8:物語はこうして動き出す
「ええっと……凰咲さん?」
「茉李でいいよ、歳も同じなんだしさん付けなんて……」
と、軽くはにかんで見せる少女はどこまでも美しい。
仕草の一つ一つ、言動の一つ一つ。
どこをとっても完璧な美少女。彼女を前にすると、どんな人間でも取るに足らないものに見えてくる。
冗談抜きで。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
そこですんなりと名前を呼べればいいのだが、まず女の子と話すという状況自体、自分には珍しいもので戸惑いながらも、
「ま……r……。あぁだめだ、恥ずかしい!」
「無理しなくていいから、好きなように呼んでくれていいよ。ね、彗」
彗。
これは俺の名前のことでしょうか、ハイそうです。
親から付けてもらった名前。彗星のように輝いてほしいとのこと。
歴史的に見れば不吉な兆候なんですけどね。
と、こんな名前をつけた親の頭にややがっかりしつつも、感謝する。
すい。
二文字のこの名前は呼びやすいこと至極だろう。
「ありがとう、父ちゃん母ちゃん……」
と、ベッドの上でお祈りをする。
「どうしたの…?ホームシック?もしかして寂しい……?」
と、いつの間にか隣から覗き込んでくる美しい顔。
遠目でも可愛いのに、近くで見ると顔のパーツ、一つ一つが整っている事が鮮明にわかる。
やばい、超かわいい。
「うへっ!あ、え?いや、そんな事無いよ?」
胸中ではかなり冷静に状況説明しているのに表に出るのはそれとは真逆で、かなり焦っているな、と茉李の大きな瞳に映っている自分を見て思う。
「にしても可愛いな……」
ぼそり、と呟く。
心の中で呟くはずの言葉は表に出る。そのことに気づき、しまった!と茉李の顔を見てみる。
どうやら気付いてないないよう……
「病院の時から思ってたんだけど、河合河合って、誰の事…?お友達?」
「…………ん??」
ポカン。
そんな顔をされても困る。むしろこっちがポカンとしたい。
一瞬話の内容が良く理解できなかったが、可愛い=河合。という等式が頭の中で成り立った瞬間、悟る。
「あぁ、そういう事……」
と呟きが漏れるほどに。
「そ、そう、友達。友達だよ友達」
なんとなく作り笑顔を浮かべながら、辿々しく言葉を繋げる。
もうそういうことにしておこう。
と、心に決めながら。
「あ、ええっと、それでさ………」
唐突に投げかけられた質問に、友達ね、と呟きながら大きな瞳をこちらに向ける。
それを、質問どーぞ、の合図と受け取り、質問というか疑問を投げかける。
「少し疑問があってさ、その……ここはどこ?」
記憶喪失みたいな切り返しになったけれど、ずっと疑問だった。
ここは見た感じ病室でもない。いつもいる学生寮でもない。
部屋、と言うよりは物置。もしくは引っ越し初日。
この部屋は俺の全く知らない場所だ。
天井も、壁も、窓も電球も。俺の人生に一度も干渉したことのないもので溢れていた。
「あ、ここはね……執行機関の………」
あぁ、なるほどね。そーゆーことか。
ここは執行機関の寮か何か。そんで、俺の部屋ってとこかな。
「寮で、私の部屋」
「なーんだ、やっぱリそーだったの……」
ん??
ちょっと待てよ。
「今なんて?」
「私の部屋………だけど…?」
どうしたの?という顔でこっちを見ないでほしい。
今俺の頭の中では数々の感情が渦巻いていて、その顔を褒めることすらできないから。
「少し整理しよう……あなたにとって私とは?」
「哲学?難しい事はわからないけど、私は私よ、ここにいるじゃない」
とん、と自分の胸を叩く。
私は私。どうにも哲学的な言葉は少女によくあっている。
「私は私。じゃあ、この部屋は君の……」
「私のだけど…?というか、君じゃなくて茉李!ちゃんと呼んでよね」
「無理すんなって言ってなかったっけ?」
「しらなーい」
プイッとそっぽを向く。
そんな仕草がやっぱりかわいい。と、論点がずれてきた。修正修正。
「てことは、このベッドは………茉……………李のなんだな」
「そうだけど?」
かなり辛い思いをしてした質問に簡単に答えられ、言葉に詰まる。
というのも、推理の域を脱しなかった事が事実として確定され何とも言えない感じになった結果だ。
まぁなんにせよ事実は確認できた。
胸中で事実を反芻しながら俺は、ベッドに突っ伏し匂いを嗅ぐ。
「な、何してるの…?」
正しい反応だ。
そりゃ、よく分からないことを聞いてきた相手がベッドに突っ伏したら誰だってそういう反応をする。
「人生に於いて二度と訪れないであろう至福の瞬間を堪能してるんです」
と、ただの変態行為を詩的に包んで答える。
気づかれたか?と、恐る恐る茉李の顔を見てみる。
が、その心配もないような顔、つまりは呆けた顔なんだが、なので多分気づかれていない。
もう暫くはこの楽園に浸っていたいが、そうもいかない。
茉李が何か話したそうな顔だ。
そういうところを察せる辺り俺ってかなりイイ男。
「どうした?殆ど初対面の人間が突っ伏したベッドじゃ寝にくい?」
「まぁ、それもあるんだけどね、そうじゃなくて……ってどうしたの?」
「いや、冗談のつもりが案外辛辣で……」
心の中で終わらせようとした言葉が外に漏れる。
が、俺の傷心で話の腰を折る訳にもいかないので、そのまま話し続けるように表情で促す。
「その、言っておかなくちゃいけないことがあって……」
もごもこと話を始めるあたり、言いにくい話なんだろうか。
「明日から任務なんだよね」
「なぁんだ、そんな事。大丈夫、俺おとなしく待ってるから、それこそ何処かの忠犬並みに」
と、小ボケを挟みつつ親指を立てる。
「あ、私もそうだけど………彗もね……」
「はい?」
聞き間違いかな?若いのに難聴とは、難儀だなぁ。
と、誤魔化すように頭の中で何度も何度も繰り返す。
事実が裏返らないと知っていながらも。
厄介事はいつだって突然にやってくるのだと、教訓を得る。
零章終了ですっっっっ!
そう、零章なのです。始まりなのです。
物語は始まったばかりなのです。
これからどんどん面白くしていきますよぉ〜(≧∇≦)/
テンション高めは辛いねママン。
それでは次章、第一章でお会いしましょう!
さいなら〜(^_^)/