3
俺の疑問に、女性は答えてくれた。
「それは、殺害されたダンジョンマスターと挑戦者の体の一部が、ダンジョン管理をしている政府の部署に送り付けられたから」
「一部? えーと、それだけだと言ってはなんですけど死んでるかどうかなんて一目じゃわからないんじゃ?
そもそも、ダンジョンマスターや挑戦者本人の一部かどうかも見ただけじゃ分かりませんよね?」
既に調査した上で女性は説明しているのだろうとは思う。
それでも、疑問は潰しておきたい。
だから、そう聞いてみる。
すると、
「神乃木君は、首から上を切り取られた状態で、さらに少し腐敗が進んでいる物を、生きている、って判断できる?」
「すみません、できません。
えーと、それが送られてきた、と?」
「ええ」
「それじゃ、ダンジョンが乗っ取られたっていうのは、なんで分かったんです?
手紙でもついてました?」
好奇心と参考のために聞いてみる。
すると、
「動画データがダンジョン管理をしている部署の、職員のパソコンに送り付けられたの」
まるで映画みたいな話だ。
おじさんが聞いたら、趣味で書いている小説のネタにしそうだ。
なんて思っているうちにも、説明は進む。
それによると、その送り付けられた動画データには、ダンジョンマスターと犠牲となった挑戦者を処刑する映像がおさめられていたらしい。
動画の最後には、字幕で、
【手出しすればすぐにこのダンジョン内にいる人間を全て殺す】
という文章と、さらに現在ダンジョン内にいる挑戦者のリストが表示された。
そのリストの人物達の所在をすぐに調べたところ、全員がダンジョンに挑戦していることがわかったらしい。
と、そこで車が止まった。
目隠しを取られ、降ろされる。
晴天だからか、かなり眩しく感じてしまう。
目が慣れるまで、もう少しかかりそうだ。
「これが、そのリストよ。神乃木君。あなたは全くの無関係でもないの。
それをみたら、わかるでしょう?」
俺は、ようやく慣れてきた目でそのリストを見た。
一箇所だけ、ピンクのマーカーペンで印がついている名前があった。
【神和 虎雅】
おじさんの名前だった。
今朝のやりとりが、蘇る。
基本、俺が居候しているので朝食の用意も当然俺がやっている。
今でこそ朝と夜の食事の時は基本一緒に摂るようになったが、最初の頃、つまりは俺がおじさんの家に来た頃は、酷いものだった。
まず、あの人は食べない人だ。
ほっとくと、水だけで過ごす。仙人かなとも思ったが、ただの自己管理がダメダメなおっさんなだけだった。
お菓子は好きなので、スナック菓子とかは食べている。
だから、お腹が減らないらしい。
水とお菓子だけで腹を満たし、残りの時間は遊びと仕事に費やしている。
と聞くと、ダメ人間かと思われるがそれはおじさん自身に対してだけで、俺の分の食事は用意してくれていた。
コンビニ弁当かレトルトだったけど。
いや、コンビニ弁当やレトルト食品をdisるつもりはない。
共働きの多い現代、古き良き手作り神話など、所詮神話に過ぎないからだ。
便利で調理も簡単、尚且つ美味い(レトルト食品には当たり外れがたまにあるけど)アイテムである。
俺もよくお世話になっている。
だが、コンビニ弁当は様々な商品を日替わりで試したが、基本味付けが濃いめなので、飽きてくる。
レトルト食品も同様の理由で、やはり飽きてくる。
少なくとも、俺は飽きた。
おじさんは飽きなかったようだが。
しかし、俺が限界だった。なので、月の食費を渡してくれたらご飯を作る、と提案して今に至る。
その他の家事についても、おじさんは何も出来なかった。
いや、何も出来なかった、というのには語弊がある。
正確には、少しは出来た。
ただこの人、よく今までひとりで生きてこれたな、そして存命中だった頃の奥さんも、よくもまぁ愛想を尽かさなかったものだと心配になるレベルだったと言っておこう。
さて、そんなおじさんとの今朝のやりとりだが。
おじさんは、納豆だけをもそもそと食べながら(白飯、その他諸々食べるとかなり重たいらしい)、ちゃぶ台を挟んで座る俺へ向かってこう言ってきた。
「寿司の前には帰ってくるつもりだけど、ちょっと遅くなるかも」
ご飯と味噌汁、そしてサラダを食べながら俺は返した。
「なに、出かけるんですか?
