第48話 定めを否める
クロは生まれつき魔法を使えない。しかし、片繰から授かった武器により、彼の魔法を剣技として流用していた。魔器と共に受け取った彼の手帳に、その内容が記録されている。
ファイヤー・クラフト 万灯踏!
渾身の一閃が、迫る触手の先端を破壊した。
やはり、精度が高い分、火力が低い。
「――ならば」
別の技に切り替えるまで。
早乙女は新たなマテリアルを生成する。
ウォーター・クラフト バースティングスフィア。
二つのマテリアルが、飛沫を巻き散らしながら震える。次の瞬間、砲弾のような速度で射出され、地上のクロへ接近した。
クロは魔器で防御しようとするが、直前まで迫った水球が破裂した。
「っ――!」
威力が高い。
爆発の衝撃で脳が揺らぐ。
一方、遺跡の上階で見下ろす早乙女は、魔器から漂う異様な気配を悟っていた。
あの武器で魔法を成している。
クロは無為体、その事実は揺るがない。
魔法は武器に依存している。
アレを破壊すれば、クロは無力だ。
ウォーター・クラフト サージングピアース。
新たに生成された二つのマテリアルから、極限まで収束された水流が放たれ、大地を小さく穿った。
光線のように鋭い双流は、クロの逃げ道を塞ぐように空間を切り裂いていく。
突風のような音が、クロの鼓膜を突き刺した。
あの技の水圧は、森林を豆腐のように切断していた。
直撃すればひとたまりもない。
回避することだけに、専念する。
ファイヤー・クラフト 瞬火転!
交差する水流が虚空を裂く。
クロは爆炎をまとい、上空へ飛び移った。
本来は攻撃の技だ。
反動が大きく、次の一手が間に合わない。
早乙女の追撃は止まらず、滞空するクロを狙った。
この姿勢から高圧の水流を受けるのは不可能だ。
頭を使え。
クロはかつての助言を掘り起こし、意識を切り替える。
魔法を操っているのは早乙女だ。
彼女の注意を逸らせば、術理が維持できなくなる。
クロは魔器の切っ先を、遺跡で佇む彼女へ向けた。
義姉なら、きっと避けてくれる。
ファイヤー・クラフト 執牙突!
魔器から炎の弾幕が発射され、早乙女へ猛進した。
放たれた弾幕は、早乙女の立つ遺跡の石床を削り取る。
彼女は即座に宙へ飛び移り、クロの攻撃を回避した。
それにより、彼女が維持していた攻撃が中断される。
早乙女に遅れ、クロも地上へ着地する。
攻撃が届く位置にいる。
殺しはせずとも、行動不能にする。
ファイヤー・クラフト 瞬火――。
早乙女へ飛び移った瞬間、何かに激突した。
これは、壁だ。
ウォーター・クラフト リップリングローア。
幾度もの波紋が、空間を走った。
それが強固な防壁となり、クロの衝突を拒む。
新たなマテリアルを練り上げる余地はなかった。
マテリアルがなければ、彼女は魔法は扱えない。
「なっ――」
障壁に弾かれ、狼狽する足取りを立て直した刹那。
クロの視界に、杖を懐に構えた早乙女の姿が迫る。
技を繰り出せ。
クロは瞬時に地面を踏み込んだ。
ファイヤー・クラフト 万灯踏!
