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機械仕掛けの白昼夢  作者: 乃月
【二章】殺人鬼の晩餐
36/36

5:二件目

火炙り事件が起きて四日後。

四月の終わりを告げる歌が、わずかに耳に届く頃。

春は去り、初夏が差し迫るのを肌で感じ取れる程に、その日の気温は高く、ほんの少し多く、湿度を伴っていた。


四日前の事件は、未だに人々の心に残り続けていた。最近は、やけに人殺しが横行している。

なぜか?と問う人も多い。

そんな事わからない。という答えが一番、万人の心にしっくりくるだろう。だってそれが本当なんだから。警察も、執行機関も、裏組織の人間さえ、真実の殆どがわからず、全ては闇に包まれている。



――――――――さぁ今再び、流血のが聞こえる。




「また、ですね」

「はぁ………嫌になるな、全く」


その呟きを、少し前に聞いた覚えがあった。

確かあれも、警察か探偵さながらに現場を検証していた時であった。


「けど、今回もまた、異質、ですね」

「そうなんだ。前回とは趣が違うけどな」


何かの職人、それとも審査員が作品を眺めてるかのように、綺崎は煙草を吸いながら現場を眺める。


今回の殺人は前回同様、異質と呼ぶにふさわしく、そして残酷なものだった。

そして前回とは真逆の様相でもあった。

仮に前回の燃え盛る死体を、動、とするのであれば、今回のは静。その場にひっそりと佇む、博物館の展示物のような趣といえる。

それは今回、事件の起こった場所にも言えることで、前回は人通りの多い並木道。今回は大通りから枝分かれした小径の先にひっそりと建つ、こじんまりとした、というのがぴったりの教会である。

