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1-② 白くて凶暴な

 遡る事1ヶ月前。


 電車に揺られながら沿岸部の街"マーリアス"に向かう。漁業が盛んで、レンガ造りの美しい街並みが有名だ。


 少なくとも、高校の体育の授業で着ていたジャージ、履き古したスニーカー、黒のリュクを抱えて行く所ではないだろう。


 今いる車両には、自分と隣に座る少年の2人だけ。電車が一時的にトンネルの中に入ると、ガラス窓に自分達の姿が反射する。


 身長があまり変わらないため、ロングシートに綺麗に横並びで腰掛けているが初対面だ。


 この電車に乗り込む時に、何となくお互い同業であることを察していて、先に座ると彼が真横に座ってきた。だが、これといった挨拶もなく時間が過ぎてしまった。


 自分より若そうな彼を見て、自分もオバサンになってきたなと感じながらボブの黒髪をいじる。前髪でも短く切れば少しは幼く見えるかもれないと考えたが、幼く見られたい訳でもないなと思い直す。


 隣に目をやると、無造作に整えられた黒髪は毛先の方が深緑色にみえる。黒縁眼鏡に、服装はサッカー部の練習服の様だ。同じような黒のリュックを彼は背負ったまま腰掛けており、手にはタブレット端末。どう声を掛けようか悩んでいると彼はカタカタとタブレットを操作しだした。


『オバサン。一緒にマーリアスに行く人ダヨネ。』

 

(……。びっくりした……。タブレットの読み上げ機能……。ね。こっち向いて、タブレットもこっち向けてくれてる。メモ機能みたいな所に文章打ってあるし……。)


「…………。そう……みたいね。宜しく。」

 

 続けて彼はタブレットに文字を打ち込みだしたが、次は少し長文のようで、しばらくして、また機会音声で読み上げられた。

 

『今回ノ見学者、2人って聞イテたケド、ソレ以外何も知らサレテなかったから。現場に着くマデニ会えてヨカッタ。俺はニコ・リード。悪いケド、声が出せナクテ、これで会話するカラ。宜シク。』

 

「…………。そうなの。私はマリ・リルベラ。その。声が出せないのは貴方の"血清"のせい?」

 

『まぁ、ソンナところ。オバサンいくつ?』

 

「………………。28よ。あなたは?」

 

『19歳。』

 

 オバサンと2回も呼ばれたことを染み染みと感じていると、マーリアスに着くことを知らせる車内アナウンスが流れた。


 駅から出ると、微かに潮の香りと湿った空気を感じる。周囲は商業化されているようで、名物のレンガ造りではないが、落ち着いた色を使い、街のイメージをそぐわないように、お洒落な外観に整えられている。駅前は少し開けていて、待ち合わせに良さそうな時計塔や、腰掛けスペースのある樹木が数箇所。


 その中の一つである樹木の側に、黒いロングコートを着た若い男性が1人立っている。少し暖かいくらいの季候でコートを着ているのも異様ではあるが、その左手に革製の茶色いグローブをはめ、そこに1羽の鷹がとまっている。

 

『待ち合わせの目印の意味ワカンなかったんだけど、"鷹"ってそのままダネ。てっきりマークか何かかと思ってタ。』

 

「私もよ……。」

 

 その男性に近づく。あまり焼けていない白い肌に焦茶色の髪。近づく2人よりも10から20センチほど背が高い。周囲から明らかに浮いているその男性は、こちらに気づいて爽やかな笑顔を見せる。

 

「こんにちは。マリ・リルベラさん、ニコ・リードくん。」

 

 男の前で立ち止まり、2人それぞれが「『こんにちは、宜しくお願いします。』」と返す。

 

「連絡の時に書きましたが、僕がテンジョウ・ユウト。こちらが鷹のタカトさん。僕らが今回、お2人の引率のような者です。」

 

 その紹介に心なしか鷹が胸を張った気がするが、元々鳥類というのは胸が張っているものなのか見分けはつかない。

 

「早速だけど、移動しながらの説明でいいかな?行きたい所があってね。」

 

 そう言ったユウトの後を2人が並んでついていく形になる。歩いて移動していくと、観光客向けに整えられた場所から、徐々に、この地ならではの落ち着きのあるレンガ造りの家が並ぶ住宅街の方へと進んでいった。

 

「今回2人に見学して貰ったら、次回からは"力"の相性のいい者同士で組んで、実際に任務にあたってもらうことになるから、今回の件が2人にとっていい経験になるといいんだけど。」

 

 マリとニコが顔を合わせる。お互いの顔には「やっぱりそうなんだ。」と書いてあるようなものだが、ニコはマリに目配せしてくる。


 どうやら、ユウトが今した話しについて追求してほしい様子だ。本人は寡黙なタイプではないみたいだが、歩きながらタブレットに文字を打ち込んで会話するのは面倒臭いようで


(こういう状況だと、全部私が話をすることになるな……。)


 と考えて、ニコ向かって怪訝な顔をしてみせてからユウトに質問する。

 

「やっぱり、次から本番なんですか?」

 

「そうだよ。ただでさえ"ジャンク"は個体数が少ないからね。それを討伐・捕獲する仕事で何度も見学されると、いつまでたっても人員が増えないよ。」

 

「でも私達、ろくに"力"を使った事もないですし…。」

 

 "私達"とニコも含めた言い方にしたが、ニコも自分と同じ状況なのかは全く知らない。少しニコの方に目をやると、ユウトの言葉を待っており、話の内容に意義はないようだ。電車で一緒になった時から感じてはいたが、ニコとはどうやら同じような状態で今日ここにいるようだ。

 