スーツ用意してないですよ」
「仲間とダンジョンに実況動画撮りに行くんだよ。あ、でも良いかもなスーツでダンジョン攻略してみた、ってタイトルで実況すんの」
何がどう良いのかは、サッパリだ。
ちなみに、ダンジョンの攻略実況動画は動画投稿サイトではそれなりの人気がある動画だったりする。
動画投稿者の中にはその動画の再生数で、それなりの広告収入を得ている人もいるらしい。
おじさんは、お小遣い稼ぎで高校だか大学の頃からの付き合いである『お仲間さん達』と時折こうして動画を撮りに行っていた。
「死にに行くんですか? マゾですか?」
「お前は俺をどんな変態だと思ってんだ?」
「……せめて、もうちょっと食べた方が良いですよ。女の子より軽い成人男性初めてみました」
「そりゃ、体脂肪率の話だろ」
「おじさん、そんなに筋肉あるように見えませんよ。
本当は女性なんじゃないですか?」
「これでも結構鍛えてるんだぞ」
「能力値の話はしてません」
「……とりあえず、そんなわけで今日は約束の寿司には間に合わせるから、でもちょっと遅れるかもしれないから、適当に時間潰しててくれ」
と、まあ、こんな会話をしたのが今朝のこと。
それから数時間後。
俺は先程政府関係者に拉致られ、今に至るのだが。
そう言えば、おじさんがどこのダンジョンに行くのか知らなかった。
「出ませんね」
俺は、リストからおじさんの名前を見つけるやすぐに携帯端末で、連絡を取ろうとした。
しかし、聞こえてきたのは、携帯端末が電波の届かない場所にあるか電源が切られているかのどちらか、という機械的なアナウンスだった。
携帯端末の電源を切らせるタイプのダンジョンだったか。
ダンジョンの中には、雰囲気も楽しんでもらおうと挑戦前に携帯端末などを事前に回収する場所がある。
もうそれは、魂の修行場ではなく遊園地のアトラクションに近い。
いや、だからこそダンジョンの人気ランキングなるものが存在するのだが。
そして、そんな遊びを兼ねた場所だからこそ挑戦者が後を絶たない。
あ、ちなみに、ダンジョンへの挑戦はここまで経緯やら環境やらが整っているのに義務ではなかったりする。
自由に挑戦できる。
もちろん、挑戦しないということも選べる。
ただ、日本の場合、義務だと思われている。
伝家の宝刀、【同調圧力】のためだ。
このため、様々な事情で挑戦できない人も無理やり参加させられているという面がある。
そして、それから外れまくってる俺は、家族とのことも含めて当然子供社会において村八分の目に合う。
大人の世界でも、表に出ていないだけで、ダンジョンマスターの自殺率もそうだがただの挑戦者でも、それで心を病む者も少なからずいるとは聞く。
「でしょうね。こちらでもなんとかしようと試みてはみたのよ」
ようやく慣れた目で、俺は女性を見た。
そして、その背後にある建物も。
その建物は、懐かしいと一部の世代に言われる建築物――木造校舎だった。
「でもダメだった、と。
そしてここが、ダンジョンマスターの育成施設ですか」
木造校舎には、大きな時計があり針が動いていた。
携帯端末に表示された時間と見比べる。
どうやら時間はあっているようだ。
「ええ」
女性が肯定する。そして、続けた。
「もちろん、神乃木君だけで全てやってもらおうなんて、解決してもらおうなんて考えていない」
「と、言うと?」
「他にも、カンストこそしていないけど高レベルのダンジョンマスターと挑戦者を集めてある」
ちなみに、魂レベルも職業レベルも、どちらも999レベルが上限である。
レベルにも、壁がある。
100までは、普通に頑張れば行けるが、100以上になると途端にレベリングが難しくなる。
別に難しいクエストをクリアしなければいけない、とかそんなことではなく、単純に経験値が跳ね上がるのだ。
それこそ、レベル99までなら必要な経験値は最低で千単位最高で万単位ほどだったのが、100以上になると最低でその十倍、つまり、ン十万単位の経験値を稼がなければならなくなる。
とりあえず、レベルが100超えていれば一般的には高レベルとされている。
まぁ、高レベルも数字からみてわかるようにピンキリであり、高レベルだからと言って、それはあくまで魂レベル、或いは職業レベルの高レベルである。
つまり、人間性まで高レベルであるとは限らない。