前回のように、これといって変わった造りのない教会の、誰でも入れる図書室。

その中央に位置する、物語に出てくるような、十人ほどなら同時に使えるであろう大きな卓。

そ中心には、座した人の視界を遮らんとばかりに一本の柱が、堂々としたたたずまいで屹立している。

普段であれば、別段気にすることもないんだろうが、表面に僅かな凹凸おうとつがあるのが、今はよくわかる。

死体から流れ出る、幾筋もの血液によって。



図書室の中は、まさしく凄惨極まるものだった。

飛び散った血は、その悉くが書架の本の背表紙に染み込んで、赤黒いしみを作り出している。

流血でできた道が床中を這いずり回り、目のつくところには必ずと言っていいほど血がこびりついている。

その道を辿っていけば、そこには首なし死体が当然のように居座っている。

その三つの死体も含め、一見して無頓着で不規則に見えるそれらであるが、実は一つの法則を裡に秘めているのが見て取れる。

大抵の河川が一つの源から流れ出づるのと同じように、その血河も一つの根源を持つ。即ち先程の存在意義の不明な太い柱に括りつけられた死体である。

無論、この死体も悲惨な状況におかれていて、体は磔刑たっけいに処されたように十字架をかたどり、その両手両足には有刺鉄線が巻き付けられている。

きつく縛った有刺鉄線には赤黒く固まった血がついて、その壮絶さを物語る。

床に横たわる死体にあるべきはずの頭は、全てここに集結し、この死体の持つ頭と無理矢理縫い合わせられている。

三つの頭は全て、項垂れながらこちらを睨んでいるようで、暫くは夢に出て来そうな雰囲気である。

しかし、今回の異質さの最たるものはこれではない。

それよりも奇妙な、それこそまさしく意味の不明なものがまだある。

彼らもしくは彼女ら、特に磔刑を模している、言い方は悪いが芸術じみたその死体の皮膚には、鼠一匹這いずる隙間もないほど、文字が刻まれている。

それも、いくつかの文字で。

勿論全て、今は使わなくなった旧言語と呼ばれるものである。



やっこさんも随分派手にやる」


血の飛び散った本棚と凄惨な被害者とを見比べた後、綺崎は外に出ようと扉に向かう。

その歩みも、数歩目に差し掛からんとする時。突然、がちゃり、という音と共に扉が開く。

両開きになっている扉は、まさしく威風堂々と開け放たれる。その中央に一人の影を写しながら。


「すまない、遅れてしまった」


凛々しい声であった。まるで真夏の軒下に響く風鈴である。男のようでもあるが、どこか少女らしさを含んだ、いわゆる中性的なものだ。


「別件で立て込んでいて……いや、言い訳になってしまうな」


微笑み混じりにそう言うと声の主はこちらに目を向けた。その眼差しと、仕草に、一抹の既視感がよぎる。


「君は?」


一瞬の間。

それは決して言葉を聞き逃した訳では無い。むしろその声に僅かな懐かしさをさえ覚えていた。

それに、その容姿にも。その銀の髪はどこか見覚えがあった。


「あぁ、こいつは新入りだ。ほら、鳴り物入りの」

「へぇ、彼が」


やはり何かが気になる。どこかで引っかかる。この声を、姿を、覚えているはずなのに―――――――


「よろしく、早乙女くん」


気付けば、声の主は既視感を纏ったまま目の前に立っていた。

それでもあまり気にならなかったのは、思いの外小柄だったからだろう。

不意をつかれやや戸惑いはしたものの、それを表面おもてに出さないよう努めつつ、ぎこちのない微笑を返す。

そして、後はその手を握り返せば、全て済むのだが。


両者の手が触れ、その感覚が皮膚の神経を駆け、あらゆる身体内の物質を通り越して、終着点への一本道である脳髄に到達する。そして、その"感覚"は終着点であり集結点である脳に拡がる。


――――――――――――あぁ、思い出した。


煌めく銀の髪。短く束ねられ後ろで結ばれる、白馬の尻尾。

整った目鼻立ち。鼻は山脈であり、流麗な流れを見せるのは目であり、唇である。そしてひっそりと、やや釣り上がった眉。

しなやかな肢体。服の上からもわかる、膨らみの少ない、まるで男の子のようだけど、でも違う。

瞳は、こちらだけを見ている。その瞳は金獅子であった。



ぐるん。

世界が反転して、揺れ動いて、回転を留めるつもりはないらしい。ジェットコースターにでも乗っていたほうが、まだ酔わずに済む。


どすん。大きな音がなり、そして木が軋む。

背中は一番大きな筋肉がついている。だから受け身にも背中を使うのだけれど。しかし、だからといって背中を強打すれば痛い。落下した床が木であった事に感謝を。これが大理石などであったら、死、或いは重症に値することは想像するに難くない。


明滅する世界の中で、自分を見下ろす金獅子の瞳だけが残光を放っていた。




足早に少女は部屋から去った。最後に何か言い残していったが、くらくらとして曖昧な思考回路しか持ちえない今の脳には聞き取れなかった。

幸いその場には綺崎が居たのだから、後で聞けばいいとして。一体、如何なる理由があって体は宙を舞わなければならなかったのか。

自身の人生において数少ない、と思われる、ファーストコンタクトでなにか間違いを犯したらしい。それがなになのかわからない辺り、救いのなさを痛いほどに思い知らせてくる。



暫くして視界の揺れも収まり、出来る限り周りのものに触れないように自らの力のみで立ち上がる。

おぼつかない足取りで、数メートル先の綺崎の所へ向かう。


「無事か早乙女。うん、歩けるなら問題ないな」

「何が問題ないだ、全く。突然体が宙に浮いて、そこからはあまり覚えていない………」


戦々恐々とした顔でそうぼやく。

それに被せるように、ゲラゲラと大笑いする、なんとも場違いな声が響く。


「そんなに面白いか………人の不幸が」

「そうじゃない。ただ、覚悟しておいた方が良いぞ。なにせ………」


なにせ―――――

そこまで言って、綺崎は黙り込む、正確には笑いを抑えたのほうが正しいけれど。そこに不穏な空気が流れるのは、誰にでも見て取れるであろう。


「いや、止めておこう。デザートは最後に限るからな」


不敵な笑みが綺崎の顔を占領する。

悪寒が背筋を駆け巡り、全身が凍りつくようだ。この先に何があるのか、不安で不安で堪らない。

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