1:容易く折れるココロ
左右に、街路樹の様に建てられた飾り気の無いビル群。
その奥には一際大きな建物。
そこまで続く道には人だかりーーといっても十数人ほどなんだがーーがあり、その全員から平等に刺々しい視線が送られる。
新入りに対する歓迎プレゼントだとしたら悪質以外の何物でもないだろう。
「なぁこれ、明らかに歓迎ムードじゃ無いよな??どっちかというと迎撃ムードだよな?」
と、お得意のーーいつからお得意になったのかは別としてーー小ボケを日常会話にさり気なく挟むという話術を巧みに利用しつつ出来る限り小さな声で、茉李に囁く。
「そうかな?まぁ、確かにこの時期に新入りなんて変だしね」
案外まともな答えが帰ってきて何だかホッとする。
いや、たしかにホッとするのは可笑しい事なんだが、執行機関、と言う単語から連想されるのは異常な物しか無かったものだから、つい安堵してしまったというところだ。
そう、ここは連邦特務執行機関。通称、執行機関と呼ばれる機関だ。
国家直属の云々、という説明をここに着くまで茉李に、三回は聞かされた。
新手の洗脳かなにかでは、と一度疑いはしたものの茉李の屈託のない笑顔と、底の見えない可愛さと、純真の権化と言っても過言ではない位の瞳を前にすれば、そんな疑いは"風の前の塵に同じ"というものだ。
「さいですか……」
ため息混じりに漏れる声は、人生に疲れた中年サラリーマンの愚痴のようにも聞こえる。
「もう、そんな人生に疲れ切ったサラリーマンみたいな声出さないでよ」
「なっ………」
今、互いの感性が一つになったのを感じた。
そうか、これが相思相愛。なんとなく愛の全てを悟った気がするーーと言うのは傲慢でしょうか、傲慢ですね。
「どうしたの?今度は目の前に死体が落ちてきた四十歳前後のおばさんみたいな顔して」
「いや、真顔でツッコミどころが満載過ぎる例えを使うのやめてもらえません!?」
とりあえず二、三個ツッコミを入れたい。
が、逸る気持ちを押し殺し、黙ったまま茉李についていく。
これ以上話していると、茉李の好感度ゲージが振り切れて、茉李無しでは生きれない身体になってしまう。いや、割とマジで。
「もう!全然つかないじゃない!無駄に広いのよここの敷地」
と、愚痴をひとりごちる茉李。
もしや、その愚痴は俺に向けたものなのか?共感してほしいのかもしれないけど如何せんここに来るのは初めてなので、こんなもんなんだなぁ、位にしか思えないんです。
と、胸中で出来る限りの言い訳と謝罪を尽くす。
「まぁ国家直属の特務機関なんだし、敷地が広いのも頷けるな」
「あ、いやこの敷地が広いのはお爺様の趣味よ」
「なぁんだ、お爺様の趣味か…………お爺様っっっっっ!?」
驚く程軽く返された答えに、俺の頭の中で様々な憶測ーーどれもそう呼べる程のものでもないーーが飛び交う。
「要解説」
手短に解説する事を促す。
すると、茉李も、任せて!と言わんばかりの、それこそ実際言ってたんではないかというような表情で頷く。
「長い話は面倒でしょ?手短に伝えると、私のお爺様ここの総議長なの」
「それってどれくらい偉い?」
「一番」
一番。トップ。最高級。
今まで出会った事が無い程の名家の人間。
自分とは住む世界が違う人間を目の前にしていると知った。
が、俺の脳は案外冷静に、ある事に就いてのみ脳がフル稼働していた。
名家の生まれ、なるほど、名家の生まれの人間だったのか。
それで、どことなく高貴で、優雅で、可憐な雰囲気を纏ってたわけか。
ん?待てよ。名家の生まれということは、あれが付き物だな。
政略結婚的なアレだ。好きでもない人と家柄だけで結婚するやつだ。
と言うことはまさかすでに茉李にも許嫁が居るのではなかろうか。
それは困った。今すぐにでも抹殺せねば。
いや、それよりも茉李のお爺様に直接掛け合ってみる方が早いな。
よしそうしよう。今すぐしよう。
「なぁ、茉李。今すぐそのお爺様に会えないか?」
「え?会えるとは思うけど……、急にどうして??」
困惑するのもよく分かる。が、それを説明している暇はない。
「君を、茉李を守る為に………かな」
かっこつけて言ってみたが、凄く恥ずかしいなこれ。
どうして漫画やラノベの主人公はこんなことを恥ずかしげもなく言えるんだろう。
かっこよすぎて反吐が出そう。
なんて感想が出てくるのは俺の人間としての小ささのせいだろうか。
「よく分からないけど、名前をちゃんと呼んでくれたからね。お返しとして……いいよ!!会わせてあげる」
「何にでもお礼するね、咎めるつもりは無いけどさ」
この子の将来が心配だな……と、もはや親目線である。
「ま、会えるならいいや」
と、難しく考えたりするのはやめてなるべく簡単な方へと思考を逃がす。
今は、目の前に迫る大きな目標に向かってただただ前進する。
周りから送られる痛い視線をものともせず。
「あぁ、そういえば。一つ聞き忘れてたんだけどよ」
ふと、まだ聞かなければならないことがあったな、と思い出す。
それは、この作戦にとって、もっと言えば生死に関係する重要事項ーー。
「そのお爺様、短気だったりするか?なんか、カッとなって人殺めちゃったり、そういう事無いよな?」
「彗は私のお爺様なんだと思ってるの?」
「裏の世界を牛耳っ………何でもないわ」
途中で口をつぐむ。
そんな事言ったら俺が消されかねないし、茉李にも嫌われる。
俺にとっては後者のほうが大打撃だが。
「あ、でも昔、裏組織を一人で潰したりとかしてたらしいけど」
今ちょっと聞き捨てならない事が聞こえた気がするぞ?
かき混ぜられたスパゲッティのようになっていた思考が、その言葉で一度に断ち切られる。
断ち切られた思考は真っ直ぐと、ある一つの結果に集結する。
それと併発するように先程までの威勢は何処か遠く、異次元の果てまで飛んでいってしまった。
包み込むような春の日差しと、吹き抜ける優しい春風。
執行官達の雑踏で充満するその通りには全身から血の気が引くのをしっかりと頭で理解しながら、とことこ歩く茉李の後を付いていく俺の姿があった。
零章は前座、第一章から本番です。
ここから物語が面白くなります!!
面白くなるかは自分の手腕次第ですが…………笑