「君達2人とも異例の速さで血清に適合してるから、今までに無いくらい、超スピード出世だよ。普通、適合する血清に出会うまでにも何年もかかったり、そもそも適合する血清が無かったり。適合できたとしても、副作用が強かったり、さっきも言ったようにジャンク自体がレアだからね。現場に出動できずに何ヶ月も。っていうのが普通なのに、そこらへんすっとばしてるから。」

 

 少し含み笑いが混じったかのようにユウトは話すが、聞いてる2人は内心、冗談じゃないと思いながらユウトの話しを聞く。

 

「でも、今回はあくまでも見学だから。2人が力を使うような状態にはさせないように。まぁつまり、安全に配慮して、僕達も引率するんだよ。これが終わったら、次の現場はいつになるか分からないから、その間に自分の力についての理解を深めれば充分だ。」

 

 ユウトの話しに不安が残るまま、マリは「そーですか……。」とだけ返すと、少しの間、沈黙が流れる。初対面3人が会話もなく歩くには少し気まずくなり、今度はマリの方から話しかける。

 

「あの……。ちなみにどこに向かってるんですか?」

 

「この町ではちょっと有名な呪い屋(まじないや)さんにね。」

 

「呪い屋……。なんかオカルトっぽいですね。」

 

「呪い屋とはいっても地元の人がそう言ってるだけで、普通の雑貨店らしい。ただ、聞き込みをしてたら、困った時はそこに行くと何とかしてくれるんだってさ。地元の人曰くね。無くて困ってる物を売ってくれたり、そこの店主さんに迷子を探して貰ったり、店番をしてもらったとか、他にも、泥棒を捕まえて貰ったとかも言ってたなぁ。この町では随分信用されているみたいだったね。僕達が欲しい物が売ってる所がないかと聞いたら、その呪い屋しかないだろうって。みんな口を揃えて言うもんだから向かってみている所だよ。」

 

「随分と人の良い店主さんなんですね……。ちなみに何を買うんですか?」

 

「ブボッシュクラブを誘う香だよ。」

 

「ブボッシュ……クラブ?……香?……なんですか?それ。」

 

「そうだね。マリさんは特に血清適合が早くて、適合後はフィジカル面の強化ばかりだったみたいだね。本人も座学が心配だとか。」

 

「はい。その通りです……が……。」

 

「じゃあちょっと意地悪だけど、質問するから答えてくれる?」

 

 突然始まった質疑応答に少し顔を強張らす。何故かユウトの左手にとまった鷹がチラリと目配せしてきた気もするが、気のせいかもしれない。ユウトの質問に耳を傾ける。

 

「じゃあまず基本だけど、"ジャンク"とは何か?」

 

「えっと……。野生生物の突然変異です。ジャンクと呼ばれてますが、正式には有人性変異種。これは、最初に発見した人?……が、動物に人が手を加えたと考えたからですが、今は突然変異だとする意見が一般的です。特徴は、生殖機能を有さず、非常に凶暴であること……。一個体が凶暴な為、群れる事もなく、単独で発見させることが多い……。」

 

「じゃあ、僕達"核師"とは何か?」

 

「えー……。ジャンクが非常に凶暴なうえ、それぞれが特殊な形質を有しており…………。駆除するのが大変だったので……。倒し終わったジャンクから"血清"を作って人に入れたら上手いこといったので、ジャンクを討伐する意思のある者に血清適合を進めていって、今の"核師団"ができました。」

 

 するとユウトが「あははっ」と声に出して笑う。

 

「なんだか、教科書を丸暗記しようとして仕切れてない感じがするけど、充分だよ。そう。それで、ブボッシュクラブというのは、この地方の固有種だよ。」

 

『ブボッシュクラブとは、マーリアスなどに生息する甲殻類の一種。成体の重さは2キロから大きいもので4キロ程度。木の実や花の蜜を主食とし、森の中に生息している。幼体期や繁殖期のみ沿岸部に生息地を移す。地元では郷土料理として……。』

 

 機械音声がそこで止まる。どうやら、ニコがタブレットで調べた内容を流していたようだ。

 

「そうそう。美味しいらしいよ。でもね、今は時期じゃないらしい。時期じゃないってのは森にいない。正確には、ブボッシュクラブが食べるものが今は森に無いらしい。なのに、いないはずのブボッシュクラブを見たって人がいるんだ。それもね。人間くらいの大きさだったらしいよ。」

 

「それは……。大きいですね……。」

 

「確定とは言えないけれど、おそらくジャンクじゃないかってことで、僕達が来て調査しているって訳だね。」

 

 そこまで話して、やっとユウトの目的が見えてきたと感じたマリが答える。

 

「ジャンクと思われるブボッシュクラブを誘いだしたいけれど、今の時期、ブボッシュクラブが好む木の実や花の蜜が無いから、人工的に造りだした香水のような物を手に入れ、誘き出したいって……ことですか……。」

 

「話しは遠回りしたけど、そういうことだよ。丁度ついたようだしね。」

 

 レンガ造りの美しい街並みに溶け込む、赤茶色の扉の前で3人は立ち止まる。扉のガラス窓の中からopenと書いた看板が見えていて、何かしらのお店である事の目印になっているが、知って来なければ素通りしてしまいそうなくらいにひっそりとしていた。


 すると、唐突にユウトが二人に向かって現金1万ラールを差し出してくる。

 

「じゃあ、2人で買ってきてくれる?」

 

「え……。あの……。私達が行くんですか?」

 

「多分だけど、鷹って入店禁止だと思うから。さ。」

 

 ユウトの鷹ジョークなのか。鷹も心なしか胸をはったような気がする。鷹と呼ぶのは失礼なのか、鷹のタカトさんとユウトは至って真面目そうであり、行かないといけない雰囲気だ。

 

 マリは現金を受け取り、ニコと一瞬顔を合わせた後、「分かりました……。」っと言って店内に入った。

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