ウォーター・クラフト トリニティブレイズ。
瞬く間に三連撃を叩き込まれる。
杖の先端にある結晶から、水の斬撃が放たれた。
一撃目でクロの技が絶たれる。
弾かれた魔器を必死に振り直し、どうにか二撃目を耐える。
しかし、次の攻撃で足が浮いた。
その隙を逃さず、早乙女は頭上に新たなマテリアルを生成する。
そこから、収束した激流が解き放たれた。
ウォーター・クラフト フォーカストトレント。
クロは荒波に飲み込まれ、後ろの木に叩きつけられる。
早乙女は反撃の手を緩めない。
止めを刺すべく距離を詰めた。
クロの膝は曲がっており、体勢が整わない。
それでも、やるしかない。
クロは樹木を無理やり蹴り飛ばし、迫り来る義姉の頭上を越えた。
その反動で片足が裂ける。
クロは無残に地面を転がった。
自分の攻撃が虚空を切った早乙女は、即座に身を翻し、身動きが取れないクロに駆け寄る。
「――ああっ!」
足の痛みを堪え、クロも魔器を振り抜いた。
その一撃は、早乙女の残像を切った。
彼女は攻撃せずにクロを飛び越えると、空中に生成した極小のマテリアルを破裂させ、水の波紋を生む。
それを足場にし、再び遺跡の上階へ移動した。
「ハア、ハア」
「……そんなものか」
情けなく息を切らすクロに、早乙女は目を細めた。
「お前がこれまで試練で得たものは、その程度だというのか」
「姉さまが、強すぎるんです」
「敵の前でたわ言とは。滑稽も甚だしい。それで私が動じるとでも?」
早乙女は重々しく杖を振ると、四つのマテリアルを生成した。
「――もしかして」
足を負傷したクロが、最も見たくない技だった。
ウォーター・クラフト ピアシングラッシュ。
四つの球体が渦を巻く。
力が一点に集中すると、そこから針状の水が弾き出された。
まるで砲撃のような音が続き、瀕死のクロへ迫る。
クロは負傷した足を引きずりながら駆け出すも、行き先の地面を抉られた。
行動の先を読まれた。
砲撃は止まらず、他に成す術を失ったクロは、魔器を構えた。
突き出された炎が、水の砲撃に着弾する。
攻撃が重い。
破裂した飛沫に押し出された。
「なぜ家の方針に逆らう」
連撃の最中、早乙女が問いかける。
「使命を果たす。自分を形成するものなど、それで充分だ」
「で、でも僕は。その考え方ができませんでした!」
「自覚がありながら、なぜいばらの道を突き進む」
砲撃の威力が強まり、クロの体勢が沈んでいく。
「ただ命令に従えばよい。たったそれだけのことだ。自分の意思や矜持など、使命を妨げる慢心に過ぎない。私情はどんなときも無力だ」
連鎖する攻撃を防ぐのに必死で、義姉の声も聞こえなくなった。
「――なぜ、怨霊の力を使わない!」
義姉が叫ぶ。
クロの力が揺らいだ。
その瞬間、手元から魔器が弾き飛ばされた。
丸腰になったクロに、更なる追撃が襲う。
クロはとっさに腕を交差するが、左腕を打たれ、深手となった右肩を押され、額を撃ち抜かれた。
腕を暴れさせながら倒れる。
水に浸された負傷に、血が滲んだ。
しかし、すぐに転がった魔器へ手を伸ばした。
怨霊は出さなかった。
「……そうか」
若干の震え。
杖の先端にある水晶が揺らぐ。
そして、二つのマテリアルが生成される。
「そこまで頑愚を貫くのなら、私も容赦はしない」
「――っ!」
攻撃の予兆を見せる義姉に、クロは魔器の刃先を向け、炎の弾幕を放った。
それは、水晶から放たれた水の斬撃に虚しく掻き消される。
マテリアルの破壊を試みたが、防がれてしまった。
「……愚かだな。最後まで足掻くつもりか」
しかし、謎は解けた。
あの杖の水晶は、マテリアルと同じ役割を持っている。
新たなマテリアルを生成せずとも技が使えるわけだ。
杖の水晶は常に形を保っている。マテリアルの生成を阻止したところで、あの結晶を破壊しなければ攻撃は続く。
勝利は掴めない。
義姉はマテリアルを、クロの対軸に移動させた。
次の攻撃が来る。
「全て無駄だ」
ウォーター・クラフト ツインクランプ。
渦巻くマテリアルから、溢れんばかりの滝が噴き出した。