数字がどれだけよかろうと、性格がクソな人間が普通にいるのだ。
「……そうですか。優秀な人材が揃ってるんですね」
俺みたいな訳ありでもない限り、高レベルの人間は、良い意味でも悪い意味でも周囲からチヤホヤされやすい。
だから、天狗になる者もかなりの数いたりする。
思うところはあったが、俺はあえてそういうだけにとどめた。
そして、案内されるがまま、木造校舎へ足を踏み入れた。
通されたのは、かつては教室だったのだろう部屋だ。
学生が使う机はなく、代わりに会議などに使用する長机がロの字型に並べられており、椅子も各机二つずつ配置されていた。
机は全部で八つ、椅子は十六だ。
そして、黒板があるにも関わらず、ホワイトボードが別に用意してあった。
十六の席のうち、十五個は埋まっていた。
上は五十代の男性、下は俺と同じくらいの、どこのものかは分からないが、ブレザー姿と学ラン姿の学生。
俺は空いている席に座るよう促され、その通りにする。
椅子は、パイプ椅子だった。
座って、すぐに隣から、
「あっ」
そんな、短い驚いたような声が聞こえてふとそちらを見遣れば、
「あ」
俺も、声を漏らしてしまった。
俺の隣、今は顔を向けているので真正面になるその場所に、数十分ほど前に教室で俺を勧誘し、俺が丁重にお断りをした相手、小林さんが座っていた。
目を丸くして、かなり驚いているようだ。
しかし、すぐにその驚きの色が、なんと言えばよいのか、そうまるで玩具を見つけた、もしくはイタズラを思いついた悪ガキの笑顔のそれに変わった。
「……えと、さっきぶり、神乃木さん」
「う、うん、さっきぶり」
小林さんは、胸元の名札も小林だし、なにより先に口を開いてそんなことを言ってきたので、どうやら顔だけそっくりさんとかではなさそうだ。
俺もぎこちない笑顔で答えてみせる。
驚いたのもそうだが、俺は人づきあいが苦手だ。
だから、コミュニケーションのひとつとして、笑顔が有効なのは知ってはいるが、知っていたところで出来るものではない。
正直、コンビニとか飲食店とか雑貨屋、あと服屋等などサービス業に従事している人の必須能力である営業スマイルは、すごいと思う。
「神乃木さん、ここに連れてこられたってことはダンジョン挑戦者じゃなくて、やっぱりマスターのほうだったんだね」
「え」
小林さんが何気なく言っただろう言葉に、俺は引っ掛かりを覚えた。
でも、その引っ掛かりの正体がなんなのか考える前に、議長席(で良いんだろうか? この場合はお誕生日席でも良いのか?)――ホワイトボードを背にする位置に座っていた、イケメンが口を開いた。
顔はイケメンだが、着ているTシャツがネタTシャツなので、貫禄も何も無い。
ちなみにTシャツにはデカデカと【自宅守護神】と書いてあった。
【自宅警備員】は見たことあるが、【自宅守護神】は初めてみた。
どこで買えるんだろう、あのTシャツ。
「さて、集まったか」
イケメンの発声を合図にするかのように、俺を案内してきた女性がホワイトボードの前に立って、備え付けられていたペンを手に取ってなにやら文字を書き始めた。
と、それを遮る声が上がる。
「おい、ちょっと待てよ」
それは、俺の向かい側に座っていた青年だった。
二十歳前半くらいに見える。
そいつは、俺を睨みつけてきた。
「なんか、ここに相応しくねーやつがいるみたいなんだけど?」
それに反応し、訊ねたのはホワイトボードに文字を書いていた女性だった。
書き終わったホワイトボードには、こちらから見て右端に議題がデカデカと書かれていた。
ホワイトボードには【SSS級ダンジョン乗っ取り殺人事件に関する会議】とあった。
「あら、誰のことかしら?」
女性のやわらかい声音に、不良っぽいその男子はこちらを威嚇しながら言ってくる。
「そいつだよ、そいつ」
言いつつ指さしたのは、俺。
「おれ?」
「他の奴らは攻略ランカーで顔を見たことあるが、そいつは初めてみる。
ここにはランキング上位の奴しかいないって聞いたんだが?
お前、名前は? レベルは?
いや、聞くより見た方が早いか、おいカード見せろよ」
「いや、プライバシーの侵害でしょ、それ」
思わず言い返すと、
「あ?」
睨まれた。不良だな。
ナイフとか持ってたりすると危なそうだよなぁ。
怖い怖い。怖いからとりあえず従っておこう。