自己紹介をして分かったが、この場でダンジョンマスターという職業を持っているのは、俺と小林さんだけだ。
さらに、ダンジョンマスターのレベルをカンストさせた人間は、今のところ俺以外、まだ現れていない。
案の定、誰も名乗り出なかった。
つまりはそういうことなのだ。
そういえば、わざわざ教育施設を選んだからてっきりダンジョンマスター中心に集められているかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。
もしかしたら、今回の件で、使える人材が小林さんだけだったのかもしれない。
女性の言葉に小鳥遊は、とても悔しそうに俺を睨みつけてきた。
反論したいけれど、そうなると確実に返り討ちに合うだろうことがわかっているのだ。
恐らく、というか、確実にこの小鳥遊という男がプライドが高い。
あまり関わりたくないタイプだ。