それが大波となって地上を飲み込み、轟音を立てながらクロに襲いかかる。
「――姉さん!」
双方の波が衝突し、天を突くような飛沫を上げた。
周囲一帯は一瞬にして海と化す。
早乙女が足を乗せていた遺跡の残骸も、跡形もなく高波に飲み込まれた。
とっさに極小のマテリアルを生成し、波紋を広げて足場を確保する。
父上から生かしたまま引き渡すよう命じられている。
この物量だ。
圧死はせずとも、動ける状態ではない。
既に体の部位を負傷させた。
剣を持ち上げることすら困難だろう。
しかし、その確信を否定させる奇妙な現象が起こった。
泡立つ激流の底で、小さな紅蓮の光が響いている。
その光を中心とした水域が沸騰し、白濁した蒸気が立ち込めた。
激流を出し切り、役目を終えたマテリアルが分散する。
「……まさか」
潮を引いた中から、炎の渦をまとったクロが現れた。
ファイヤー・クラフト 遠吠巻。
クロは魔器から噴き上がった火柱を、螺旋状に這わせて防壁を作った。
その消耗は激しく、高波が退くと同時に膝から崩れ落ちる。
泥水に手をつき、えずくほどに呼吸を乱した。
魔器に蓄えられた片繰の魔法は、もう一割を切っている。
次の攻撃が最後だ。
クロは顔を上げ、軽くなった魔器を握りしめる。
波紋が崩壊し、早乙女も地上へ降り立った。
泥濘の上で、両者は同じ高さで対峙する。
「……どうしてだ」
声が震える。
早乙女は力無く、義弟を睨視した。
彼女に強烈な感情が、淡い昔の記憶から掘り返される。
「なぜ、お前だけが逃れようとする」
他の兄妹も傀儡のように、父上の命令に従った。
それしか拾われた捨て子の自分たちに成す術がなかったのだ。
他の兄妹たちは家の尊厳を冒涜するような価値観を持っているが、方針に背くことだけはない。
それでも、クロだけが違っていた。
無為体であり、この世から忌み嫌われるはずのクロが――。
「なぜ、苦しみを受け入れられる」
怨霊の力を使えば、自分の魔法など容易くねじ伏せられるはずだ。
『ユキ! お願いだから話を聞いて!』
あのときのように。
その思考が、無意識に口から漏れ出していた。
「……ユキは人殺しの道具じゃない」
クロは泥を拭い、真っ直ぐに義姉を見つめ返す。
「僕はユキを救うためにここまで来ました。これは、僕と姉さんだけの戦いです。だから僕の意思でやり遂げます」
そんな理想、叶うはずがない。
幼児のような夢を見る。
いつまで経っても成長しない。
腸が煮えくり返る。
この世は綺麗ごとで動いていない。
願いが叶うはずもない。
「――そんなもの、くだらない」
ウォーター・クラフト。
――アビス・モア・ドレイク。
彼女の頭上に生み出されたマテリアルが、うめき声を上げながら膨れ上がった。
自身が持つ魔材を大幅に消耗し、これまでよりも遥かに強大なマテリアルが築かれた。
それは、次第に首を成し、強靭な爪を携えた腕を生やす。
竜の頭が、牙を向いた。
「これで終わらせる。お前の本性を、暴いてみせる!」
過去を否定する。
出してみろ。
怨霊を。
「お前の憎悪を、全て曝け出してこい!」
竜を模した水の精霊は、泳ぐように空間をうねり、動きが加速する。
そして、鋭利な爪が振り上げられた。
クロはとっさに魔器で防御するが、抗えない力に空中へ押し上げられる。
猛攻は止まらない。
滞空する肉体を、幾度もの斬撃が切り裂いた。
装備が裂かれ、出血が舞う。
竜は巨大な顎を開き、クロの小さな体を飲み込んだ。
そのまま、頭から地上へ衝突する。
精霊の形を保っていた水流が、その衝撃で勢いよく破裂し、巨大な泥水の飛沫を上げた。
水たまりの中央では、クロが倒れている。
動けるはずはない。
絶対にありえない。
「……嘘だ。馬鹿な」
――立ち上がった。
額に張り付いた前髪から、血が滴り落ちる。
早乙女はこの手で精霊を操り、義弟の肉をえぐる感触も、骨をかすめる不快な響きも、すべて己の感覚として受け取っていた。
あの傷だ。
死んでいる、あるいは心が折れていてもおかしくない。
それでも、クロは自らの意思で立ち上がった。
「お前はなぜ――」
楽な道を、選ばない。




