聖なる日に
クリスマスはクロちゃん登場
なんと自分は心弱い人間なのだろう。
強くなると自分に誓い。
ただただ、まっすぐ目標に向かって進めば良いだけなのに。
気が付いたら、ここにいる。
ぼんやりといつもの場所で、彼女の屋敷を眺めている。
今の自分では、立ち入る事が出来ないのは、わかっているのに。
あの時は偶々、奇跡が起こっただけ。
それだけでも、幸運だ。
その奇跡で、自分は救われたのだから。
いつか、きっと。
堂々と、正門から入れる地位を手に入れるまで。
それまで、彼女が自分の事を忘れないでいてくれるといいな。
そう願って。
いつもは、ここで頑張ろうと再決意をしてから、帰るのに。
今日は、なかなか足が動いてくれない。
それは、きっと。
先程、殿下が、正門から、彼女の屋敷に入るのを見たから─。
大小様々な形状の箱をいくつも自らの手で持っていた。
きっとあれは、彼女に贈るプレゼント。
それに比べて自分は…。
伯爵様は、こんな自分にも、小遣いはくれる。
でもそれで、彼女に贈るプレゼントを買うのは違うと思って。
殿下に仕えるようになって初めて貰った給金で。
伯爵様への御礼を買った残りの金で買ったもの。
小さな花が刺繍してある、細いリボン。
渡せるあても無いのに、買ったもの。
たとえ、渡せたとしても。
こんなの貰っても、困るよな。
殿下の贈り物をただ彩る為にだけ付いているリボンは、きっとこれより豪華なはず。
まざまざと現実を見せつけられたのに。
それでも、ここから動けない自分に、苦笑する。
「…っ冷た…。」
自分の手に突然冷たい何かが触れ、驚いて見てみると。
「クロちゃん、つかまえた。」
ここに居るはずもない、自分が見つめていた屋敷の主が自分の手を握っていた。
「…何故?」
「サンタさんに、クロちゃんと会いたいってお願いしたから。」
そう言いながら、手を引っ張ってしゃがませて、目線が同じになったところで、抱きついてきた。
「クロちゃん、会えなくて、寂しかった。呼べば会いにきてくれるって、言ったのに。クロちゃんの、うそつき。」
「…うん、ごめんね。」
ごめんね。
そう、何度も謝って、彼女の髪をそっと撫でる。
髪も、冷たくなっていた。
暖かい部屋で。
豪華な贈り物に囲まれていた筈の彼女は。
こんな自分をこんなに冷たくなるまで、探してくれた。
その事実が。
仄かなあたたかさが、心に染み込んでいく。
自分も会いたかったとか。
本当の名前とか。
今殿下のそばにいるとか。
話したい事いっぱいあるけど。
でも、今は。
無造作にポケットに突っ込んでいた、渡せない筈だったリボンを取り出して、彼女の左の手首に巻いた。
「クロちゃん、これ…?」
巻かれたリボンをキョトンとしながら、みている。
「もう少しだけ、待っていて。強くなるから。約束。」
片膝をついて、かがんでリボンの裾にキスを落とす。
騎士が忠誠を誓うように。
「…クロちゃん?強くなくても、いいよ。クロちゃんは、そばにいてくれれば、それだけで。」
姫を守る騎士のように、格好つけたかったのに。
お姫様は、意味がわからなかったらしい。
再び苦笑しながら、彼女を屋敷に戻るよう促す。
これ以上、外にいると風邪をひかせてしまう。
今でも、こんなに冷たくなってるのに。
それに…殿下の彼女を呼ぶ声も聞こえてきた。
彼女は何度も、何度もこちらを振り返りながら。
泣きそうになりながら、屋敷に戻って行った。
「メリークリスマス」
聖なる日の奇跡。
─彼女が自分を探してくれていた。
その事実だけで、自分は…。